テラーノベル
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#オリジナル
Lily
24
一夜 妖
渋川
221
──────楽園が。俺の、楽園が……。
金もあった。女も抱けた。大麻も吸えりゃあ、人も殺せた。まさに酒池肉林。そんな俺が、まだまだやってねえことが山ほどある俺が! このままくたばるわけにはいかねえだろッっ!!
□□□
一瞬だけ恒星のように光輝いた穴だらけのドームは、今や開けた天井から星明りだけが死体を照らす墓所と化していた。
「猟犬」は独立部隊である。エシトと副長の能力と随伴歩兵の12名で構成される、いわば「完成」された部隊だ。故にほかのロシア軍との流動性がない。端的に説明すると、すげ替えの利かない部隊だからこそ、増援が来るのに時間がかかる。
しかし貴重な能力者を戦地に投入しているのだ、バックアップもいるにはいる。だがそれと連絡のできる通信兵が、先ほどの炸裂する光線に心臓を貫かれ即死している。だからこの僻地の緊急事態に気づくのは定時連絡をすることになっている40分後。どんなに最速で来たとしても1時間はかかる。到底間に合わない。
(あ、アハハ)
少尉は膝をつきその場にへたり込む。ちょろちょろと黄金色の液体があふれ出し、寒い外気に触れ湯気が立つ。碧眼からは涙が流れ落ち、茫然自失としている。
(わ、私の能力ってこんな強かったんだ……。アハハ、あははははは)
声帯を切り取られ、声をあげることのできない少尉はドーム内の死屍累々とした惨状をおのが能力で作り上げたことに高揚感を覚える。彼女の今の感情は恐怖を通り越し、絶望もまた過ぎ去り、一周回って楽しくなってきてしまっていた。笑いがこぼれるが、それは声にならず長い息となり、白いそれは失禁した蒸気と混ざる。
銀次はこの敵も味方も全員を等しく貫き殺す、光線の拡散から少尉を守らなかった。彼女が銀次の能力を密告しようとしたあの時から、この場にいるものすべては殺害するつもりであった。だからあの無差別光線で少尉が無傷で生きているのは彼女の運が良かっただけに過ぎない。
しかし運が良かったのは彼女一人ではなかった。被弾し片足を失っている歩兵が、せめて最期に一矢を報わんと這いずりながら、突撃銃に手をかける。それに声無く笑う少尉は気付かない。
ドーム内に銃声が響き渡る。それは上からのものだった。
カラシニコフを撃つ暇さえ与えられず、歩兵はその生涯を終える。
「猟犬」を壊滅させた張本人が天に立っている。彼の双眸は殺意の紅に塗り染められており。胸には軍曹の胸章。全身が闇に溶ける黒い軍服。その右手には硝煙が立ち上り、たった今生き残りを黄泉へと送った自動小銃が握られている。星々は王の招来を称えるかの如くきらびやかに輝き、その存在感を際立たせていた。
「天敵はいなかったな」
銀次は自身が張った鉄線の上に器用にも立ちながら、俯瞰する。敵部隊は全滅と言っていいだろう。だが致命傷に至っていないのが数人確認できる。「圧縮爆弾」で要塞内全生存者を一掃しようと球体を創り出すが、そこに一本の光線。銀次の右腕を肩から消し飛ばす。
下を見るとわき腹を半分ほど抉られ、素人目にも致命傷なのがわかるエシトが指先をこちらに向けていた。その顔は痛苦にゆがみ、それと己の楽園に侵入された怒りがその発射口をぶれさせた。そのおかげで、銀次は片腕だけの消滅で被害を免れた。
「ああ、生きてたんだ。君。ほっといても死ぬだろうけど、諸事情により残りが9分21秒しかない。余裕をもって……5分で終わらせようか」
銀次の失われた腕が生える。軍服までは再生不可なので、むきだしの右腕となる。最初は白銀のそれが、日本人にしては珍しい白い肌の色を取り戻す。そして偶然だが、右腕の服の消失。これは彼の“とある能力”を使用するうえでとても都合が良かった。
銀次の右腕に網目状に光が走る。これに関しては圧倒的に経験の差が物を言った。それが「攻撃」の予備動作だというのにエシトの直感がそう告げ、近くにあった全裸の女性死体。彼が先ほど壊した哀れな玩具の髪を乱暴につかみ上に投擲する。
空中でその死体は綺麗に分割され、エシトまで「切断」は届かない。
「ええ……。予備動作ほぼなしの不可視の斬撃だぞ? 防ぐのか……」
