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マリアンヌの部屋は、乙女ゲームのヒロインらしく、可愛らしい部屋、というわけではなかった。貴族令嬢らしい派手さがある部屋でもない。

 

しいて言うなら、無駄のない部屋だった。この後、悲劇が待ち受けているから、荷物は少なめに、という配慮なのだろうか。私と入れ替わってから、増えた物がないため、そう感じた。

 

それでもベッドは貴族らしくて広い。子供一人に、この広さは果たして必要なのだろうかと思えるほどだった。ちなみに、天蓋付きである。前世では、ちょっと憧れたベッドだ。

 

それを今私が使っているなんて。しかも、ベッドの上で食事。なんて贅沢なの! 凄く貴族らしい生活をしている気分! いや、貴族なんだけど。

 

しみじみ感じていると、扉がノックされた。食事の後、お医者様がすぐにやってきたから、残るはただ一人。

 

「お父様」

「体調はどうだい」

 

すでにお医者様から報告はいっていると思うのに。お父様はベッドに腰を下ろし、確認するように私の頬に触れる。

 

「大丈夫です」

「イレーヌと同じことを言うんだね」

「お母様と?」

 

マリアンヌの記憶を探り、お母様の最期を思い浮かべた。

 

今の私と同じ、ベッドに横たわるお母様。優し気に見つめる、マリアンヌと同じオレンジ色の瞳。金色の髪は、残念ながら光沢をなくしていたが、儚げな姿が美しさに拍車をかけていた。

 

そういえば、お父様の死因と同じで、お母様もなぜ亡くなったのかは、知らないんだよね。十二歳くらいなら、教えてくれていてもおかしくはないけど。それほど、お父様に余裕がなかったのかもしれない。

お母様の看病で、あまり構って貰えなかった記憶が、私の中にある。

 

「ニナから聞いたよ。まだ痛いんだろう。それなのに、素直に言ってくれないんだから。そんなところまで似なくてもいいのに」

 

最後の部分は、私ではなく自分に言っているようだった。

 

「えっと、それよりも、お父様に話があったんです」

「分かっているよ。エリアスの件だろう」

 

無理やり話題を変えても、お父様には分かっていたようだ。ニナがちゃんと伝えていてくれたお陰だね。私は安堵しつつ、用意していた言葉を口にした。

 

「はい。お父様が私に護衛を付けたい気持ちは分かるんですが、エリアスは――……」

「いや、分かっていないよ」

「え?」

 

まだ子供です、と言おうとしたが、遮られてしまった。

 

「正確には、私が伝えていなかったから、知るはずもないんだよ」

「……何を、言っているのか、分からないんですが」

「うん。だから、落ち着いて聞いてほしい。イレーヌはアドリアンに殺されたんだ」

「え? 病気……じゃなかったんですか?」

 

ベッドに臥せっていたから、てっきりそうだと思っていた。しかもアドリアンって、あの叔父様の名前だ。

 

「まぁ、徐々に具合が悪くなっていったからね。病気だと思ってお前にそう言ったんだろう」

 

私の憶測を、使用人の誰かがマリアンヌに言ったのだと、お父様は解釈したようだ。

 

それはいいんだけど。なんだろう。違和感を覚える。

 

「実際は、アドリアンの息のかかった者が、屋敷に潜り込んで、少しずつイレーヌに毒を盛っていたんだよ」

「でしたら、なぜそんなに落ち着いているんですか? お母様が!」

 

亡くなったと言うのに! とまでは言えず、下を向いた。

 

そうだ。お父様が落ち着いているのが、おかしく思えたんだ。でも、この事実に一番辛い思いをしている人に、私は何を言おうとしているんだろう。責めるような言葉をかけてはいけないのに。

 

それでも気持ちが高ぶって、抑え切れなかった。涙で布団が濡れた。泣いてはいけないのに、止めどなく流れ続ける。

 

嗚咽まで漏れ出し、もう私の感情なのか、お父様への思いなのか。はたまたマリアンヌへの同情心なのか分からなかった。

 

「すまない、マリアンヌ。もう私の中では、結論付けてしまったことだったから。お前を傷つけるつもりはなかったんだよ」

 

お父様は私を優しく抱き締めて、頭を撫でてくれた。それでも私の涙は止まらない。私の方がお父様に、優しい言葉をかけて差し上げたいのに。

 

どんなことがあっても、私はお父様の味方です。守って見せますからって。

 

「それに、証拠を消されてしまっては、手を打つことができなくてね」

 

証拠ってことは、お母様に毒を盛っていた使用人のことよね。消されたってことは、つまり……。

 

ゾッとなり、お父様のシャツを握った。

 

「だけど今回、お前が攫われたと聞いて、すぐに思い至ったよ。イレーヌの次はマリアンヌを狙ったんだと」

「それで、私に護衛を?」

「あぁ。お前を攫った者たちは、私に連絡がいくと、すぐに首都を出て行って足取りが掴めなかった。私も連絡を受けた後、アドリアンのところに行ってしまったからね」

 

そうだ。確かエリアスが、そんなことを言っていた。

 

「叔父様は認めたんですか?」

「残念ながら、今回も知らぬ存ぜぬを通されてしまったよ。証拠に逃げられてしまったからね。エリアス君たちにそこまで求めるのは、さすがに酷だし、危険な行為だ」

「当り前です! 私のせいで怪我なんてしたら……嫌です」

 

私はお父様の胸に顔を埋めた。

 

「分かってくれたかい。私がお前にどうしても護衛をつけたいのかを」

「はい」

 

もう私に反対する理由はなかった。他の人を、と言っても当てがあるわけじゃない。

 

そうして私が療養している間に、着々と準備が進められた。

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