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陽の光もほとんど射さない深い森の中、人知れず一組の夫婦が暮らしていた。
「レイラ。体調はどうだい?」
長耳の整った顔に深緑の髪を靡かせた男が、安楽椅子に腰掛けた黒髪の美女に話しかける。
「バーン。おかえりなさい。絶好調よ。早くこの子に逢いたいわ」
レイラと呼ばれた美女は、その身体つきに似合わない丸いお腹を愛おしそうに撫でながら言葉を返した。
「それは重畳」
「バーンナッドになってるわよ?普通の村人はそんな言葉使いをしないわ」
バーンと呼ばれた男はバーンナッドという本名があるようだ。
「ははっ。癖が抜けなくてね。それよりいい村を見つけたよ」
「ホント?良かったわ。この子が産まれたらすぐにでも引っ越さないとね。なんて言う村なの?」
「ブルナイット王国ガウェイン伯爵領のナキ村という所だよ。ここからは山を五つほど越えたところにある小さくて長閑な村だよ」
バーンナッドは肩の荷を下ろしながら答えた。
「そう。人と暮らすのは50年振りくらいかしら?心配もあるけれど、この子には普通の暮らしをさせたいわ」
「50?100年は前じゃないかい?君と出会った時には、すでに人の町では暮らしていなかっただろう?」
「もう!女性が50年って言ったら50年なの!貴方は何年経っても乙女心がわからないのだからっ!」
レイラにそう告げられたバーンナッドはバツが悪くなったのか、苦笑いをしながら荷物の片付けに移った。
「ママ。私、レビンと一緒にこの村を出るわ!」
長く美しい赤毛を靡かせた少女が、黒髪の美女に告げる。
「そう。わかったわ」
「っ!!…反対しない、の?」
強気に宣言したのとは対照的に、何かに怯えたように少女は母に尋ねた。
「しないわ。貴女には沢山愛情を注いできたつもりだけど、何よりも自分のしたい事をして欲しいの。ヴァンパイアは嫌悪される存在。私はパパに会うまでは、この世に絶望しか感じられなかったわ。
でも…貴女が産まれて、私が生きてきた意味が漸くわかったの。
ミルキィ。貴女は自由よ。いえ。自由でなくてはならないわ。 私の事を忘れろとは言わないけど、思い出にしなさい」
「思い出…?どうして?ママはママでしょ!?」
ミルキィはこれまでヴァンパイアだという事を隠す為に、その一点については厳しく躾けられていた。
それがいきなり自由だと告げられた上に、母を思い出にしろと言われ、気が動転してしまう。
「ママはここではもう暮らせないわ。貴女とここに来て15年。姿形がこうも変わらなければ嫌でも噂になり、時間を置かずに調査が入るわ。
パパも死んでしまって、ミルキィにとっては最後の家族だけど、貴女の人生の邪魔だけはしたくないの」
「そ、それなら私達と一緒に行きましょ?それでひと所に留まらなければ見つからないわ!ねぇ。ママ!いい案でしょ!?」
ミルキィは今までにないくらい頭を回転させた。しかし……
「ふふ。いきなり親が着いてきたらレビンくんも驚くでしょうね。あの子を驚かせるのは楽しそうだけれど…残念だけど、それは出来ないわ。
ここからは、貴女は一人の成人した大人として頑張りなさい」
「…いつか・・・いつか会えるよね?」
「貴女が望めば何でも叶えられるわ。でも、まずは大切なモノの順番を守りなさいよ?」
母から告げられた言葉に、ミルキィは顔を赤くした。
ミルキィが両親以上に大切な存在をすでに見つけていることを、母は知っていたのだ。
そして旅立ちの朝。
「これを持って行きなさい」
母が差し出したのは、革の紐に緑色の琥珀が付いたネックレスであった。
「パパの形見…いいの?」
「私には思い出があるわ。貴女が産まれた時にはすでにいなかったのだから、パパが娘だとわかるようにね」
「うん!ママと次に会う時まで預かっておくわ!」
ミルキィは別れの言葉は敢えて告げず、家を飛び出した。
「ミルキィごめんなさい。嘘つきなママで…」
レイラの呟きを拾うモノはいない。