レーザーでの損傷は傷口を熱で焼くため、失血はほぼしない。だがそれでも主要臓器を失った代償は大きく、あと10分もしないうちに、多臓器不全でエシトは死に至るだろう。でも彼はそんなことはどうでもよかった。「楽園」の侵入者に対して「死」を。それだけが瀕死の彼を突き動かす原動力となっていた。
「切断」を防ぎ切った彼は不満を漏らす銀次に取り合わず、地を蹴っていた。当然尋常ならざる苦痛を伴う。だが幸運にも彼が吸っていた薬物がその痛みを和らげ、なんとか跳ぶことができた。
エシトが次に向かうは別の死体、同様の手が天上の敵対者に通じるかはわからない。だが通用したとしても、手近な死体は後二つ。先ほどの見えない攻撃は自身のレーザーで防ぎようがない。
あと二回の防御のうちに銀次を沈めないと相打ちにすらならない。絶望的状況。だが自分の死という運命が決まってしまったゆえの事なのか。彼は落ち着いていた。
転がりながら次の死体に向かう途中。彼は10本全ての指から細い光線を発射する。
「追尾」
天上の星々に負けないほど、地上の星々が煌めく。
ゴンチェーア。ロシア語で猟犬の名を冠するこの部隊。それはどこに隠れようとも必ず撃ち殺す、逃げおおせることのできない不可避の光線を由来とする。
10本の細い光線がドーム内を歪曲する、湾曲する、彎曲する。複雑に曲がりくねり、標的たる銀の来訪者を追いかける光線はまさに「猟犬」
光はまっすぐにしか進まない。物理的にそう決まっている。だが彼の光線は曲がる。
銀次は光が見えた瞬間に「鉄線」のみを液状化。下に自由落下する。
(殺った……!)
これまた物理の話だが、自由落下のスピードも決まっている。どれほどの武芸者でも、どれほど体重が重くても、どんな人間でも怪物でも英傑でも落ちるスピードは変わらない。不変の理。
そしてこの曲がる光線、光線だが光速ではない。光ファイバーのようにチューブの中を通る光を乱反射させ、曲がる光線を実現している。
本来ならば光速だが、故にこの光学兵器は亜光速。だがどちらにしろ関係のないことだった。脳の神経伝達スピードの関係上、亜光速でも追いつけない。
……彼がそのことを読んでいなかったとしたらの話だが。
爆発音が響き銀次を取り囲む十重二十重の光線は何もない空間を素通りする。
エシトは銀次の挙動を目で追うことができなかった。彼を見失った一瞬の隙。痛みが左足に走る。バランスを崩し、転倒する。
「足に命中。うん。単発ならば精度はよくないな」
銀次はドームの内壁に足をつけ、左手は穴の淵をつかみ、右腕を前に出している。再び光る。今度はさっきの倍以上の線が彼の右腕に刻まれる。
自由落下の瞬間を狙う。十分予想できた。実に合理的なエシトの判断。だからこそ銀次はやりやすかった。
「爆縮移動」
銃を撃ったら反動が来る。それは前方に押し出しているエネルギーの反作用が拳銃にかかるためである。何かを動かすならばその反動は必ず受ける。だから銀次は左半身表面を爆弾にした。空中で“自らに爆撃を受けさせる”ことで空中からドームの内壁までを一瞬で移動したのである。
まるでネットのような斬撃がエシトに対して放たれる。転倒しながらも体勢を取り戻し、彼は防御が間に合った。先ほど銀次に銃殺された兵士の亡骸を弔う心など、毛ほどもなかった。ただ死んだ人間を己の盾とする。実に合理的な快楽主義者。そして今度の投擲には自分の光線の発射タイミングを相手に悟られない意図もあった。
銀次にはエシトが完全に視認できない。その間に、チャージを行う。次に、死体をバラされた時が勝負の時だ。
再び死体が放り投げられたジグソーパズルのように切断される。
両雄会敵。
奇しくも同じことを銀次は考えていた。爆縮移動でエシトの投げた死体に対して急接近を行う。銀次の目の前には指をこちらに向けて光を集めているエシトが映る。初めて銀次が焦る。
光線が発射される。数秒ためたそれは銀次の薄膜装甲を容易に貫く攻撃力を発揮する。しかしまたも爆縮移動。今度は右半身を爆破し左側に大きく弾かれる。
光線はドームを貫通。銀次には掠るだけにとどまる。まだエシトは諦めない。大量の追尾光線を出鱈目に放ちその全てが銀次を追う。
