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えへへへへへへへへ♡ どろっどろだねぇぇぇ♡((( 文章力が凄すぎて叫ぶ(?)
やばい、、、、最高。
自分の性癖150%の中太です。女体化です。
こういう中太が大好きなんです。
リョナだし女体化だし精神崩壊だし時系列バラバラだし無駄に長いし謎時空だし・・・・難しいこと考えちゃダメです
鉄錆と腐敗した油の臭いが立ち込める廃倉庫。その最奥で、中原中也は「それ」を見つけた。
「……あ」
喉の奥から漏れたのは、怒りですらなかった。あまりにも無残に、あまりにも徹底的に破壊された「太宰治」が、汚れたコンクリートの上に転がっていた。 女体化したその体は、元々細かった枝のような手足が、今は暴力と陵辱の痕跡でどす黒く変色している。白かったはずの肌には、何人もの卑俗な男たちが残した汚濁がこびりつき、虚ろに開かれた瞳は、天井の染みを眺めたままピクリとも動かない。
「……ぁ、……う……」
彼女の割れた唇から、意味をなさない湿った音が漏れる。 その瞬間、中也の周囲の重力が狂ったように逆巻いた。背後にいた、下卑た笑いを浮かべていた男たちの悲鳴が上がる間もなかった。中也は一瞥もくれず、ただ指をひと振りしただけで、彼女を汚した「肉塊」どもを床にめり込ませ、細胞のひとつひとつまで圧壊させた。
「太宰……おい、太宰……」
中也は震える手で、自分の外套を脱ぎ、彼女の裸体を包み込んだ。 抱き上げた体は驚くほど軽く、そして冷え切っている。かつて自分を散々小馬鹿にし、神の如き知略で戦場を支配した女の面影は、どこにもない。 中也の腕の中で、彼女はただ、ガチガチと歯を鳴らし、焦点の合わない目で宙を掻いた。
「んぁ、……っ、……ぁあああ!!」
中也の指が触れた瞬間、彼女は短い悲鳴を上げ、激しく身体をよじった。フラッシュバック。男たちの脂ぎった手、耳元で囁かれた汚らわしい言葉、逃げ場のない暴力。それらが彼女の脳内で再生され、彼女は自分の喉を掻きむしろうとする。
「俺だ! 俺だ、太宰! 中也だ! 見ろ、俺を見ろ!!」
中也は彼女の両手首を強引に掴み、自分の胸に押し当てた。 狂ったように暴れていた彼女が、中也の心臓の鼓動――自分を裏切らない、唯一の暴力的なまでの生命力――を感じ取った瞬間、ふっと力が抜ける。
「……ちゅ、……や……?」
震える声で紡がれた、歪な名前。 それが、彼女が過去のすべてを捨て、中原中也という存在だけを唯一の「世界」として認識した産声だった。
それから、世界は二人だけになった。 ポートマフィアの任務も、外部との連絡も、中也はすべてを断ち切った。彼にとって、今の太宰を他人の目に晒すことは、万死に値する冒涜だった。
最上階の自室。外光を遮る厚い防音カーテン。 そこは、外界の汚れを一切通さない、中也が作り上げた「子宮」のような部屋だ。
「ほら、口開けろ。……いい子だ」
ベッドの上、中也はスプーンで温かい粥を彼女の口元へ運ぶ。 彼女は中也の膝の間にすっぽりと収まり、彼の胸に背中を預けている。中也が少しでも離れようとすると、彼女は「うゅ、……んぁっ!」と悲鳴に近い声を上げ、過呼吸を起こすほどに彼に依存していた。
「あ……ぅ、……んむ」
おぼつかない様子で粥を飲み込むと、彼女は満足げに中也の腕に頬を擦り寄せる。 言葉はもう、話せない。 知性は霧の向こうへ消え去り、残ったのは「中也がいなければ死んでしまう」という野生動物のような本能だけだ。
「……ちゅや……、だい、しゅき……」
熱に浮かされたように、彼女が繰り返す。 それは告白というよりは、呪文だった。自分を繋ぎ止めるための、唯一の鎖。 中也はその言葉を聞くたび、胸の奥でどす黒い快楽が弾けるのを感じる。
(そうだ。そのまま、何も思い出さなくていい)
中也は彼女の細い腰を抱き寄せ、その首筋に深く顔を埋めた。 かつての太宰は、あまりにも遠すぎた。彼女の孤独も、虚無も、中也には触れることさえ許されなかった。だが、今の彼女はどうだ。 中也が食べさせなければ飢え、中也が洗わなければ汚れ、中也が抱きしめなければ恐怖に押し潰される。
「お前をあんな目に遭わせたゴミ共は、もうこの世のどこにもいねぇ。……だがな、太宰。お前をこうして壊してくれたことだけは、感謝してやりたいくらいだぜ」
「ん、ぁ……? ……あう……」
意味を理解できない彼女は、首を傾げて中也を見上げる。 その無垢な瞳に映っているのは、中也一人だけだ。 中也は彼女の頬を、壊れ物を扱うような手つきで撫でる。だが、その指先には隠しきれない独占欲が籠もっていた。
「お前はもう、俺以外の名前を呼ぶ必要はねぇ。俺以外の男に触れられることも、俺以外の言葉を聞くことも、一生ない」
中也は、彼女の指先に残る微かな傷跡を、ひとつひとつ舌でなぞり、自分の印を刻みつけるように上書きしていく。 彼女は、かつての屈辱を思い出したのか、微かに身体を震わせた。
「ちゅ、や……っ、……い、たい……。……ぁ、ん……」
「痛くねぇよ。これは俺だ。……俺の愛だ。逃げんじゃねぇぞ」
中也は逃げようとする彼女の細い足を掴み、自分の方へ引き寄せた。 彼女が泣き叫ぼうが、嫌がろうが、関係ない。 むしろ、彼女の精神を限界まで追い詰め、自分なしでは正気を保てないほどに壊し尽くすことこそが、彼なりの究極の救済だった。
「……ちゅや、……ちゅや……。……あ、んぁ……っ、……す、き……」
涙を流しながら、彼女は中也の首に縋り付く。 その依存、その狂気、その閉ざされた世界。 中也は彼女の唇を深く、蹂躙するように塞いだ。
窓の外では、今日も知らない誰かが死に、知らない街が動いている。 けれど、この重力に閉ざされた部屋の中で、二人は永遠に一つだった。 壊れた人形と、それを愛でる狂った飼い主。 琥珀の中に閉じ込められた二人の時間は、腐敗することもなく、ただ甘美な毒液となって、どこまでも深く沈んでいく。
「……一生、俺の檻の中で鳴いてろ。……太宰」
中也の低い囁きに、彼女はただ「あぁ……」と、熱い吐息を漏らして応えた。
薄暗い寝室には、加湿器が吐き出す白い霧と、重苦しい沈丁花の香りが充満していた。中也が選んだその香りは、かつての太宰が嫌っていたはずのものだが、今の彼女にはそれを拒む知覚も、選ぶ意志も残されていない。
中也が少しの間、彼女の着替えを取りにクローゼットへ向かった、そのわずか数メートルの距離。 背後に残された彼女の空気が、急激に凍りついた。
「……ひ、っ……あ、……ぁ、ぐ……っ!」
唐突に、静寂を切り裂いて湿った喘鳴が響く。中也が振り返ると、ベッドの上で丸まっていた彼女が、狂ったように自分の胸元を掻きむしっていた。
「おい、太宰! どうした!」
中也が駆け寄る。だが、その足音さえも今の彼女には「追っ手」の足音に聞こえるのかもしれない。彼女の瞳は大きく見開かれ、焦点はどこか遠い、あの地獄のような廃倉庫の天井を見つめていた。
「ん、ぁ……っ、……や、……ぁあ!! ……ひゅ、……ぅ、ぐっ……」
過呼吸。肺が酸素を拒絶し、代わりに恐怖だけを吸い込もうとしている。 彼女の指先は紫に変色し、ガチガチと震える歯が、自分の唇を噛み切って鮮血を滲ませた。 あの夜。何人もの男たちの、脂ぎった手の感触。耳元で弾けた下品な笑い声。逃げ場のない、コンクリートの冷たさ。 記憶は失われても、肉体が覚えている「絶望」が、泥水のように彼女の喉元までせり上がってくる。
「……ちゅ、……や……っ! ……たす、け……っ、……ぁ、がっ……!」
「ここにいる! 太宰、俺を見ろ! 俺だ、中也だ!!」
中也は容赦なく彼女の細い肩を掴み、自分の方へ引き寄せた。 パニックに陥った彼女は、中也の腕の中で暴れ、爪を立てて彼の頬を切り裂く。だが、中也は眉一つ動かさない。むしろ、自分に刻まれる彼女の痛みの痕跡に、背筋が震えるような昂りさえ感じていた。
「あ……ぅ、……ぁ、……っ!!」
酸素が足りず、彼女の顔色が土色に沈んでいく。 中也は彼女の後頭部を強引に引き寄せ、その震える唇を、自分の口で塞いだ。
「ん、む……っ!? ……ん、んん……っ」
無理やり流し込まれる、中也の熱い呼気。 彼女は驚愕に目を見開き、窒息しそうな苦しさの中で、必死に中也のシャツを掴んで縋り付いた。 中也は彼女を逃がさない。彼女が「死」の恐怖から逃れるために、自分の「生」を貪り食うその瞬間を、何よりも愛していた。
「……はぁ、……っ、……は、ぁ……」
数分後。ようやく呼吸のリズムが整い始めた彼女は、中也の腕の中でぐったりと力なく折れ曲がっていた。 涙と唾液でぐちゃぐちゃになった顔。剥き出しの肩は、恐怖の名残で小刻みに震えている。
「……ちゅ、や……。……ん、あぁ……。……こわ、い……っ……」
