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第24話「エルフの長寿は人間を救えるのか」
水族館。
クラゲの水槽の前。
森野リリカは、五十代くらいの男性と向き合っていた。
男性は大学病院の医師だった。
「私の娘が、重い病気なんです」
森野は黙っている。
「あなたの長寿の仕組みに、何か治療につながるものがあるかもしれない」
「……」
「もし可能なら、少しだけ力を貸していただけませんか」
森野の耳が。
ゆっくり下がった。
そして。
「お話だけ」
森野は言った。
「聞かせてください」
三人は水族館のカフェへ移動した。
相沢直人も同席する。
男性の名前は。
高橋雅人。
五十三歳。
大学病院の内科医。
娘は二十二歳。
「病名については」
高橋は言った。
「今日は詳しくお話ししません」
「はい」
「ただ、細胞の老化に関係する珍しい病気です」
森野の表情が変わる。
「老化?」
「はい」
高橋は続ける。
「私はあなたの動画を見ました」
「……」
「最初は信じませんでした」
「普通はそうだと思います」
「でも過去の写真を見て」
「はい」
「もし本当に百四十三歳なら」
高橋は森野を見る。
「あなたの体には、私たち人間とは違う何かがある」
森野は自分の手を見る。
「そうかもしれません」
「調べれば」
「……」
「娘だけではなく、将来ほかの患者を助けられる可能性もあります」
森野は黙る。
相沢も。
何も言わない。
これは。
簡単に口を挟める話ではない。
高橋が言う。
「もちろん」
「はい」
「無理にお願いするつもりはありません」
「……」
「あなたの身体です」
森野の耳が。
少し上がった。
「ありがとうございます」
「今日はこれだけです」
高橋は封筒を差し出す。
「私の連絡先です」
森野が受け取る。
「考えていただければ」
「はい」
高橋は立つ。
深く頭を下げる。
そして。
去っていった。
二人になる。
テーブル。
森野の前。
封筒。
相沢が聞く。
「どうする?」
「分かりません」
「断ってもいいと思う」
「はい」
「受けてもいい」
「はい」
「俺には決められない」
「分かっています」
森野は封筒を見る。
「ずるいですね」
「何が?」
「娘さんが病気だと言われると」
「うん」
「断りにくくなります」
「そうだね」
「研究機関からの手紙なら」
「うん」
「嫌です、で終われたのに」
「今回は人が見えるから?」
「はい」
森野は小さく息を吐く。
「私」
「うん」
「別に特別なことをして長生きしてるわけじゃないんです」
「知ってる」
「運動もそんなにしません」
「うん」
「夜更かしします」
「うん」
「甘いものも食べます」
「うん」
「ピーマン嫌いです」
「それ関係ある?」
「たぶんありません」
相沢が笑う。
森野も少し笑う。
「ただエルフとして生まれただけです」
「うん」
「それを調べれば」
森野は言う。
「本当に誰かを助けられるんでしょうか」
「分からない」
「ですよね」
「俺、医者じゃないから」
「はい」
「でも」
「何ですか?」
「森野さんが嫌なら、やらなくていい」
耳が。
ぴく。
「相沢さん」
「何?」
「今日は真面目ですね」
「いつも真面目だよ」
ぴく。
「今、私の耳じゃなくて相沢さんの耳が動けばいいのに」
「人間だから無理」
デート再開。
イルカ。
ペンギン。
アザラシ。
しかし。
森野は。
少し上の空だった。
午後五時。
水族館を出る。
「楽しかった?」
相沢が聞く。
「はい」
ぴく。
「半分くらい?」
「七割です」
「残り三割は?」
森野がバッグを見る。
高橋の封筒。
「これです」
「だよね」
駅。
別れる前。
森野が言う。
「少し考えます」
「うん」
「母にも相談します」
「神崎にも?」
「レオンにも」
「俺には?」
「もう相談しました」
「役に立った?」
「少し」
「少し?」
「三割くらい」
「低い」
「人間ですから」
「そういう使い方する?」
翌日。
日曜日。
午前十時。
森野のマンション。
相沢もいる。
テーブルの上。
ノートパソコン。
そして。
神崎レオン。
「何でレオンまでいるんですか」
森野が言う。
「呼んだのリリカでしょう」
「そうでした」
相沢が聞く。
「お母さんは?」
「オンラインです」
ノートパソコン。
画面。
京都の母。
森野エレナ。
二百九十一歳。
『聞こえますか?』
「聞こえてます」
『相沢さんもいるの?』
「います」
相沢が頭を下げる。
「おはようございます」
『おはようございます』
神崎も。
「ご無沙汰しています」
『一昨日会ったでしょう』
「そうでした」
四人。
人間一人。
エルフ三人。
家族会議のような。
研究倫理会議のような。
妙な状態。
森野が昨日の話を説明する。
母は。
最後まで黙って聞いた。
そして。
『私は反対です』
即答。
森野が聞く。
「どうして?」
『一度提供したものは戻せないから』
