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夜。部屋の中には、照明と、体温と、重い沈黙しかなかった。


蓮司はベッドに横たわりながら、天井を見上げている。

遥は、その足元に座っていた。


目の奥が、ひりひりとする。

声を出して泣いたわけじゃない。

けれど、あの理科準備室で、心の奥がひっくり返された感覚だけが、まだ残っていた。


「──言っとくけどさ」


蓮司が、不意に口を開く。

それはいつも通りの、薄く笑った声音だった。


「日下部んとこ、行きたきゃ、行ってもいいよ? ……ただし、あいつ、壊れてるお前の面倒なんて見れねぇと思うけど」


遥は、答えなかった。


言い返す言葉も、もう思いつかなかった。

ただ、俯いたまま、足の爪先をじっと見ていた。


「……あーあ。泣き顔サービス、今日なかったじゃん」


「……してねぇよ、そんなの」


ぼそりと返すと、蓮司はくすっと笑った。


「うん。そうだね。……今日は、ちょっと素直だったもんね、日下部の前で」


遥は、びくりと身体を硬直させた。


なぜ、蓮司がそのことを知っているのか──

いや、知っているかどうかはどうでもいい。ただ、「見透かされてる」こと自体が、痛かった。


「……別に」


唇の裏を噛む。

血の味がする。


「別に、なんも……してねぇし」


「ふうん」


蓮司は寝返りを打った。

遥の顔を覗き込むように、ゆっくりと身を起こす。


「じゃあ、こっちでも、いつも通りでいようか。……ね、“俺の遥”?」


声が優しいのが、逆に冷たい。


遥は、頷いた。

ゆっくりと。機械のように。


(──戻ってきたんじゃない。戻るしかなかった)


日下部の前にいた“自分”は、ほんの一瞬だけ浮上した何かだ。

それはきっと、長く持ってはいけない。

持てるほど、自分は“清潔”じゃない。


──だから、罰だ。


蓮司の手が、ゆっくりとシャツの裾にかかる。

指先が、滑り込むように肌に触れた瞬間、遥の身体はわずかに震えた。


嫌悪じゃない。

“反応”だった。


(……やだ)


心の中で、微かに声が漏れた。


(やだやだやだ)


なのに、口では笑った。


「……今日、優しいじゃん」


言いながら、自分の声の温度が死んでいくのを感じた。


蓮司は、笑った。


「優しくしたら、もっと反応いいんじゃないかと思ってさ」


その言葉に、遥の胃の奥が痙攣した。


“反応”──

その単語が、一番、刺さる。


(感じたことなんて、ない)


(全部、壊れてるだけだ)


けれど──

身体は、やっぱり動いてしまう。


まるで、それが「愛されてる証拠」みたいに。


まるで、それが「生きてる意味」みたいに。


まるで──

それしか、存在を確かめられる方法が、ないみたいに。


そうして夜が、また静かに堕ちていく。


遥は、何も言わず、目を閉じた。


“ここ”にいるしかないと思いながら、

“そこ”にいたことを、心の奥で手放せずにいた。

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