「……ああ、怖かったな。よしよし、いい子だ」
中也は、赤ん坊をあやすように彼女の背中を優しく叩く。 だが、その瞳に宿っているのは慈愛ではない。 一度パニックを起こし、精神の均衡が崩れるたびに、彼女の「太宰治」としての破片はさらに削り取られ、ただの「中也の所有物」へと純化していく。それがたまらなく愛おしい。
「……お前を怖がらせるものは、外にしかない。この部屋には、俺しかいねぇ」
中也は彼女の耳たぶを甘噛みし、熱い吐息と共に囁きかける。
「思い出すな。何も考えるな。苦しくなったら、俺の喉を掻きむしれ。俺の心臓の音だけ聞いてろ。……そうすれば、お前は俺のものでいられる」
「……う、ぅ……あ、ん……。……ちゅや、……ちゅや……っ」
彼女は、中也の胸板に顔を強く押し付けた。 自分を蹂躙したモブたちの記憶から逃げるために、自分を監禁し、精神を支配している男の腕の中に、自ら飛び込んでいく。 この矛盾。この完成された地獄。
「……だい、しゅき……。……ちゅ、や……」
たどたどしい告白が、静かな部屋に溶けていく。 中也は、彼女の背中にある、あの夜についたであろう消えない傷跡を、わざと指先でなぞった。 彼女が短く「んぁっ……」と声を漏らし、快楽と恐怖の混ざった震えを漏らす。
「……ああ。俺もだ、太宰。お前がこうして壊れてくれるたびに、俺は、お前を愛さずにはいられねぇんだよ」
中也は、彼女のぐっしょりと濡れた髪を愛おしそうに指に巻きつけ、二度と解けない結び目を作るように、強く、強く引き寄せた。 外の世界では、彼女の知略を惜しむ声や、彼女の不在を嘆く者もいるだろう。 だが、そんなものはどうでもいい。 ここで泣き、ここで縋り、ここで「ちゅや」と鳴く、この壊れた生き物こそが、中也が一生をかけて求めていた、彼だけの「太宰」なのだから。
中也は再び彼女の唇を奪い、深い、深い、終わりのない闇の底へと、彼女を連れて沈んでいった。
深い闇に沈んだ寝室。中也はベッドの端に腰掛け、怯える彼女を自分の足の間に引き寄せた。
「おい、太宰。……逃げるな。今日はここの手入れをしてやるよ」
中也の声は、震えるほどに低く、そして甘い。 彼は彼女が纏っていた薄い絹の寝衣を、肩から無慈悲に剥ぎ取った。剥き出しになった白い肌には、あの夜の「獣たち」が残した痕跡が、生々しい傷痕や変色した痣となって、呪いのように張り付いている。
「あ、……ぅ……。……ん、あぁぁ……っ!」
彼女は自分の身体を抱きしめるようにして縮こまり、ガタガタと震え出した。 記憶は失われても、皮膚が、肉が、あの時の蹂躙を覚えている。汚らわしい男たちの指が食い込み、尊厳ごと掻き回された時の激痛。 彼女の瞳は急速に潤み、焦点が合わないまま、逃げ場を求めて左右に泳ぐ。
「……や、だ……。……こわ、い……ちゅや、……んぁっ!」
「何が怖いんだ? ああ?……これか? これが怖いのかよ」
中也はわざと、彼女の太腿の内側に残された、指の形をした深い青あざを――男たちが彼女をこじ開けるために無理やり掴んだ場所を――指先で強く、抉るように押し潰した。
「ひ、ぎぃっ……!? ……あ、……ぁ、……っ!!」
彼女の背中が弓なりに反り、悲鳴が喉の奥で潰れる。 あまりの恐怖と痛みに、彼女の呼吸は再び浅くなり、酸素を求めて口を金魚のようにパクパクと開け閉めした。
「……あ、……ぅ、ぐっ……。……ちゅ、や……、いたい……っ、たす、け……っ!」
「助けてやるよ。俺が、全部。……だがな、太宰。この傷があるうちは、お前はあのゴミ共のことも覚えてるってことだ。……そんなの、俺が許さねぇ」
中也は彼女の涙を親指で乱暴に拭い、そのまま、彼女の首筋にある噛み跡のような傷跡に、自分の舌を這わせた。 ザリ、と熱い舌が傷をなぞるたび、彼女は「んぁ、……っ、あ……」と、快楽とも恐怖ともつかない、壊れた鳴き声を漏らす。
「嫌、か? あの男たちの感触を思い出して、吐き気がするか?」
「……う、ぅ……あ、……ぁあ、っ……」
「いいぜ、もっと泣け。……泣いて、俺に縋れ。お前をこんな身体にしたのはあのゴミ共だが、その身体を一生抱えて生かしてやるのは、俺だけだ」
中也の指が、彼女の胸元に残る、タバコの押し跡のような火傷の痕をなぞる。 彼女は激しく首を振り、中也の腕の中で身悶えした。過呼吸の喘鳴が激しくなり、視界が白濁していく。 恐怖。屈辱。絶望。 それらが濁流となって彼女を飲み込もうとする時、中也は彼女の顎を強引に掴み、自分を直視させた。
「見ろ。今お前に触れてんのは、誰だ」
「……ちゅ、……や……。……ん、ぁ……っ」
「そうだ。俺だ。……あのゴミ共の感触なんて、俺が全部、痛みで塗り潰してやる」
中也は、彼女の傷口を愛おしそうに、けれど容赦なく噛み砕くように口づけた。 彼女は痛みに涙を流しながらも、その「痛み」こそが自分を現実に繋ぎ止める唯一の感覚であるかのように、中也の首に力なく腕を回す。
「……あ、……ん、……っ。……ちゅや……、だ、しゅき……。……ちゅ、や……だけ、……ぁ、ん……」
「ああ、そうだ。俺だけだ。俺だけがお前を愛して、俺だけがお前を汚していい。……他の誰かがつけた痕なんて、俺が一生かけて、俺の愛で腐らせてやるよ」
中也は、泣きじゃくる彼女の脚を割り、その間に割り込んだ。 モブたちが残した傷痕を、一つ一つ自分の歯と舌で「上書き」していく。 彼女はそのたびに、高熱に浮かされたように「あぁっ、……ん、……あ……」と、熱い吐息を中也の耳元に吹きかけた。
壊れて、汚れきって、自分がいなければ消えてしまう人形。 中也は、彼女がパニックで白目を剥きかけ、自分を呼ぶ声が掠れていくのを見ながら、この上ない幸福感に浸る。
「……お前、一生、この夜から出られないぜ。太宰」
中也は、彼女の涙を飲み込み、そのまま彼女を深い、深い、絶望と愛の泥沼へと沈めていった。 彼女はもう、言葉を失ったまま、ただ中也という暴力的な愛に抱かれ、震えることしかできなかった。
深い静寂が支配する部屋。中也がわずかに目を離した、ほんの数分の出来事だった。
「……おい、太宰。何してやがる」
中也の声が、地を這うような低さで響いた。 ベッドの端。彼女は、中也が隠していたはずの果物ナイフを握りしめ、自分の細い手首を何度も、何度も、まるで紙を切り刻む子供のような無邪気さでなぞっていた。
「あ、……ぅ、……んぁ……」
彼女の白い腕には、赤い筋が幾本も走っている。そこから溢れた鮮血が、純白のシーツに毒々しい花を咲かせていた。 驚くべきは、彼女の表情だった。痛みを感じていないのではない。あまりの精神の混濁に、痛みが「生きている実感」としてしか機能していないのだ。
「……ちゅ、や……。……あ、ぅ……ん、あ……っ」
中也の姿を認めた瞬間、彼女の瞳に色が戻る。だがそれは正気ではなく、極度の不安と病的な依存の色だ。 彼女は血に濡れた手で自分の首を抱え、過呼吸気味に肩を上下させた。
「……ひ、っ、……ふ、ぅ……あ、……ぁぁっ!!」
「離せ、そのナイフを!!」
中也が力任せにナイフを取り上げ、部屋の隅へ投げ捨てる。金属音が虚しく響く中、彼は彼女の手首を掴み、傷口を強く圧迫した。
「何してんだ、お前は……! 死にたくなったか? ああ!? 俺を置いて、またどっか行こうとしてんのか!!」
中也の怒声に、彼女はびくんと身体を跳ねさせ、喉を詰まらせた。 「……や、だ……! ……ちゅや、……ちゅやぁ、……っ、あ……ん、……ぁあ!!」
パニック。彼女の脳内で、あの夜の男たちの手と、今の自分を縛り付ける中也の強い力が混濁する。 彼女は中也の腕の中で暴れ、傷口が開くのも構わずに手首を振り回した。飛び散る血が中也の頬を汚すが、彼は微動だにせず、彼女をベッドに押し倒して跨った。
「……っ、……は、ぁ……ひ、ぎぃ……! ……ちゅや、……ごめ、ん……な、さ……い……あ、ぅ……っ」
「謝るな!! 俺が欲しいのは謝罪じゃねぇ! お前の身体も、心も、血の一滴まで俺のもんだって言ってんだろ!!」
中也の独占欲が狂気となって溢れ出す。 彼は彼女の震える手首を引き寄せ、まだ血が噴き出している傷口に、直接、唇を押し当てた。
「ん、む……っ、……ぁ、……っ、あ、んっ……」
鉄の味が中也の口内に広がる。彼女は異様な光景に目を見開き、ガタガタと全身を震わせた。 中也は彼女の血を飲み干すように吸い上げ、傷口を舌で執拗に弄る。痛みと、それ以上に「自分の血を啜られている」という倒錯した支配感に、彼女の意識は白濁していく。
「あ……ぅ、……ん、ぁ、……っ。……ちゅや……、た、べて……。……ちゅや、の、……なか、に……いれて……っ」
「……ああ、そうだ。お前の全部、俺が飲み込んでやるよ」
