テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
夜。部屋の中には、照明と、体温と、重い沈黙しかなかった。
蓮司はベッドに横たわりながら、天井を見上げている。
遥は、その足元に座っていた。
目の奥が、ひりひりとする。
声を出して泣いたわけじゃない。
けれど、あの理科準備室で、心の奥がひっくり返された感覚だけが、まだ残っていた。
「──言っとくけどさ」
蓮司が、不意に口を開く。
それはいつも通りの、薄く笑った声音だった。
「日下部んとこ、行きたきゃ、行ってもいいよ? ……ただし、あいつ、壊れてるお前の面倒なんて見れねぇと思うけど」
遥は、答えなかった。
言い返す言葉も、もう思いつかなかった。
ただ、俯いたまま、足の爪先をじっと見ていた。
「……あーあ。泣き顔サービス、今日なかったじゃん」
「……してねぇよ、そんなの」
ぼそりと返すと、蓮司はくすっと笑った。
「うん。そうだね。……今日は、ちょっと素直だったもんね、日下部の前で」
遥は、びくりと身体を硬直させた。
なぜ、蓮司がそのことを知っているのか──
いや、知っているかどうかはどうでもいい。ただ、「見透かされてる」こと自体が、痛かった。
「……別に」
唇の裏を噛む。
血の味がする。
「別に、なんも……してねぇし」
「ふうん」
蓮司は寝返りを打った。
遥の顔を覗き込むように、ゆっくりと身を起こす。
「じゃあ、こっちでも、いつも通りでいようか。……ね、“俺の遥”?」
声が優しいのが、逆に冷たい。
遥は、頷いた。
ゆっくりと。機械のように。
(──戻ってきたんじゃない。戻るしかなかった)
日下部の前にいた“自分”は、ほんの一瞬だけ浮上した何かだ。
それはきっと、長く持ってはいけない。
持てるほど、自分は“清潔”じゃない。
──だから、罰だ。
蓮司の手が、ゆっくりとシャツの裾にかかる。
指先が、滑り込むように肌に触れた瞬間、遥の身体はわずかに震えた。
嫌悪じゃない。
“反応”だった。
(……やだ)
心の中で、微かに声が漏れた。
(やだやだやだ)
なのに、口では笑った。
「……今日、優しいじゃん」
言いながら、自分の声の温度が死んでいくのを感じた。
蓮司は、笑った。
「優しくしたら、もっと反応いいんじゃないかと思ってさ」
その言葉に、遥の胃の奥が痙攣した。
“反応”──
その単語が、一番、刺さる。
(感じたことなんて、ない)
(全部、壊れてるだけだ)
けれど──
身体は、やっぱり動いてしまう。
まるで、それが「愛されてる証拠」みたいに。
まるで、それが「生きてる意味」みたいに。
まるで──
それしか、存在を確かめられる方法が、ないみたいに。
そうして夜が、また静かに堕ちていく。
遥は、何も言わず、目を閉じた。
“ここ”にいるしかないと思いながら、
“そこ”にいたことを、心の奥で手放せずにいた。