「血液?」
『血液だけではありません』
母は言う。
『遺伝情報』
森野は黙る。
『リリカ』
「はい」
『あなた一人の情報ではないのよ』
「……」
『私ともつながっている』
「はい」
『親族とも』
神崎も言う。
「そこは重要ですね」
相沢は黙って聞く。
母が続ける。
『人間を助けることに反対しているわけではありません』
「じゃあ」
『でも善意だけで決めてはいけません』
森野は考える。
「じゃあ絶対に駄目?」
母は少し黙る。
『絶対とは言いません』
「……」
『あなたが決めなさい』
「結局?」
『あなたの身体です』
森野がため息をつく。
「みんな同じこと言いますね」
相沢が言う。
「正しいからじゃない?」
「決める側は大変なんです」
神崎が言う。
「では条件を決めては?」
「条件?」
「はい」
神崎は指を折る。
「研究目的を限定する」
「はい」
「データ利用範囲を限定」
「はい」
「第三者提供禁止」
「はい」
「試料の保管期間を限定」
「はい」
「そして」
「何?」
「リリカがいつでも撤回できるようにする」
森野が考える。
「そんなことできます?」
「交渉次第です」
相沢が神崎を見る。
「詳しいね」
「長く生きていますので」
「便利に使った」
森野が言う。
「最近みんなそれ使いますね」
午後。
話し合い終了。
母は最後に。
『リリカ』
「何?」
『人間を助けたいと思う気持ちは悪くない』
「はい」
『でも』
母は少しだけ優しい顔をする。
『自分を差し出すことと、人を助けることは同じではないからね』
森野は。
静かにうなずいた。
「分かりました」
オンライン通話終了。
神崎も帰る。
玄関。
「レオン」
「何?」
「ありがとう」
「珍しいですね」
「取り消します」
「早い」
神崎が相沢を見る。
「では」
「うん」
「後はお願いします」
「何を?」
「彼氏の仕事です」
「何それ」
「精神安定要員でしょう」
森野が言う。
「その役職まだ有効です」
神崎は笑って帰った。
二人になる。
森野がソファへ座る。
相沢も隣。
「疲れた」
「最近ずっと言ってるね」
「本当に疲れてるんです」
森野は。
相沢の肩に頭を乗せた。
「珍しい」
「何が?」
「森野さんから」
「嫌ならやめます」
「そのままで」
耳が。
相沢の頬の近く。
長い。
相沢は見る。
森野が言う。
「触らないでください」
「まだ何もしてない」
「見てました」
「見ただけ」
「顔に書いてあります」
「一回だけ」
「駄目です」
「恋人なのに」
「恋人でも毎回許可が必要です」
「厳しい」
「重要です」
相沢は笑う。
そして。
森野の頭を。
耳ではなく。
髪の上から軽く撫でる。
森野は何も言わない。
耳が。
ぴく。
「これはいい?」
「……これは」
少し間。
「いいです」
その日の夜。
森野は高橋へメールした。
『昨日はありがとうございました。検査について、条件を含めて一度詳しくお話を伺いたいと思います。ただし、現時点では研究協力を決めたわけではありません。』
送信。
翌日。
月曜日。
午前九時。
会社。
部長が言う。
「森野さん」
「はい」
「今度は何だと思う?」
「嫌なクイズやめてください」
「海外から電話」
「断ってください」
「まだ内容言ってない」
「どうせ研究でしょう」
「違う」
「取材?」
「違う」
「広告?」
「違う」
森野が警戒する。
「じゃあ何ですか」
部長がメモを見る。
「海外のエルフだって」
営業企画部。
沈黙。
神崎が立ち上がる。
「どこの国です?」
「北欧」
森野の表情が変わる。
「何て?」
部長が言う。
「森野リリカと話したい」
「……」
「日本で正体を公表したことについて」
森野と神崎が顔を見合わせる。
相沢が聞く。
「海外にもいるの?」
森野が答える。
「います」
「初耳」
「言ってませんでしたから」
「どのくらい?」
「それは秘密です」
部長が続ける。
「それと」
「まだ?」
「その人」
メモを見る。
「年齢が」
一拍。
「八百十二歳だって」
相沢。
「……」
森野。
「……」
神崎。
「……」
田中が。
小さく言った。
「上には上がいる」
森野の耳が。
ぴく。
どうやら。
百四十三歳のエルフは。
エルフの世界では。
まだまだ若手だった。
コメント
1件
第24話、読み終えました……。 まず、高橋医師の「娘さんが病気」って切り口、ずるいけどリアルだなって思いました。リリカが「断りにくくなる」って言うところ、すごく共感しました。そのあとの「ピーマン嫌い」とか「人間だから無理」って軽いやりとりが、重いテーマの中で息継ぎみたいになってて、バランスが絶妙でした。 それからエレナさんの「自分を差し出すことと助けることは同じではない」っていう言葉、胸に刺さりました。そして最後の、海外から800歳超えのエルフからの連絡……! 百四十歳でも若手っていう展開、思わず声出ました。この世界、まだまだ広がりそうで続きが気になります……! みぅ🤍🥀