中也は顔を上げ、口元を真っ赤に染めたまま、残酷なほどに美しい微笑を浮かべた。 彼女の精神はもう、ボロボロだった。 自分で自分を傷つけることでしか、過去の恐怖を上書きできない。けれど、その傷すらも中也に奪われ、彼の愛の糧にされてしまう。
逃げ場なんて、どこにもない。
「……ちゅ、や……。……んぁ、……っ、……も、っ、……と……い、たい……の……っ」
彼女は、自分を縛る中也の太い腕に、自ら手首を擦り付けた。 もっと傷つけてほしい。もっと汚してほしい。 中也という巨大な「重力」に押し潰され、自分という形がなくなるまで、めちゃくちゃにしてほしい。 そのメンヘラじみた渇望が、彼女の潤んだ瞳に、ドロリとした熱を宿らせる。
「……ハ、最高だぜ。……お前、自分がどれだけ壊れてるか分かってんのか?」
中也は彼女の首を絞めるように片手で掴み、もう片方の手で彼女の腿に残るモブたちの痣を強く、強く圧迫した。
「い、たっ……! ……あ、……ぁ、んっ……あ、……ぅ……っ、……ちゅやぁ!!」
「痛ぇだろ。怖いだろ。……その全部を、俺に捧げろ。お前が流す血も、涙も、全部俺が受け止めてやる。……その代わり、死なせねぇ。……お前がどんなに自分を切り刻んでも、俺がその倍、愛して繋ぎ止めてやるからな」
「……ぁ、ん……。……だ、しゅ、き……、ちゅや……。……あ、ぅ……ん……」
彼女は、自分を支配する絶対的な力に屈し、中也の胸に顔を埋めて咽び泣いた。 自傷の痛みと、中也の重すぎる愛。 その二つの地獄の狭間で、彼女はもはや一秒たりとも、一人では正気を保てなくなっていた。
中也は、泣きじゃくる彼女を赤ん坊のように抱き上げ、血で汚れたシーツの上で、何度も何度も、彼女の存在を確かめるように深いキスを繰り返した。
「……いい子だ。……お前は俺の檻の中で、一生俺に甘えてりゃいいんだよ」
窓の外では雨が降り始め、二人の住む世界を、より一層深い孤独へと沈めていった。 血の匂いと、中也の香水、そして彼女の壊れた泣き声。 それだけが、この部屋のすべてだった。
中也にとって、彼女が「自分の足で立つ」という行為は、自分という檻から抜け出そうとする明確な反抗に見えた。
「……何してんだ、太宰」
低い声。部屋の空気が一瞬で重力に押し潰されたように重くなる。 ベッドの端を掴み、細い足首をガタガタと震わせながら、彼女は必死に腰を上げようとしていた。 かつての彼女なら、優雅に、あるいは軽薄に地を蹴っていただろう。だが今の彼女は、白く細った足を床につけることさえ、命懸けの儀式のようにひどく不器用だ。
「あ、……ぅ……ん、あ……っ」
彼女の額に、じわりと汗が滲む。 その瞳には、かつての知略家の片鱗もなく、ただ「あっちへ行きたい」という、言葉にもならない本能的な欲求だけが揺れていた。
「……ん、ぁ、……っ、……あ!!」
ぷるぷると震える膝に力を込め、ようやく数センチ、腰が浮いたその瞬間。 横で冷ややかに眺めていた中也の掌が、彼女の細い肩にぽん、と置かれた。 ただそれだけ。力など込めていないはずなのに、極限まで衰弱した彼女の均衡を崩すには、それで十分すぎた。
「ひ、っ……!? ……あ、……ぁ、……っ!!」
「おっと。……危ねぇな」
支えるふりをして、中也は彼女をベッドの上へ押し戻した。 柔らかなマットレスに沈み込む衝撃に、彼女は驚きで目を見開き、過呼吸気味に「ひゅ、……ぅ、……っ」と喘ぐ。
「……あ、……ぅ、……ちゅ、や……。……た、ち、……た、いの……。……あ、……ん、ぁ……っ」
たどたどしい拒絶。彼女はもう一度、今度は中也の腕を支えにして立ち上がろうと、彼の腕をぎゅっと掴んだ。 中也はその手を振り払わない。むしろ、自分に縋り付くその指の力を、悦びに満ちた瞳で観察している。
「立つ練習? ……そんなもん、してどうすんだよ」
中也はわざと、彼女が重心をかけた方の足を、自分の足で軽く払った。
「あ、……ぎぃっ!? ……ん、……ん、んん……っ!」
支えを失った彼女は、再び無様に崩れ落ち、中也の胸の中に飛び込むような形になった。 中也はそれを、待っていたと言わぬばかりに強く抱きすくめる。
「……ほら、また崩れた。……お前は、俺が抱えてなきゃ、座ってることすらできねぇんだからよ」
「う、ぅ……あ、……っ。……ちゅ、や……、ん、ぁ……っ、……い、き、……たい……の……っ」
「どこへ行くんだ? トイレか? 水か? ……それとも、俺のいないどこかか?」
中也の指先が、彼女の細い首筋に深く食い込む。 痛みに彼女の顔が歪み、涙が溢れる。中也はその涙を愛おしそうに舌で掬い取りながら、彼女の耳元で熱い吐息と共に囁きかけた。
「……行かせねぇよ。お前が行きたい場所があるなら、俺が抱えてってやる。お前が見たいものがあるなら、俺が見せてやる。……お前の足は、俺の隣で横たわってるためだけにありゃいいんだよ」
「……あ、……ん、……っ。……ちゅや……、ちゅや、……っ、……たす、け、……て……」
彼女は、自分を「歩かせない」ように仕向ける中也の執着に、恐怖しながらも、同時に言いようのない安堵を覚えていた。 一人で立てれば、あの恐怖のあった外の世界へ繋がってしまう。 けれど、こうして中也に足を奪われ、彼という重力に縛り付けられていれば、自分は一生、この部屋で彼だけに守られていられる。
彼女は、自分を押し潰そうとする中也の脚に、すがるように細い腕を回した。 自分で立つことを諦め、ただ「中也」という唯一の柱に、全存在を預けて溶けていく。
「……そう。それでいい。……お前には、俺だけがいればいいんだ」
中也は、彼女の膝の裏に腕を通し、軽々と横抱きに抱え上げた。 地面から足が離れた瞬間、彼女は「んぁ、……っ」と短い声を漏らし、本能的に中也の首にしがみつく。 その、自分がいなければ命を落とす小動物のような依存。
中也は、彼女の壊れた瞳を覗き込み、今日一番の穏やかな、そして狂気を含んだ微笑みを浮かべた。
「……一生、俺の腕の中から降りるんじゃねぇぞ。……太宰」
「……ん、……ぁ……。……ちゅや……、……だ、しゅ、き……」
彼女はもう、歩くための力を振り絞るのをやめた。 中原中也という檻の中で、彼の体温だけを栄養にして、ただ生かされるだけの生き物。 ドロドロに溶け合った二人の影が、月明かりの下で一つの異形となって揺れていた。
中也が部屋を出てから、どれほどの時間が経っただろうか。 重厚なドアが閉まる音、鍵が幾重にもかけられる金属音。それがこの部屋での「夜」の始まりを告げる合図だった。
「……ぁ、……ん、……っ」
広いベッドの中央、太宰は力なく横たわっていた。 中也の手によって白く清潔な包帯を巻かれ、過保護なまでに手入れされた体。だが、その皮膚の奥、ドロドロに溶けた精神のさらに底の方で、何かが冷たく脈動していた。
(……にげ、なきゃ……)
いや、逃げる場所なんてどこにもないことは、今の彼女でも理解している。外の世界には自分を壊した「怪物」たちがいて、自分を守ってくれるのは中也という名の「檻」だけだ。 けれど、あまりにも重すぎる愛。呼吸すらも中也の許可が必要なこの閉ざされた空気。 彼女の中に、本能的な「拒絶」が芽生え始めていた。
「……ぅ、……ん、あ……っ」
太宰は震える手でシーツを掴んだ。 一度、中也に「立つ練習」を邪魔された時、彼女の心は折れかけた。けれど、中也がいない今だけは、彼の重圧(じゅうりょく)から解放されている。
彼女は、じわりと足を動かした。 筋力が落ちきった足は、まるで自分の体ではないように重い。一歩、ベッドの縁へ移動するだけで、心臓が早鐘を打ち、肺がひゅーひゅーと悲鳴を上げる。
「……あ、……ぁ、……っ、……ふ、ぅ……」
額に脂汗を浮かべ、彼女はゆっくりと上体を起こした。視界がぐわんぐわんと歪む。 中也に抱きしめられている時には感じない、世界の広さと冷たさ。 彼女は震える足を床に下ろした。ひんやりとしたフローリングの感触が、狂いかけた脳に鋭い刺激を与える。
(……た、て……。……た、たなきゃ……)
彼女は、近くのチェストに手をかけた。 指先がガタガタと震える。腕の力だけで体を支え、ゆっくりと、ゆっくりと腰を浮かす。 膝が笑い、骨が軋むような感覚。それでも、彼女は止まらなかった。
「……ぁ、……ん、……んんっ!!」
立ち上がった。 わずか数秒。けれど、中也という重力に縛られ続けてきた彼女にとって、それは世界を再構築するほどの数秒だった。 自分の足で、地面を踏みしめている。中也の腕の中ではない場所で、自分の重さを感じている。
その時だった。
「……何してんだよ、お前」
背後から、凍りつくような声がした。 予定よりも早すぎる帰還。中也はドアの傍らに立ち、信じられないものを見るような、それでいて、裏切りを確信したような暗い瞳で彼女を見据えていた。
「ひ、っ……!? ……あ、……ぁ、……っ!!」
