ドラゴンと一口に言っても世の中にはいろいろな類のドラゴンがあるが、その赤いドラゴンは一言でいえばトカゲ系だった。背中に巨大な翼があるとはいえ、それをはばたかせても空力で空を飛べそうな姿はしていない。かなり胴回りががっしりしていて、地に足がついたフォルム。ただ一つ奇妙なのは、後ろ脚の片方が太くて巨大な鎖のようなもので戒められていることだった。鎖で戒められているのだが、その鎖が闘技場内の柱にくくってある、といったようなことはなく、何のために鎖が繋いであるのかはぱっと見ただけではよく分からない。
「ガォォォォッ!」
ドラゴンは咆哮し、図体を揺するようにして前に進んで、そしてくるりと振り返るようにして尻尾を振り上げた。図体の割には意外と俊敏な動き。雰囲気的に明らかに腹を減らしているように見えるので(お互い様ではあるが)、いきなり食い殺されるかと思ったのだがどうやらそういうわけではないらしい。
ばしっ!
振り回された巨大な尻尾の一撃の前に、オゾンは木の葉のように吹き飛んだ。きりもみ回転。落下。下が浅いながらも砂だったのが幸いした。かろうじて、まだ意識はある。だが既に剣と盾は手元にない。あの禿げた教官の言っていた通りではあるが、剣や盾を使っている余裕などなかったし、そもそも剣や盾があったからどうにかなるというような相手では、明らかに最初から無かった。
「ぺっ!」
口に入った砂を吐き出す。
「人生で最後に味わうもんが、こんなんであってたまるかよ」
剣と盾のほうに目をやる。あれを拾うかどうか、考える。だが、拾ったからといって事態が改善しそうには、ない。ならば、いっそのこと。こちらから突っ込んでいくか。もはややぶれかぶれというか捨て鉢というか、無意味な特攻と言ってしまえばそうなのだが、こんなところででかいトカゲになぶり殺しにされて、気を失ったまま食われて人生を終えるなんて真っ平だ。
ばさっ ばさっ
巨龍は二度、翼をはためかせた。それで浮かび上がったりするわけではない。単なる、動きの癖みたいなものだろう。次の瞬間、またうなりをあげるように尻尾が飛んできた。かろうじて、両足を踏ん張って耐える。痛いが、それだけだ。多分、相手はまるっきり本気ではない。だいたい、向こうが本気なのなら尻尾なんか振らないで、ジャンプでもして上から踏みつけてくればいいのであるからして。そうすればこっちは一撃でぺちゃんこになっておしまいだ。
「ガアアアッ!」
龍は咆哮し、また翼をはためかせた。この動きそのものに意味は無い、というのはさっき学んだ。近づくなら、今がチャンス!
「こっちばっかり! 齧られて! たまるか! 俺だって腹が減っているんだ!」
翼をはためかせるタイミングで動きの止まっている巨龍の、尻尾の内側の柔らかそうな部分を狙い、食らいつく。ドラゴンの巨体のほとんどの部分は鱗に覆われているようだったが、その部分はそうではなかった。全力で食らいついた歯が、かろうじて龍の皮膚を浅く食い破る。かすかな血の味が口中に広がる。相手の図体などから考えるにたぶん人間に置き換えた場合のダメージとしては「蚊に刺された程度」だろうとは思うが、でも一矢報いてやったぞ。どうだ。
「ざ、まあ……みやが、れ……」
噛みついた口を思いっきりかみしめながら、念を送り込む。
(お前を喰らってやる。お前を喰らってやる……!)
そのときだった。
誰も予想だにしないことが起こった。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!?」
巨大なドラゴンが、もう一つ咆哮を上げ。
そして、轟音とともに。闘技場の砂の上に、その全身を崩れ落ちさせたのである。
■第一話はここまでです






