テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
342
琴寧
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
下総国 古河城外 小山晴長
木砲による砲撃とともに古河城攻めが開始される。砲弾が城門に的中し敵が混乱していることを確認した先陣の結城勢が一目散に城内への侵入を試みる。また別働隊も動き始めており筏が前進していることが報告される。
「あれが木砲か。噂には聞いていたが凄まじいな。まるで雷神様のお怒りのようだ」
初めて木砲の威力を目の当たりにした晴氏や一色直朝らは顔色が青ざめていた。勝手知ってる古河の城門が轟音とともに吹き飛ばされる様は初めて見る者にとっては刺激が強すぎただろうか。
「たしかに木砲は良い武器ですが、頼りすぎるわけにもいきません。なんだかんだで戦に勝つには人の力が必須ですから」
それにしても水野谷政村ら結城勢の活躍は目を見張るものがある。木砲による混乱があったとはいえ、先陣のみで古河の守備を切り崩している。これは城内への侵入も時間の問題だろう。
一方の別働隊の動きはどうだろうか。加藤一族や伝令を駆使して頻繁に連絡を取り合えるように指示はしているが。
「申し上げます。別働隊も交戦開始いたしました」
「そうか。今のところは問題はないようだな」
あくまで今のところは、だが。問題は山内上杉の動きだ。すでに簗田が山内上杉とつながってるのは判明している。山内上杉が古河城を奪取した簗田を見殺しにするとは考えづらく、おそらく援軍を向かわせてくると予想された。
仮に援軍が到着すれば戦況はかなり敵に傾くことだろう。できればその前に城を落としたいが、古河城も堅固なために無理な力攻めを行えば返り討ちに遭ってしまう。
絶妙な匙加減を求められ、緊張で神経が張りつめられる。わずかに軍配を握る掌にじんわりと汗が滲む。
しかしそんな本陣の杞憂をよそに戦況は想定以上に小山側に傾いていた。それは結城勢の活躍が大きかった。特に水野谷政村の奮闘は凄まじく、開戦してからそう時間が経たないうちに彼の武勇や指揮によってすでに大手門は突破寸前にまで迫っていた。敵は完全に萎縮されており、敗走しつつある。大手の苦戦を受けて動揺したのか敵全体が浮き足立って別働隊も城側の岸に到着し、二の丸への侵入を試みていた。
「水野谷兵部大輔と言ったか、なんと天晴れなことよ。先陣のみで大手を破りおったぞ!」
「まったく、義兄殿もお人が悪い。このような武人を隠していたとは。大きな恩ができてしまった。さてさて、これを返すのは骨が折れそうです」
晴氏は政村の活躍を無邪気に喜び、俺は政村を派遣してくれた義兄に深く感謝する。ついに大手を突破した小山・結城勢はその勢いのまま城内に流れ込む。敵も戦況を判断して混乱を纏めようとしているが、こちら側の勢いを殺すことはできずに三の丸まで戦線を下げざるを得なくなった。
さすがに三の丸の守備は厚く、先陣のみでの突破は不可能と判断し次陣を含めた小山本隊も攻撃に加わる。火薬や砲の耐久性を加味して木砲の使用は控えることにしたが、数で劣る簗田勢が瓦解していくのは時間の問題だった。
「このまま行けば城は落とせそうか、小四郎?」
「油断はできませぬが今のままならそう遠くないうちに落とせるでしょう。ですがまだ山内上杉家の動きが読めません。彼ら次第では戦況が覆ることも起こり得ます」
山内上杉の動向に警戒していると前線から伝令がやってくる。
「申し上げます。古河城の簗田殿より開城の使者が参りました」
「開城だと?」