驚きと恐怖で、彼女の膝から力が抜ける。 床に激突する直前、暴力的なまでの速度で動いた中也が、彼女の体を乱暴に受け止めた。
「……あ、……ぅ、……ん、あぁ……っ、……ちゅ、や……」
「あぁ? 立てるようになったのかよ。……誰の許可取って動いてんだ。あぁ!?」
中也の声は、静かな怒りに満ちていた。 彼は彼女を抱き上げたまま、逃げ場のないベッドの上へと放り出した。彼女の手首を掴み、その細い腕をマットレスに押しつける。
「……俺がいない間に、こっそり練習してたのか。……俺を置いて、どこに行こうとしてたんだよ。あの日、お前を助けたのは誰だ? お前を洗って、食わせて、寝かしつけてんのは誰だ!!」
「……あ、……ん、……ぁ、……っ!! ……ちゅ、や、……い、た……っ、……いた、い……っ」
中也の手指が、彼女の手首の傷跡を強引に圧迫する。 激痛。そして、あの夜の蹂躙を思い出させるような強制的な力。 いつもなら、ここで彼女は泣いて縋り、「ちゅや、だいしゅき」と壊れたように繰り返すはずだった。
だが、今の彼女は違った。 中也の胸を弱々しく押し返し、潤んだ瞳を真っ向から中也に向けた。
「……や、……だ……」
その言葉は、掠れてはいたが、明確な意志を持っていた。
「……ぁ、……ん、……っ。……や、だ……。……ちゅ、や、……こわ、い……。……や、だっ!!」
「……何だと?」
中也の動きが止まる。 彼女の口から漏れた、初めての、そして致命的な「拒絶」。 自分がいなければ死んでしまうはずの小動物が、自分という救済を「嫌だ」と言った。
中也の瞳に、絶望にも似た昏い情熱が宿る。 彼は彼女の首筋に顔を埋め、震える声で笑い出した。
「……はは、……ははは! ……嫌だ? お前が俺を拒むのかよ。……お前を壊した連中と同じくらい、俺のことが怖いか? ……最高じゃねぇか」
中也は彼女の腰を強引に引き寄せ、二度と動けないように自分の体で覆いかぶさった。
「嫌だって言え。もっと言え。……お前が俺を嫌えば嫌うほど、俺はお前を放さねぇ。……お前の中に『拒絶』が残ってるなら、それすらも俺への依存で塗り潰してやるよ」
「……んぁ、……や、だ……っ、……はな、……して……っ、……ちゅ、や……っ!」
彼女は泣きながら、必死に抵抗した。 だが、その抵抗は虚しく、中也の執着をさらに加速させるだけの燃料に過ぎなかった。 中也は彼女の唇を塞ぎ、言葉にならない悲鳴をすべて飲み込んでいく。
「……嫌だって泣きながら、俺がいなきゃ呼吸もできねぇようにしてやる。……お前の『やだ』も、全部俺のものだ」
中也は彼女の耳元で囁き、彼女が自分で立ち上がろうとしたその足を、愛おしそうに、けれど二度と使わせないという決意を込めて、深く、深く撫で下ろした。
太宰は、絶望の中で「やだ」と繰り返しながらも、自分を支配する中也の熱から逃れることができず、ただ涙に溺れていった。 二人の間に芽生えた小さな反抗心は、中也という巨大な愛憎の渦に飲み込まれ、より歪な形へと変質していく。
「……ちゅ、や……、ん、……あ……、……ゃ……だ、……っ……」
「……愛してるぜ、太宰。……お前が俺を嫌いになればなるほど、俺はお前が可愛くて仕方ねぇんだ」
閉ざされた部屋の中で、拒絶と執着がドロドロに混ざり合い、二人は永遠に終わらない夜の深淵へと堕ちていった。
「……何だよ、太宰。まだ懲りてねぇのか?」
中也の声は、もはや怒りを超えて、諦念にも似た冷たい響きを帯びていた。 あれだけ「嫌だ」と拒絶し、反抗の意志を示したというのに、中也が部屋を空けるたびに、彼女はひっそりと、まるで秘密の儀式のように、ベッドの縁で「立つ練習」を続けていたのだ。
「あ、……ぅ、……ん、あ……っ」
中也が帰還した足音を聞きつけ、慌ててベッドに転がり込もうとする太宰。 だが、その動きはあまりにも鈍く、中也の鋭い視線から逃れることなどできはしなかった。
「……立つんだな。……俺の言うことが聞けねぇんだな」
中也はゆっくりと、まるで獲物を追い詰める捕食者のように、ベッドへと歩み寄る。 彼女の顔色は急速に青ざめ、呼吸は浅く、速くなる。瞳には、今度こそ逃げられないという絶望が満ちていた。
「ひ、っ……!? ……あ、……ぁ、……っ!!」
「そんなに自分で歩きてぇか? そんなに俺の腕の中から出てぇかよ」
中也は、太宰の足元に跪いた。 そして、彼女の細い足首を、まるで値踏みするかのように指でなぞる。その指先が触れるたび、彼女の身体はビクリと震え、壊れた音で呻きを漏らした。
「……あ、……ぅ、……ちゅ、や……。……や、だ……っ、……ん、あぁ……っ」
「やだ、じゃねぇんだよ。……俺がお前を『歩かせない』って言ってんだから、お前はもう歩けねぇんだ」
中也は立ち上がり、部屋の隅に置かれた、旅行用の大きなボストンバッグへと向かった。 太宰は、その行動の意味が分からず、ただひゅーひゅーと喉を鳴らしながら、視線だけで中也を追う。
ごそごそ、と、布と金属が擦れる音がする。 やがて中也が振り向いた時、彼の右手には、まるで狩猟具のような、鈍い光を放つ巨大なナタが握られていた。
「ひ、ぎぃっ……!? ……あ、……ぁぁぁっ!!」
太宰は恐怖に引きつった悲鳴を上げた。 本能が、それを理解したのだ。あの刃物が、自分に向けられていることを。
「……そんなに、その足が大事か? ……そんなに、俺の言いつけを破ってまで、歩きてぇか?」
中也は、ナタの重みを確かめるように、ゆっくりと腕を振り下ろした。 その切っ先が、ベッドのサイドテーブルをかすめ、ギィン! と嫌な音を立てる。サイドテーブルには、昨日彼女のために用意した甘い菓子が散らばった。
「……あ、……ん、……っ。……ちゅ、や、……や、だ……! ……こわ、い……っ、……やめ、て……っ!!」
「やだ、じゃねぇ。……お前はもう、俺の所有物だ。俺の言うことを聞かねぇ身体は、邪魔なんだよ」
中也は一歩、ベッドへと踏み出した。 太宰はベッドのヘッドボードに背中を打ちつけ、これ以上ないほどに身体を小さく丸める。その瞳は、狂気と恐怖で歪み、中也の持つナタの鈍い光に釘付けになっていた。
「……お前のその足は、もういらねぇ。……どうせ、俺の隣で休むことしか許されねぇんだからよ」
ナタの切っ先が、太宰の膝のすぐ横で止まる。 彼女の呼吸は完全に停止し、ただ恐怖で目を見開くことしかできない。
「……な、……っ、……ん、あぁ……っ、……た、す、け……っ、……ちゅ、や……っ」
「助けてやるよ。……お前が二度と、俺に逆らうことがねぇように、な」
中也はナタをゆっくりと持ち上げた。 その刃が、部屋の天井の微かな光を反射し、冷たい輝きを放つ。 彼女の脳裏に、あの夜のモブたちの影が重なる。再び、蹂躙される恐怖。今度は、自分を守ってくれるはずの「中也」の手によって。
「……い、や……だ……っ、……いやああああああ!!!」
太宰の絶叫が、閉ざされた部屋に木霊した。 それは、言葉を失った彼女が、全てを賭けて絞り出した、最後の「拒絶」の言葉だった。
だが、中也の耳には、その悲鳴が、彼女が自分に完全に屈服し、永遠に自分のものであることを誓う「愛の歌」に聞こえていた。
「……遅ぇよ、太宰。……もう、引き返せねぇ」
ナタが、ゆっくりと、しかし確かな意思を持って、振り下ろされた。 血が飛び散る音。 そして、彼女の、世界で最も甘く、そして最も哀れな、最期の絶叫が、部屋に響き渡った。
重苦しい静寂が支配する部屋の中、ただ一つ、中也の手に握られた巨大なナタが、鈍い月明かりを反射して禍々しく光っていた。その切っ先が、太宰の怯えきった白い右脚の、膝のすぐ下に定められる。
「……あ、……ぁ、……や、だ……ちゅ、や……っ、いやぁぁああ!!」
太宰は狂ったように首を振り、残された力を振り絞ってベッドの隅へと這いずった。だが、中也の重力からは逃れられない。中也は彼女の細い足首を、まるで折れ木でも掴むような無慈悲さで掴み、ベッドの縁に押し付けた。
「逃げんなよ。……お前が悪いんだぜ、太宰。……俺の言うこと、聞かなかったもんなぁ?」
中也の声は、ひどく穏やかだった。それが逆に、彼の狂気を際立たせる。彼は彼女の震える右脚を、ベッドのサイドテーブルの角に、容赦なく押し付けた。逃げ場のない肢体。
「ひ、っ……! ……あ、……ぁ、……っ、あぁああああ!!!」
太宰の瞳は恐怖で白濁し、喉が千切れるほどの絶叫を上げた。口からは泡が吹き出し、顔色はまるで死人のように真っ青だ。彼女の脳裏には、あの夜の男たちの顔と、今まさに振り下ろされようとしている凶器の閃光が、走馬灯のように交互に現れては消える。
ナタが、ゆっくりと、しかし確実に振り上げられる。その刃は、まるで獲物の骨を断ち切るために研ぎ澄まされた獣の牙だ。
刹那、空気を切り裂く重く鈍い音が部屋に響き渡った。
ドスッ!!!