しかし銀次は薄膜装甲を展開。出力の低いその細い光線では貫くことができない。エシトは再びチャージを始める。片腕からは細い追尾弾、もう片方の腕からは銀次を消滅させうる主砲を展開。追尾で牽制し、主砲でとどめを刺す。いままで彼の『光線』相手にここまで奮闘する人間はいなかった。だからこれは土壇場で生み出した突貫の案だ。
(全身をくまなく防御すれば視界はさえぎられる。この一撃ですべてを終わらせる……)
それは大間違いである。銀次の液体金属は全てが彼にとっての目。それに初見で気づけというのは酷な話だが。
エシトの主砲が薄膜装甲を突破する。銀次が見えていなければ、この勝負相打ちになっていただろう。銀次は装甲を囮に再び空中に身を投げ、サルトのように体を翻し、エシトの頭上に躍り出る。
「3秒。だ。君の光線が私の薄膜装甲を打ち破るのに要する時間が」
「クソッ……ガキがあアアッ!!」
上に向けて両の指を向けるエシト。だが彼の残った右足の義足が何かに引っ張られ仰向けに倒れる。
「あ?」
それは少尉の耳から出ている銀の触手。それが思いっきり彼の残った足を引っ張った。義足だからこそ触れられていることに気づけなかった。右足の“感覚がない”ことがエシトの致命的な一手となった。
エシトの顔面に銀次の足が迫る。彼の脳内では走馬燈が流れていた、初めての殺人、初めての薬物、初めての性交。
……そして初めての父の抱擁。
「ああ……。桃源郷が見え……」
「いい最期だな」
そのままエシトの頭部を踏み割り、彼を完全に絶命させる。
「戦略兵器としては申し分ないが、肉薄した時の白兵戦闘に弱すぎる」
気化した分の液体金属と、少尉に注入した液体金属。その全てを回収し銀次は声を荒らげる。
「おいっ! 『索敵』! 生きてるか!?」
「ここ……。です……」
壁にもたれかかり、片腕と片足が吹き飛んでいる副長を発見する。治療を行えばまだ助かる可能性はあった。だからこそ銀次は不用意にも彼女に近づいた。
「今投降すれば、捕虜としての身分は約束しよう。米国専属の能力者になればそれなりの待遇も……」
「……くたばりやがれ。アメリカの犬が」
副長は素早く片腕で手りゅう弾を取り出し、口でピンを抜く、爆散する鉄片は当然のごとく薄膜装甲で防御される。
「自爆か、忠誠心の高いこって……」
銀次はあきれ果てたようにそう言い残し、最後の用件を伝えに少尉のもとに歩いていく。その途中でエシトの拳銃を抜き取る。
「ラピス少尉。お疲れさまでした。お怪我はないようで?」
(あは、はははははは)
「いやなに、なかなかにエゴイストですね。自分だけでもバリアで助かろうとするなんて、だからこそ私は貴方を試したのですよ?」
(あはは、あははは)
「うーん。最期の言葉も出せないようにしたのは可哀想だったかな」
(ははは、はは)
「いや、残念。本当に残念ですよ。貴女となら世界をとることも可能かと思ったんですけどね」
(は、はは)
「約束の酒はまた来世」
額に一発、銃弾を放つ。あと2分で再度バリアの展開が可能になったが、おそらく彼女の壊れた心ではそれも不可能だったろう。これにて銀次単独での前線基地制圧が完了する。
銀次は指輪を通してSirに連絡を取る。
「ただいまより帰投します、アラスカに回収班をよこしてください」
「Mr.銀次! 無事でよかった。だが今はそれどころではないんだ」
「それどころでは? 本作戦よりも大事なことが……」
Sirの声の口調から焦燥は銀次にも伝わった、だがこの代理戦争よりも重要なことなど彼の頭にはすぐには浮かばなかった。
「サンフランシスコが陥落した……ッ!」
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おつかれさまです〜第17話読みました! エシトの「桃源郷」って言葉、本当に彼らしい最期の言葉だなって思いました…自分の快楽のために全部を捧げてきた男が、最後に父の抱擁を思い出すの、なんか切なかったです。 あとラピス少尉の壊れた笑いがずっと頭から離れなくて。銀次の冷酷さも際立ってたし、それでいて最後の「来世」の一言で全部終わらせる感じが、すごくこの作品らしいなって。 最後のサンフランシスコ陥落には「えっ」って声出ました…次が気になります!🥀