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オークの集落であるセルド村。
ここを通るにはアーテルに認められる必要があった。
認められると裏口に通され、オークのみが暮らす村への進入を許される。
「本当に本当に、何もしてきませんか?」
酒盛りのオークと交渉していたはずなのにウルシュラは何で怖がってるんだろう。これからは獣人とも仲間になっていくし、慣れてもらわないと厳しいと思うのに。
「俺たちは敵じゃないし、アーテルの”仲間”とされたからね。通り抜けるだけなら特に何も心配いらないと思うよ」
「そ、それならいいんですけど~……」
俺たちは雑貨屋アーテルの裏口からセルド村に入った。目的地はコボルト族の森、オーディー。コボルト族のアロンを送り届けることで、改めてアーテルが『協力者』となる。
「ところでアロン。武器はその手斧かな?」
「そうだぞ。おいら、強い! 任せろ!」
「手斧を手にしてるということは、君は戦士ってことになるのかな。魔物が出たら戦いぶりを見せてもらおうかな」
宮廷図書館で読み漁った文献によれば、コボルトは獣人の中でも”最弱”とされている。しかし戦いにおけるセンスが良いとされ、小柄な体格を上手く使って驚異的に素早いということらしい。
これまで魔法での戦いが中心だった俺からすれば、彼らから学ぶべきものがありそうだ。
セルド村を出た直後だ。アロンよりも小柄である獣、ラット《ネズミ》が複数匹で現れる。セルド村の入口は安全な雑貨屋だったが、出口側は一面森の中。オークが日常的に通るけもの道が続いている。
人間の手は入っておらず、かなり複雑な地形だ。
ラット程度ならすぐに追い払えるが、
「そいつらはおいらがやる! おいらは素早くて強烈なんだぞ」
「自信があるみたいだね。それなら君に任せるよ」
小さな手斧を持ちながら、アロンは複数のラットに向かって行く。その姿勢は見習うところがあり、彼の戦いぶりを見てから動くつもりだ。
だがその様子にナビナは不安そうな表情で、
「最初からルカスが行くべき。あの子、きっと弱い」
そんなはっきり言わなくても。
ナビナはおれのすぐそばに立っていて、アロンが向かう姿を見ている。
一方のウルシュラはというと。
「ミルクがいいかな~それとも~」
コボルト族に会うと知った時からなぜかひたすら調理している。後方支援職の彼女だが、直接的な戦闘以外は何か作っていたいらしい。
「ルカスさん。戦いが終わったら教えてください~。道具を片付けますから!」
「終わったらそうするよ」
ウルシュラに話しかけたほんのわずかな時間に、ナビナから声が上がる。
「あっ……! ルカス、あの子危ない」
すぐに振り返り、ラットがいるところを見てみる。
「こんなにいっぺんに厳しいぞ。こんなのは戦いって言わないんだぞ!」
全身傷だらけになったアロンが、やせ我慢をしながら立っている。
やはり戦うことは厳しいのか?
しかし簡単に手助けをしていいのか迷う。アロンを見ると彼は弱り切った表情をしていて、敵への恐怖が顔に表れている。
「ルカス。大丈夫、あの子は悔しがらない。ルカスがとどめを刺すべき」
「ナビナはアロンのそばにいてあげて!」
「うん。分かった」
ナビナも魔術が使えると最初に聞いていた。そばについててもらえば、アロンの傷はきっと良くなるはず。
アロンとナビナを後ろに下がらせ、俺はラットが集まっている所に近づく。ラットは基本的に自分たちよりも”弱い”相手にしか向かって来ない。村を出てすぐに現れたのもアロンを見つけたからだ。
近付いて来ない獣に対しやれることといえば、脅威となる力を見せつけるだけ。そう思いながら俺は手に魔力を集め、軽い風を起こす――はずだった。
足下に見える小さな複数のラット。
そこに手をかざそうとするが、視界に入っていたラットが旋風によって遠くの茂みに吹き飛んでいた。
「あれっ? まだ何もしてないのに……」
これも冴眼でやったのか?
魔力消耗による魔法を繰り出す場合、一瞬のためらいが生じる。敵の見極めや攻撃後の後始末など。それらを考えてから行動に移すのが今までやってきた任務でのやり方だった。
しかし、自分で全く自覚の無いことが目の前で現実に起きた。ラット程度だと力を使うまでも無いとはいえ冴眼から”敵”と認識された対象だからだろうか。
「ルカス、終わった?」
「見ての通りだよ。アロンの傷は平気?」
「痛そうにしてる。ルカスが治してあげて。ナビナ、近くで見てるから」
「え? ナビナが治癒してあげたんじゃないの?」
ナビナは思いきり首を左右に振っている。魔術が使えるはずなのに治癒の出来ない魔術なのか。
横になっているアロンに近づき、彼を見つめる。
「クゥゥ……」
すると、みるみるうちにすり傷や腫れがひいていく。
冴眼は治癒に優れた力なのか?
水も出したし、癒し効果もあった。しかしそれなら宮廷魔術師を消した力は何なのか。
「……ルカスの目、使ってる感覚ある?」
「まだ無いかな。また光ってるってことだよね?」
ナビナが軽く頷いてみせた。
「自分で分かるようにならないと眠る力、引き出せない。今使ってる力は聖石の一部」
「えっ、何でそんなことが分かるの?」
聖石といえば、宝石鑑定屋の店主がそんなことを言っていた。そうなると今まで使っていた力は、全然大したことがないということになる。
「大丈夫。ルカスの力、ナビナが少しずつ少しずつ……」
どうやらナビナは自分のことを話す気は無いようだ。
「ルカスはアロンを見ておいて。ナビナ、ウルシュラ呼んで来る」
「うん」
戦わないナビナの力。森に暮らす普通のエルフとは違う子なのかもしれない。
とにかくアロンが目覚めるのを待って、オーディーの森を目指すか。