熱い、生温かい液体が、中也の顔に、彼女の頬に、そして純白のシーツに、まるで絵の具をぶちまけたかのように飛び散る。
「ぎゃああああああああっっっ!!!!!!」
太宰の絶叫は、もはや人間の悲鳴ではなかった。それは、肉体が原型を留めないまま引き裂かれる、獣のような、悍ましい断末魔だ。 膝下で断ち切られた右脚が、どさりと音を立ててベッドの下に転がり落ちる。切断面からは、途切れた血管と神経がむき出しになり、脈打つように鮮血を噴き上げている。骨の断面が白く露出し、肉片がそこかしこに散乱していた。
「……ひ、っ、……あ、……ぁ、ぐ、……っ、……ぁぁあああああああああああああああああ!!!!」
彼女は、自分の下半身から湧き上がる激痛に、文字通り身体を折り曲げてのたうち回った。目から血の涙が流れ、口からは吐き出される胃液と血が混じり合った液体が滴る。
「……ふ、はは。……いい悲鳴だ、太宰」
中也は、ナタから滴り落ちる血を拭いもせず、顔についた血を舌で舐め取った。その瞳は、狂喜に満ちている。 彼は、悶え苦しむ太宰を力任せに抱き寄せ、切断された太腿の断面を、そのまま自分の顔に押し付けた。
「ひ、……っ、……あ、……ぅ、……ん、……んんんっ……!!!」
熱い、そして鉄臭い肉の塊が顔に触れる感触。太宰は意識が飛びかけながらも、本能的に中也を突き放そうともがく。だが、その力は今の彼女にはない。
「……ほら、あったけぇだろ? ……お前が俺の言うこと聞かなかった罰だ。……もう、その足はどこにも行けねぇ。……二度と、俺の腕の中から逃げられねぇんだよ」
中也は、切断面から流れ出る血を、愛おしそうに舐め取り始めた。まるで、最高級のワインを味わうかのように。
「……ぁ、……ん、……っ、……ぐ、……はぁ、……ひ、っ……」
太宰は、激痛と、自分の肉を貪られているという悍ましい光景に、完全に意識を失いかけた。 だが、中也はそれを許さない。彼は彼女の頬を叩き、強引に意識を引き戻す。
「寝んなよ。……まだ終わってねぇぞ、太宰。……お前が俺を拒んだんだ。……その代償は、きっちり払ってもらうぜ」
中也は、血塗れのナタを床に投げ捨て、今度は左脚に手を伸ばした。 彼女の瞳に、再び恐怖と絶望が宿る。言葉はもう出ない。ただ、濁った嗚咽だけが、喉の奥から絞り出された。
「……ひ、っ、……ぁ、……っ、……う、ぅ……」
中也は、太宰の左脚も同じようにサイドテーブルの角に押し付けた。そして、彼女の顔を両手で掴み、自分の目を直視させた。
「……見とけよ、太宰。……お前が二度と、俺に逆らわねぇように。……二度と、俺の重力から逃れられねぇように。……最高の景色を見せてやる」
中也は、血に濡れた右手で、ベッドの下に転がっているナタを拾い上げた。 そして、彼女の白く細い左脚に、再び刃を当てた。
「……あ、……ぁぁぁあああああああああ!!!!!!!!」
閉ざされた部屋の中で、二度目の、そして地獄の底から響き渡るような、太宰の絶叫が、永遠に反響し続けた。
血の生臭い匂いが、部屋の空気を満たしていた。中也の顔や服に飛び散った鮮血が、乾き始めて鈍い光を放っている。ベッドの上には、既に片方の膝から下が失われた太宰が、白目を剥き、もはや声にならない呻きを上げながら横たわっていた。
「……ん、……ぁ、……ひ、っ、……」
中也は、その惨状を満足げに見下ろしている。彼の手に握られたナタは、最初の切断で刃が少しばかり鈍ったのか、彼の表情はさらに深い愉悦に歪んでいた。
「……次は、こっちだな。……せっかくだから、じっくり味わおうぜ、太宰」
中也は、動かない右脚の隣で、か細く震える太宰の左脚に手を伸ばした。彼女の肌は、あまりの出血と恐怖で氷のように冷たくなっている。中也は、その冷たい肌を、まるで宝石を愛でるかのようにゆっくりと撫でた。
「……あ、……ぅ、……ん、あぁ……っ、……や、だ……やめ、て……っ」
太宰は、喉の奥から絞り出すような声で懇願する。だが、その言葉にはもはや力も、意志も宿っていない。ただ、本能的な恐怖だけが、か細く蠢いているのだ。
中也は、彼女の左脚を、最初の時よりもさらにゆっくりと、サイドテーブルの角に押し付けた。逃げ場のない肢体。骨が軋む音が、中也の指先から伝わってくる。
「……痛ぇか? ……怖ぇか? ……いいぜ、全部味わえ。……お前が俺を拒んだ、その代償だ」
ナタの刃が、太宰の左膝の下、最初の切断位置よりもほんの数センチ上、まだ肉が厚く骨が太い部分にゆっくりと当てられる。中也は、体重をかけるようにナタを押し込んだ。
ギリ……、ギリギリ……。
肉が、皮膚が、鈍い音を立てて引き裂かれる。刃が骨に当たる不快な感触が、直接脳を揺さぶる。
「ひ、っ……!! ……ぁ、……あああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
太宰の絶叫は、前回のものよりもさらに長く、そして苛烈だった。身体がびくんと大きく跳ね上がり、全身が痙攣する。切断面からは、ドロリとした血液が、まるで溶岩のように噴き出し、シーツを赤黒く染めていく。
中也は、その悲鳴を聞きながら、一切の躊躇なく、ナタをさらに押し込んだ。骨が、肉が、皮が、少しずつ、少しずつ、分断されていく。
ギチ、……ギギギギ……、ガキッ……!!
「……あ、……ぁ、……っ、……ぁぁあああああああ……っ! ……ぐ、……あ、……っ」
太宰は、もはや呼吸もままならない。肺が潰れたかのように、ただ息を吸うことしかできない。全身の神経が、灼熱の炎に包まれたかのような激痛に焼かれている。意識は朦朧とし、視界は血で赤く染まり、中也の狂気に満ちた顔だけが、鮮明に彼女の網膜に焼き付いていた。
中也は、彼女の顔を両手で掴み、その苦痛に歪んだ瞳を覗き込んだ。
「……どうだ、太宰。……痛ぇか? ……苦しいか? ……それが、お前が俺から逃げようとした罰だ」
中也の声は、囁くように甘く、そして地獄の底から響くように冷たい。彼は、ゆっくりと、さらにナタを押し込んだ。骨が、今にも折れそうな不気味な音を立てる。
メリッ、……ブチブチ……、ザシュ……!!
「ぎゃぁああああああああっっっっっ!!!!!!!!!!」
最後の肉の繊維が断ち切られ、骨が砕け散るような音と共に、太宰の左脚が、どさりと音を立ててベッドの下へと転がり落ちた。
中也は、血と肉片に塗れたナタをゆっくりと持ち上げ、その刃を満足げに見つめる。二度目の切断は、最初の時よりもはるかに時間がかかり、彼女に与える苦痛もまた、桁違いに大きかっただろう。
太宰は、ベッドの上にただの「肉塊」と化していた。 両足を失い、切断面から鮮血が泉のように湧き出している。身体は痙攣を繰り返し、泡を吹きながら、もはや悲鳴すら上げられない。ただ、ひゅー、ひゅー、という、肺が潰れたような空気の漏れる音だけが、虚しく響いていた。
中也は、彼女の顔にかかった髪を優しく払いのけ、その血と涙で濡れた頬に口づけた。
「……これで、もう二度と、どこにも行けねぇな、太宰。……一生、俺の腕の中で、愛され続けろ」
彼は、ぐったりと意識を失いかけた太宰の体を抱き上げ、自身の胸に押し付けた。 切断された足の断面から溢れ出す血が、中也の服をさらに深く、真っ赤に染め上げていく。だが、彼はその血の温かさを、この上ない愛おしさで感じていた。
「……ちゅや……、……ん、あ……、……っ」
彼女の意識の深い闇から、か細く中也の名前が紡がれる。 それはもはや、恐怖や拒絶の言葉ではない。ただ、唯一の、絶対的な存在への依存だけが、彼女をかろうじて繋ぎ止めている証拠だった。
中也は、血に濡れた彼女の唇を、深く、狂おしいほどに貪った。 この部屋は、今や血の匂いと、二人の歪な愛憎だけが満たす、永遠の地獄と化した。
二本の脚を「収穫」し終えた部屋は、もはや寝室とは呼べない、惨劇の舞台へと成り果てていた。 シーツはどす黒い海となり、太宰の膝下からは、いまだに間欠泉のように鮮血がどろりと溢れ続けている。
「……ぁ、……が、……っ、……ひ、ぃ……!!」
太宰の喉は、あまりの絶望と絶叫にズタズタに引き裂かれ、もはや悲鳴すら形を成さない。掠れた、湿った空気の塊が、無理やり喉を突き抜けるたびに、彼女の全身は激しく痙攣した。
過呼吸。肺が酸素を拒絶し、代わりに死の予感だけを貪り込もうとする。 視界は真っ白に明滅し、脳が痛みで焼き切れる寸前。彼女の精神は、逃げ場のない地獄から逃れるために、ついに「自分自身」を攻撃し始めた。
「ん、ぁ、……っ、……あ、ぁぁあ!!」
自由なはずの両腕が、狂ったように自分の胸元や腹部へと向けられる。 短く切り揃えられていたはずの爪が、中也に愛でられていた柔らかな肌へと深く、深く食い込んだ。
バリ、バリバリッ、と。
「おい、太宰! 何してやがる!!」
中也が声を荒らげる。だが、彼女にはもう届かない。 彼女は自分の喉元を、胸を、腹を、まるで自分をこの世界から剥ぎ取ってしまいたいかのように、爪で執拗に掻きむしった。 中也に「上書き」されたはずの肌が、彼女自身の爪によって無残に抉られ、新たな鮮血が幾本もの筋となって、白い肌を汚していく。
「あ、……ぅ、……ん、……ぎ、ぃっ!! ……や、……だ、……ぁ!!」
