それから約1時間後に、お店へ来たおばちゃんは
「おかえり、良子ちゃん」
と、私の肩を撫でたあと
「東京に行って、ますます綺麗になったわね。颯佑にはもったいないわ」
そう明るく笑った。
おばちゃんは、手に持った袋からせんべいとクッキーを取り出し、お茶にしようと言う。
私は、三岡先生に豪華弁当をご馳走になってお腹がいっぱいなので今は何も食べられないと言うと、お茶だけにしてクッキーなどは持って帰れとおばちゃんがどちらもくれた。
「おばちゃん、マッサージチェア使ってる?」
「使ってるわよ。最近お父さんもよく使ってる。気がつくと私が使う設定と変わってるのよ」
「調子悪いの?」
「お父さんも元気よ。でも、自転車の出し入れとか肉体労働の部分は年々大変になってくるんじゃないかしら。電動自転車なんて重いもの」
「そうだよね。トラックに乗せたり下ろしたりも大変だ」
おばちゃんのパートの話から、昨日食べたご飯の話、とりとめのない話を次々にしていると
「リョウ、俺、配達に出るけどここにいる?一緒に行くか?」
颯ちゃんが顔を出した。
颯ちゃんが言うのだから家の方ではないだろうけど…
「ありがとう、ここにいる」
「30分くらいで戻るから」
「うん、いってらっしゃい」
おばちゃんと手を振って見送った。
そして、颯ちゃんが配達から戻るとおばちゃんは
「またいつでも、用事がなくても連絡してね」
そう言い、電動自転車で颯爽と帰って行く。
今日はお店が忙しいようで、佳ちゃんと颯ちゃんはお弁当を食べたあと座っていない。
私は暇になって、見つけた掃除道具で奥の休憩事務スペースの掃除を始めた。
裏口の扉を雑巾で拭いていると
「リョウコ、そんなのしなくていいぞ。手が荒れる」
カタログを手にした佳ちゃんに言われる。
やらなくていい理由が手荒れって……過保護だ。
「暇だから。後で颯ちゃんのクリーム塗るね。そこにあるやつ」
「そうか。助かるが適当にやっておけよ」
お客さんを待たせていたのか、すぐに別のカタログを手に店内へ戻って行く。
しばらくすると、お茶を飲みに来た颯ちゃんが
「何やってんだ?手が荒れるぞ」
ペットボトルを手に言うので可笑しくなった。
似た者兄弟だ。
夕方の閉店直前には自転車の修理をする二人に混じり、店内の掃除をする。
「おばちゃん、ここによく来る?」
「いや、来ない」
「父さんの店には、たまに行くみたいだぞ」
「そうなんだ」
「何でだ?どうかしたか?」
颯ちゃんがチューブを持つ手を止めて、私を見た。
「ううん。ただ、おばちゃんが颯ちゃんたちの仕事をしている様子を何度か嬉しそうに見てたの。こうして自転車いじってる二人も楽しそうだしね。三岡先生が言ってた‘子が幸せなら親は幸せです’って…それを思い出したの」
「だったら、俺たちは幸せでいないとな。リョウコ、掃除終えて帰る準備しろ。颯佑、それもう終わるだろ?」
「終わる」
「それ終わったら帰れ。店は閉めておくから」
こうして私と颯ちゃんは閉店より10分早く店を出た。
「電車2本分は早いね」
「だな、帰って何食う?食って帰るか?」
「ご飯はあるから…なんちゃってリゾット、どう?すぐ出来るよ」
「昼は中華で夜はイタリアンだな」
土曜日の夕方の電車なんて乗ったことあったっけ?とキョロキョロしていると
「ふっ…リョウ、自分の部屋に帰ると思えない挙動不審さだ。見知らぬ土地の観光客みたいだぞ」
颯ちゃんが私の髪を撫でる。
「颯ちゃんの通勤電車も体験できて良かったよ、今日は。あとは…お父さんに電話する」
「何かあったか?」
仕事中だったから、三岡先生とした話をまだ颯ちゃんにしていなかった。
私は先生との話を颯ちゃんにすると
「礼を言わないと、だな。リョウはちゃんと見守ってもらっていたんだ」
「そうだね」
彼の大きな手を握り電車を降りた。
部屋に戻るとトマトジュースを使って、なんちゃってリゾットを加熱しながらお父さんに電話をする。
「お父さん、私…今日ね三岡先生の事務所で先生に会ったの」
コメント
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佳・颯ちゃん兄弟の過保護度が😅言う事も同じ〜😆可笑しくなっちゃうよね! おばちゃんにも会えたし、今日はリョウちゃんにとって大きな大きな一歩を進むことができた日だったね✨ これからお父さんに何を伝えるのかな☺️