俺は簗田が大した抵抗をせずに降りることに不審がった。確かに戦況は簗田に不利ではあるが、晴氏に謀反を起こしてまでした人物にしては呆気なさすぎる。彼が愚鈍なら分からなくもないが、そういうわけでもない。何かの罠かと疑うのは晴氏も同様だった。
「古河が戻れるのはありがたいが本当に大丈夫なのだろうか。小四郎はどう思う?」
「こちら側の意見としては俄かに信じがたいというのが本音です。何かしら疑うべきかと思います。ですが同時に疑心暗鬼に陥り、無駄に時間を浪費するのも愚の骨頂。警戒しつつ話を聞くべきかと」
晴氏も俺の意見に同意して使者に会うことになった。その前に俺は段蔵を呼び出して周囲の警戒と山内上杉の動向に注視するように命じる。人数に限りはあるが、簗田が何も仕掛けてこないとは考えにくい。できる限りのことはやっておこう。
銅鑼を叩いて一時休戦を伝えると次第に戦闘は落ち着く。やがて簗田側の使者が小山の本陣に現れる。
「お前、海老名か」
「……お久しぶりでございます、公方様」
使者は簗田家の人間ではなかった。海老名三河守。古河足利家の重臣だった男だ。彼もまた簗田に与して公方を裏切ってたひとり。
「姿を見ないと思ったらお前も儂を見限っていたか。まあ、よい。開城すると言ったな。簗田は降るということか?」
「いえ、そうではございません」
晴氏の言葉に海老名は首を横に振った。空気が一気にひりつく。
「公方様には簗田殿と城兵が関宿に退去することを認めていただきたく──」
「そんなこと認めるわけなかろう!勝利を目の前に反逆者を見逃せと!?交渉は決裂だ、すぐに簗田のもとに戻れ!纏めて冥土に送ってやろうぞ!」
「古河には!……古河には、簗田殿の庇護下には、御台様方がいらっしゃいます。その意味をよくお考えください」
「貴様……!」
晴氏の顔が真っ赤に染め上がる。御台とは北条から晴氏に嫁いだ姫のことだ。つまり簗田は脅している。
こちらの要求を呑まなければ姫らの命がどうなるか、と。
もし晴氏が要求を蹴れば容赦なく北条の姫は殺されるだろう。もしかしたらその前に酷いことをされるかもしれない。そして殺したあとは大々的に宣伝することだろう。
晴氏は自分の名誉のために姫を見殺しにした。
そうなれば北条がどう動くか。簗田の策謀と見抜いたとしても晴氏への心象は大きく変化することだろう。そして周りはそれをどう見るか。
姫を人質にとった手段は冷酷に言えば効果的だった。実際交渉の決裂を唱えた晴氏は暫し沈黙を貫く。そして。
「仕方あるまい。簗田の退去を認めよう。その代わり姫の無事が条件だ」
「ありがとうございます」
晴氏は露骨に舌打ちを漏らす。目の前で簗田を逃すのは業腹だろうが今後の古河足利家において重要な存在となる北条の姫を見殺しにすることができなかった。それを見て俺は海老名にこう言い放つ。
「そうですね、簗田殿が開城を選んだということは山内上杉家の援軍は不要になりますな。ではそちらから山内上杉家に援軍をお帰しいただきたく」
その瞬間、海老名の表情が凍る。
「おや、こちらがそちらの関係を知らないとでも?今回の件、まさか援軍到着の時間稼ぎにするつもりはありませんですよね?」
「は、ははっ。まさか」
「言質はとりましたよ。急がなければ、ね」
顔を青く染めた海老名は慌てて陣を出ていく。
「小四郎、さっき言ってたのは……」
「半分は出まかせですが、もう半分は本当です。どうやら山内上杉家の援軍は古河に向かっているようで」
海老名が本当に山内上杉家のもとに行くかはわからない。それに向こうが帰れと言われても素直に帰るとも思えない。牽制程度しか期待できないが、簗田に小細工は通用しないと脅せれば上出来だ。
「公方様、御覚悟を」
おそらく簗田が退去したあと、山内上杉が攻めてくるだろう。今度は防衛戦が待ち構えていそうだった。