自分の肉を掻き切る痛みが、脚を失った激痛を一時的に麻痺させる。 彼女は狂ったように笑っているのか、それとも泣いているのか。血に染まった指先で、自分の腕を、肩を、肉を抉るほどに強く引っ掻き回す。 肉片が爪の間に詰まり、血が糸を引いて舞う。
「……やめろっつってんだろ、太宰!!」
中也が彼女の両手首を掴み、力任せにベッドへ押さえつけた。 だが、彼女の力は異常だった。パニックと過呼吸、そして極限の精神崩壊が生み出した火事場の馬鹿力が、中也の拘束を跳ね除けようと暴れる。
「ひゅ、……っ、……ぁ、……ぐ、……っ、……ちゅ、や、……や、だ……! ……こわ、い、……いた、い……っ、……あ、……あぁぁああ!!」
「落ち着け! 俺だ、中也だ!! ……クソッ、呼吸しろ! 吐け、太宰!!」
中也は彼女の胸の上に跨り、暴れる両腕を封じ込める。 彼女の胸元には、無数の赤黒い「自傷の痕」が刻まれていた。中也以外の誰にも触れさせないと誓ったその肌を、彼女自身が、中也の手の届かない内側からの絶望で汚したのだ。
「……あ、……ぁ、……っ、……ん、……ぐ、……」
酸素が足りず、太宰の顔色が紫がかっていく。 瞳は完全に虚空を彷徨い、白目を剥きかけながら、それでも彼女の指先は、中也の腕を、あるいは自分の肉を求めて、空を掻き毟り続けた。
「……ハ、ハハ……。……そうかよ。……まだ、自分を傷つけるだけの『自由』が残ってたか」
中也の瞳に、冷酷な光が戻る。 彼は、過呼吸で泡を吹く彼女の顔を、愛おしそうに、けれど逃がさない決意を込めて両手で挟み込んだ。
「……安心しろ。お前のその手も、いつか俺が楽にしてやる。……自分を傷つけることも、俺を拒むこともできねぇように、な」
「……ちゅ、……や……。……あ、……ん、……っ……」
中也が彼女の口内に、無理やり自分の指を突っ込んだ。 彼女は窒息しそうな苦しみの中で、本能的にその指を噛み、涙を流しながら中也を仰ぎ見る。
「……いいぜ、噛めよ。……俺の体温だけ覚えてろ。……脚がなくなって、もうどこにも行けねぇお前を、俺が一生、この血の海の中で抱いててやる」
中也は彼女の自傷の跡――自分の名前を刻む場所を奪ったその傷――に、わざと指を立てて抉り、彼女をさらなる痛みの極致へと突き落とした。
「ぎ、ぃっ……!? ……ん、……んんんんんっ!!!!」
声にならない叫びが、血の混じった吐息となって漏れる。 太宰は、痛みと過呼吸の濁流の中で、ついには意識の糸を断ち切られた。 ぐったりと力なく折れ曲がった身体。両脚を失い、自らの爪でズタズタにされた「元・最年少幹部」の残骸。
中也は、その無惨な姿を、この世で最も美しい芸術品を見るような目で眺めていた。
「……やっと、静かになったな。……太宰」
彼は、血塗れの彼女を優しく抱き上げ、新しい包帯を――彼女を自分に縛り付けるための新しい鎖を――準備し始めた。 腕はまだ、切らない。 その手が、再び自分を拒絶し、自分を傷つけようとするその時まで。 彼は、彼女が「絶望」する瞬間を、一滴も残さず味わい尽くすつもりだった。
血の匂いが立ち込める悪夢のような寝室に、どこか場違いな、甘く痺れるような静寂が訪れていた。
両足を失い、自らの爪で胸元をズタズタに引き裂いた太宰は、今やベッドのシーツに溶け込むように横たわっている。だが、その瞳はいつもと違っていた。虚ろな瞳孔は大きく開かれ、焦点はどこにも合わず、ただ微かな光を反射してキラキラと、あるいは不気味に揺れている。
「……あ、……ぅ……。……ん、ふ、ふ……っ」
彼女の薄い唇から漏れたのは、苦痛の悲鳴ではなく、場違いな含み笑いだった。 中也が傷の手当のために一瞬席を外した隙だった。彼女は、枕元に置かれていた強力な鎮痛剤と、精神を強制的に弛緩させるための導入剤――中也が彼女を「管理」するために用意していた劇薬の瓶を、震える手で掴み取ったのだ。
「……んむ、……っ、……ん、……」
何錠飲んだのか、もう数えることすらできない。 彼女はそれを、まるでお菓子を貪る子供のように、残された力で喉の奥へと流し込んだ。 中也の手によって「生かされる」という地獄から逃げるための、彼女に残された最後の、そして最も安易な手段。
「……ぉ、……ぃ……。……お前、……それ……っ」
戻ってきた中也の顔から、余裕が消える。 床に転がった空の薬瓶と、口元に白い粉を付着させたまま、だらしなく笑う彼女。 中也は即座に彼女を抱き起こし、喉の奥に指を突っ込もうとした。
「吐け! 全部吐き出せ、太宰!! 死にてぇのか、あぁ!?」
「……んぁ、……や、だ……。……ちゅ、や……。……ふわ、ふわ……しゅる、の……っ」
彼女は中也の指を、甘噛みするようにして拒んだ。 薬が急速に回り始めている。脳内を、強制的な多幸感と、すべての感覚を麻痺させる毒液が駆け巡る。 脚を失った箇所の、あの焼けるような激痛も。 中也に執着されることへの、あの吐き気がするほどの恐怖も。 今はもう、雲の向こう側へと遠ざかっていく。
「……あ、……は……。……せ、かいが……、まわ、……って……。……ちゅやが……いっぱい……い、る……っ、あ、ふふ……」
「……クソっ!!」
中也は毒を吐き出させるのを諦め、ぐったりと自分の腕の中で弛緩していく彼女を、壊れ物を扱うように、けれど力任せに抱きしめた。 過剰摂取(オーバードーズ)特有の、浅く不規則な呼吸。 彼女の身体は、高熱に浮かされたように熱いのに、指先は氷のように冷たい。
「……ん、……ぁ、……ちゅや……。……あ、……だ、しゅき……。……ぜん、ぶ……ど、ろどろ……に、……なっちゃ、え……」
彼女は中也の首筋に顔を埋め、熱い吐息を吹きかける。 いつもは「やだ」と泣き叫ぶその口から、薬のせいで抑制を失った甘い言葉が、泥のように溢れ出す。 中也にとっては、喉から手が出るほど欲しかったはずの言葉。だが、それが薬によって無理やり引き出された「虚像」であることを、彼は痛いほど理解していた。
「……チッ。……そうかよ。薬漬けになってまで、俺を拒むのをやめたか」
中也は、彼女の開いた瞳を覗き込む。 そこにはもう、太宰治という天才のプライドも、一人の女性としての拒絶も、何もない。 ただ、薬物によって強制的に引き起こされた快楽と、深い、深い脳の霧があるだけだ。
「……ぁ、……ん、……っ。……ちゅ、や……。……あ、……た、べて……っ。……この、まま……、……とけ、ちゃ、ぅ……」
彼女は、自分を失っていく感覚に陶酔し、中也の腕の中でだらしなく身をよじった。 切断された脚の断面から、再び血が滲み出す。だが、彼女はそれすらも「温かくて気持ちいい」とでも言うように、目を細めて笑っている。
「……いいぜ。望み通り、溶かしてやるよ。……お前の脳味噌が、俺のこと以外全部忘れちまうまで、な」
中也は、彼女のぐにゃぐにゃになった身体をベッドに押し倒し、耳元で愛を囁き続けた。 薬でふわふわと浮き上がり、現実と夢の区別がつかなくなった彼女。 自分が脚を失ったことも、中也に監禁されていることも、すべてが「遠いおとぎ話」のように感じられる、甘美な地獄。
「……ちゅ、や……、……ん、あ、……。……あ、ふ、ふ……っ」
彼女の、空っぽな、幸せそうな笑い声が、血の匂いのする部屋に響き渡る。 中也は、その薬漬けになった「最高傑作」を、二度と醒めることのない眠りへと誘うように、深く、深く、その唇を蹂躙した。
薬の濁流が脳を焼き、太宰の意識はパッチワークのように断片化していた。
視界は万華鏡のように歪み、中也の顔が幾重にも重なって見える。両足を失った空虚な下半身には、本来なら絶叫を上げるほどの劇痛が走っているはずなのに、オーバードーズによる強制的な多幸感が、その痛みを甘美な痺れへと変換していた。
「……あ、……ふ、ふ……ちゅ、や……。せかいが、……とろとろ、だよ……っ」
太宰の声は熱を帯び、だらしなく開いた唇からは熱い吐息が零れる。中也は、そんな彼女の「無防備」を、獲物を屠る前の猛獣のような冷徹な情熱で見つめていた。
「……そうかよ。痛くねぇなら、存分に可愛がってやるぜ」
中也の低い声が、直接脳を揺さぶる。 彼は、自傷の痕でズタズタになった太宰の胸元を、剥き出しにするように寝衣を割いた。中也の指先が、まだ生々しく赤い傷跡をわざとなぞり、そのまま彼女の――震える喉筋から鎖骨の窪み、そして露わになった柔らかな膨らみへと、這うように移動する。
「ひ、っ、……あ、……ぁ、ん……っ!」
思考が追いつく前に、肉体が跳ねた。 中也の指が、まるで熱を持ったコテのように肌を焼く。薬で感覚が過敏になった太宰にとって、その愛撫は、皮膚を直接電撃で撃たれるような衝撃だった。
「ん、ぁ……っ、……や、だ……な、に……これ、……あ、あぁぁああ!!」
太宰は、ふわふわとした意識の中で、自分に何が起きているのかを理解しようと必死に目を開く。だが、中也の指は容赦なく彼女の「こんなところ」――内腿の付け根、切断された脚のすぐ近くにある、最も敏感で、最も秘められた聖域――へと侵入していた。
「……嫌か? 嘘つけ、身体はこんなに熱くなってんじゃねぇか」
中也の指が、濡れた粘膜を執拗に掻き回す。 本来なら、脚を失った恐怖と屈辱に支配されるはずの場所。しかし、薬がもたらす異常な感度と、中也という絶対的な存在への依存が、彼女の防衛本能を完全に破壊していた。
「……あ、……っ、……ぁ、ん! ……んんんんっ!! ……ちゅ、や……、だめ……っ、これ、……こわ、い、……きもち、いい……っ、……あ、ぁぁ!!」
拒絶と快楽が、脳内でドロドロに混ざり合う。 太宰は、自分を壊し、自分を監禁している男の指に、本能的に腰を揺らして応えてしまった。切断された脚の断面がシーツに擦れ、血が滲む。痛みは快感のスパイスとなり、彼女の視界をさらに真っ白に染め上げていく。
中也は、彼女が自分自身の快楽に溺れ、絶望的な表情で悦びに震える姿を、この世で最も醜く、そして美しいものを見るように見つめていた。
「……ほら、拾っちまったな。……お前がどんなに頭で拒もうとしても、俺の手が触れりゃ、こうして汚ねぇ声を出す。……お前はもう、俺の玩具としてしか機能しねぇんだよ」
中也の唇が、彼女の「こんなところ」――耳の裏から、首の付け根にある太い血管の上――を、強く吸い上げる。 太宰の脳は、薬と快感の過負荷に耐えきれず、ついには白目を剥き、声を枯らして絶頂へと突き落とされた。
「ひ、ぎぃっ……!! ……ぁ、……ん、……ぁ、ぁあああああああああああああ!!!!!!!」
腰が大きく跳ね、両足を失ったはずの身体が、虚空を蹴るように痙攣する。 過呼吸で喘ぐ彼女の口から、ヨダレが糸を引いて溢れ出した。 愛撫され、蹂躙され、尊厳を奪われながらも、その指先に縋り付いてしまう。 自分が何者で、何を失い、誰に犯されているのか。 そのすべてが、中也が与える快楽という名の「暴力」に飲み込まれて消えていく。
「……あ、……は、……ぁ……。……ちゅ、や……、……ん、……ぁ……」
絶頂の余韻の中で、太宰は虚ろな瞳で中也を見上げた。 薬の効果と絶頂のショックで、彼女の脳はついに「自分を救ってくれるのは、自分を壊したこの男だけだ」という、究極の誤認を完成させてしまった。
中也は、血と汗と蜜で汚れた彼女を、誇らしげに抱きしめる。
「……いい子だ。……お前、今、最高に可愛いぜ」
中也は、再び彼女の秘部へと手を伸ばし、醒めることのない快楽の地獄へと、彼女を何度も、何度も引き摺り込んでいった。
薬の海にどっぷりと浸かりきった太宰の脳内は、今やパステルカラーの霧が立ち込めるお花畑のようだった。
両脚を失ったという悍ましい現実も、シーツを汚す生臭い血の匂いも、今の彼女にとっては「どこか遠くの、誰かのお話」でしかない。ただ、全身を包み込む得体の知れない多幸感と、中也という巨大な熱源に抱かれている安心感だけが、彼女の世界のすべてだった。
「……あ、ふ、ふ……。ちゅやぁ……、おそら……、とんでる、みたぃ……」
太宰は、中也の腕の中で、骨のない軟体動物のようにふにゃふにゃと身体を預けていた。瞳はとろんと濁り、焦点はどこにも合っていない。首を支える力さえ失われており、中也が手を離せばそのまま、ぐにゃりと折れてしまいそうなほどに弛緩しきっている。
「……お空じゃねぇよ。俺の腕の中だ、太宰。……ほら、飯だ。口開けろ」
中也は、かつてないほどの慈愛に満ちた(そして、その裏には狂気的な独占欲を孕んだ)表情で、スプーンですくい上げた温かい粥を、彼女の口元へ運ぶ。 今の太宰には、自分でスプーンを持つどころか、上体を起こし続けることすら不可能だ。中也の逞しい腕に抱かれ、赤ん坊のように食事を与えられる――それは、中也がずっと夢見ていた、完全なる支配の風景だった。
「ん、ぁ……。……あー、ん……」
太宰は、ぽやぽやとした表情のまま、言われるがままに小さく口を開けた。 だが、温かい粥が口の中に流し込まれても、彼女はそれをどうすればいいのか、脳が命令を出すのを忘れているようだった。
「……おい、太宰。咀嚼しろ。飲み込まねぇと栄養になんねぇだろ」
「……ふ、ぅ……。……ん、んん……?」
太宰は、頬に粥を溜めたまま、小首を傾げて中也を見つめる。顎の力が完全に抜けきっており、モグモグと動かすことさえ億劫なのだ。 薬の効果で、噛むという動作に必要な筋肉すらも、ふわふわとした綿飴のように柔らかく溶けてしまっていた。
「あ、……ぅ……。……ちゅや……、……あご、……おちちゃった、みたぃ……。……動か、なぃ……の……。あ、ふふ……っ」
彼女は、口元から粥をだらしなく零しながら、楽しそうにクスクスと笑う。 食べることさえできなくなった。人間としての最低限の機能すらも、中也が与えた薬と執着によって奪い去られたのだ。
中也は、彼女の口角から垂れた白い粥を、指で優しく、けれど執拗に拭い取った。その指先を自分の口で舐め取り、彼は満足げに目を細める。
「……はは。顎の力までなくなったか。……本当に、俺がいなきゃ何もできねぇ人形になっちまったな、お前は」
「……ん、……ぁ……。……にん、ぎょ……? ……あ、ふふ……。……ちゅやの、……おにんぎょしゃん……。……い、いよ……、……それ、たの、しぃ……っ」
太宰は、自分が壊されていることさえ「楽しい」と感じるほどに、精神の深部まで侵されていた。 中也は、彼女が噛めないことを確認すると、スプーンの背で粥を細かく、さらにペースト状に潰し始めた。あるいは、自分の口に一度含み、柔らかくしてから、彼女の口へと「移し替えて」やる。
「ん、む……っ、……ん、……ぁ、……ん、んんっ……!!」
中也の口から直接流し込まれる、体温混じりの食事。 太宰は、それを拒むどころか、吸い付くようにして受け入れた。咀嚼する必要のない、ドロドロとした流動食。中也に噛み砕かれ、中也の味に染められたものだけが、彼女の血肉となっていく。
「……おいしい……? ……ちゅや、……あまぃ……の……、……きた……っ、あ、ふふ……」
「……ああ。お前は一生、俺にこうやって餌を貰ってりゃいいんだよ。……自分で噛む必要も、歩く必要もねぇ。……お前の全部、俺が管理してやるからな」
中也は、食べ物を飲み込ませるたびに、彼女の細い喉筋を優しく撫で下ろす。 飲み込むという、生きていくための最低限の動作さえ、中也の愛撫に変わる。 太宰は、中也に顎を支えられ、涎と粥で汚れた顔をそのままに、恍惚とした表情で彼を見つめ続けた。
「……ちゅ、や……。……あ、……ん、……だ、しゅ、き……。……ぜん、ぶ……、……あ、げる……っ。……ちゅや、……た、べて……っ、……あ、ふふ……っ」
薬でとろけた脳、力を失った顎、そして失われた両脚。 今、この部屋にいるのは「太宰治」という名の、中也の慈しみと狂気だけで呼吸を許された、無垢で悍ましい生き物だった。
中也は、空になった皿を置き、ふにゃふにゃと笑う彼女の頭を、壊れやすいガラス細工を撫でるように、けれど逃げ道を完全に塞ぐように、深く、深く、抱きしめ続けた。
薬の海にどっぷりと浸かりきった太宰の脳内は、今やパステルカラーの霧が立ち込めるお花畑のようだった。
両脚を失ったという悍ましい現実も、シーツを汚す生臭い血の匂いも、今の彼女にとっては「どこか遠くの、誰かのお話」でしかない。ただ、全身を包み込む得体の知れない多幸感と、中也という巨大な熱源に抱かれている安心感だけが、彼女の世界のすべてだった。
「……あ、ふ、ふ……。ちゅやぁ……、おそら……、とんでる、みたぃ……」
太宰は、中也の腕の中で、骨のない軟体動物のようにふにゃふにゃと身体を預けていた。瞳はとろんと濁り、焦点はどこにも合っていない。首を支える力さえ失われており、中也が手を離せばそのまま、ぐにゃりと折れてしまいそうなほどに弛緩しきっている。
「……お空じゃねぇよ。俺の腕の中だ、太宰。……ほら、飯だ。口開けろ」
中也は、かつてないほどの慈愛に満ちた(そして、その裏には狂気的な独占欲を孕んだ)表情で、スプーンですくい上げた温かい粥を、彼女の口元へ運ぶ。 今の太宰には、自分でスプーンを持つどころか、上体を起こし続けることすら不可能だ。中也の逞しい腕に抱かれ、赤ん坊のように食事を与えられる――それは、中也がずっと夢見ていた、完全なる支配の風景だった。
「ん、ぁ……。……あー、ん……」
太宰は、ぽやぽやとした表情のまま、言われるがままに小さく口を開けた。 だが、温かい粥が口の中に流し込まれても、彼女はそれをどうすればいいのか、脳が命令を出すのを忘れているようだった。
「……おい、太宰。咀嚼しろ。飲み込まねぇと栄養になんねぇだろ」
「……ふ、ぅ……。……ん、んん……?」
太宰は、頬に粥を溜めたまま、小首を傾げて中也を見つめる。顎の力が完全に抜けきっており、モグモグと動かすことさえ億劫なのだ。 薬の効果で、噛むという動作に必要な筋肉すらも、ふわふわとした綿飴のように柔らかく溶けてしまっていた。
「あ、……ぅ……。……ちゅや……、……あご、……おちちゃった、みたぃ……。……動か、なぃ……の……。あ、ふふ……っ」
彼女は、口元から粥をだらしなく零しながら、楽しそうにクスクスと笑う。 食べることさえできなくなった。人間としての最低限の機能すらも、中也が与えた薬と執着によって奪い去られたのだ。
中也は、彼女の口角から垂れた白い粥を、指で優しく、けれど執拗に拭い取った。その指先を自分の口で舐め取り、彼は満足げに目を細める。
「……はは。顎の力までなくなったか。……本当に、俺がいなきゃ何もできねぇ人形になっちまったな、お前は」
「……ん、……ぁ……。……にん、ぎょ……? ……あ、ふふ……。……ちゅやの、……おにんぎょしゃん……。……い、いよ……、……それ、たの、しぃ……っ」
太宰は、自分が壊されていることさえ「楽しい」と感じるほどに、精神の深部まで侵されていた。 中也は、彼女が噛めないことを確認すると、スプーンの背で粥を細かく、さらにペースト状に潰し始めた。あるいは、自分の口に一度含み、柔らかくしてから、彼女の口へと「移し替えて」やる。
「ん、む……っ、……ん、……ぁ、……ん、んんっ……!!」
中也の口から直接流し込まれる、体温混じりの食事。 太宰は、それを拒むどころか、吸い付くようにして受け入れた。咀嚼する必要のない、ドロドロとした流動食。中也に噛み砕かれ、中也の味に染められたものだけが、彼女の血肉となっていく。
「……おいしい……? ……ちゅや、……あまぃ……の……、……きた……っ、あ、ふふ……」
「……ああ。お前は一生、俺にこうやって餌を貰ってりゃいいんだよ。……自分で噛む必要も、歩く必要もねぇ。……お前の全部、俺が管理してやるからな」
中也は、食べ物を飲み込ませるたびに、彼女の細い喉筋を優しく撫で下ろす。 飲み込むという、生きていくための最低限の動作さえ、中也の愛撫に変わる。 太宰は、中也に顎を支えられ、涎と粥で汚れた顔をそのままに、恍惚とした表情で彼を見つめ続けた。
「……ちゅ、や……。……あ、……ん、……だ、しゅ、き……。……ぜん、ぶ……、……あ、げる……っ。……ちゅや、……た、べて……っ、……あ、ふふ……っ」
薬でとろけた脳、力を失った顎、そして失われた両脚。 今、この部屋にいるのは「太宰治」という名の、中也の慈しみと狂気だけで呼吸を許された、無垢で悍ましい生き物だった。
中也は、空になった皿を置き、ふにゃふにゃと笑う彼女の頭を、壊れやすいガラス細工を撫でるように、けれど逃げ道を完全に塞ぐように、深く、深く、抱きしめ続けた。
薬の禁断症状と、脚を失ったことへのやり場のない絶望。精神の均衡が完全に崩壊した太宰は、もはや言葉で呪うことすら忘れ、ただの幼子のように中也に縋り、そして、その胸板を両手で弱々しく叩き続けていた。
「……ぁ、……ぅ、……ん、あぁぁぁ……っ! ……ちゅ、や……、……ひど、ぃ……っ、……ば、か……っ!!」
ポカ、ポカ、と。
それは、かつて数多の敵を震え上がらせた「双黒」の一角が放つ攻撃とは到底思えない、あまりにも無力で、あまりにも哀れな音だった。 彼女の両腕は、自傷の痕で血が滲み、過呼吸と激痛でまともに力が入らない。握りしめた拳は驚くほど小さく、震え、中也の黒いベストを頼りなく叩くたびに、彼女の身体がその反動でふらふらと揺れる。
「……あ、……ぁ、……っ、……ぉくす、り……、……くれな、ぃ……。……ちゅや……、……きら、ぃ……っ、……だ、いきら、ぃ……っ!!」
太宰は涙で視界を真っ白に染めながら、必死に中也の胸を叩く。だが、中也にとっては羽毛が触れる程度の感触でしかない。彼はその「攻撃」を避けることもしなければ、怒ることもしない。ただ、無表情のまま、彼女が力尽きるのを待つように立ち尽くしていた。
「……ひ、っ、……ふ、ぅ……、……あ、……ぅ……っ!!」
ポカ、……ポカッ。
叩くリズムが次第に遅くなり、弱くなっていく。 彼女の指先は、中也の胸板を叩くたびに、まるで折れてしまいそうなほど細く、頼りない。 脚を失い、自尊心を奪われ、今や中也という「飼い主」に薬を一粒ねだるだけの存在。その屈辱が、その悲しみが、威力皆無の拳にすべて込められていた。
「……あ、……ん、……ぁ……。……も、っ……と……、……たた、……いて……、……やる……ん、だから……っ」
彼女の瞳から大粒の涙が、中和の服にポタポタと染みを作っていく。 中也は、ついにその弱々しい両手首を、一つの手で軽々と掴み取った。
「……終わりか? 全然痛くねぇな、太宰。……お前の精一杯の『反抗』ってのは、この程度かよ」
「……ひ、っ、……あ、……ぁ……っ、……はな、して……っ!! ……ちゅ、や……、……ん、あ……、……う、ぅ……っ」
太宰は掴まれた手首を振り払おうとするが、中也の指先は鉄の枷のように微動だにしない。 中也はそのまま彼女を自分の方へ強く引き寄せ、ぐちゃぐちゃに濡れた彼女の顔を覗き込んだ。
「……いいぜ、もっと叩けよ。……手が腫れて動かなくなるまで、俺の胸で喚いてりゃいい。……だがな、太宰。……お前がどれだけ俺を叩こうが、拒もうが、……お前の世界には、俺しか残ってねぇんだよ」
「……あ、……ん、……ぁ、……っ……。……ちゅ、や……、……ちゅやぁ……っ……」
ついに叩く力を失った彼女の拳は、中也の胸元で解け、力なく彼のシャツを掴んだ。 「大嫌い」と叫んでいたはずの口が、今はただ、彼の名前を呼び、彼の体温を求めて咽び泣いている。
「……ぁ、……ぅ、……ごめ、ん……。……ちゅや……、……ごめんな、さぃ……っ。……た、たいて……、……ごめ、ん……っ。……だから、……ぉねが、い……、……なで、て……っ」
自ら叩いた場所を、今度は擦り付けるようにして謝罪する太宰。 反抗心すらも、孤独と痛みの前では一瞬で消え去る。 中也は、彼女の細い背中を、勝利を確信した者の優しさで、ゆっくりと、ゆっくりと撫で下ろした。
「……ああ。……よしよし。……お前はそうやって、泣いて縋ってりゃいいんだよ。……俺の可愛い、太宰」
血の匂いが立ち込める部屋に、威力のない、けれど全てを諦めた絶望の泣き声が、いつまでも反響していた。
「……殺せよ。ほら、ここだぜ」
中也は挑発するように、自らの喉元を太宰の目の前に晒した。 太宰は、血走った瞳を激しく揺らし、震える両手を中也の太い首筋へと伸ばす。かつては一瞬で人の息の根を止める術を知っていたその指先。けれど、今の彼女にとっては、その首を「絞める」という行為さえ、あまりに高すぎる壁だった。
「……あ、……ぅ、……し、ね……っ。……ちゅや……、……し、んで……っ!!」
細く、骨が浮き出た指が、中也の喉仏にかけられる。 太宰はありったけの力を込め、中也の気管を押し潰そうと必死に指を食い込ませた。だが、彼女の指先は小刻みに震えるばかりで、中也の強靭な筋肉を凹ませることすらできない。
「……は、ぁ……、……ん、……ぎ、ぃ……っ!!」
彼女は歯を食いしばり、顔を真っ赤にして中也の首を絞め続ける。 だが、中也は眉一つ動かさない。それどころか、喉を微かに鳴らして、彼女の無力な「殺意」を愉快そうに受け止めていた。
「……どうした、太宰。全然苦しくねぇぞ。……マッサージのつもりか? あぁ?」
「……あ、……ぁ、……っ、……んんんっ……!! ……なんで、……なんで……っ!!」
太宰は涙を溢れさせながら、何度も、何度も、力を入れ直した。 けれど、脚を失い、薬漬けにされた身体には、中也の呼吸を乱すほどの筋力すら残っていない。 彼女が必死に「殺そう」と力を込めれば込めるほど、自分の指の関節が白く浮き上がり、悲鳴を上げるだけ。中也の脈動は、彼女の手のひらの中で、あまりにも力強く、規則正しく打たれ続けている。
「……ひ、っ、……ふ、ぅ……、……あ、……ぁ……っ」
やがて、彼女の指から力が抜けていく。 どれだけ憎んでも、どれだけ殺したいと願っても、自分の指先一つでさえ、この男を害することはできない。 その残酷な現実が、彼女の心を再びボロボロに砕いていく。
「……もう終わりかよ。……お前が俺を殺せねぇってことは、……お前は一生、俺に生かされるしかねぇってことだ。分かってんのか?」
中也は、自分の首にかけられた彼女の弱々しい手を、上から大きな手で包み込んだ。 そして、逃げようとする彼女の指先を、わざと自分の喉に深く押し当てる。
「ほら、もっと力入れろよ。……殺してみろよ、太宰。……お前にそれができねぇなら、……お前は、俺の指先一つで、いつでも壊されるだけの玩具だってことだ」
「……ん、……ぁ、……っ、……や、だ……。……あ、……ぁ……っ……」
殺意は、いつの間にか絶望へと、そして卑屈な依存へと変質していく。 太宰は、中也の首を絞めていたはずの指を、そのまま力なく彼の肩へと滑らせた。 殺せなかった。逃げられなかった。 もう、この男の体温に縋って泣くことしか、彼女には許されていない。
「……ちゅ、や……、……ん、あ……、……ごめ、ん……な、さい……っ。……ころ、せな、い……っ、……ころ、せ、ない……の……っ」
彼女は、中也の首筋に額を押し当て、嗚咽を漏らした。 自分を蹂躙し、切り刻み、支配する男を、殺すことすらできない。 その圧倒的な無力感の中で、太宰はついに、自分という存在の最後の一片を中也に明け渡した。
「……ああ。……お前に俺は殺せねぇ。……お前は一生、俺の腕の中で、死ぬよりも酷い愛を受け続けてりゃいいんだよ」
中也は、彼女の細い首筋を、今度は自分が「殺す側」の力で、ゆっくりとなぞった。 太宰は、その指の感触に恐怖しながらも、同時に、自分を唯一支配してくれるその熱に、陶酔したように目を細めた。
中也が買ってきた、部屋の隅で場違いなほど愛嬌を振りまいていた大きな熊のぬいぐるみ。 今の太宰にとって、それは唯一の「味方」であり、中也から逃げるための盾だった。
太宰はベッドの上で、そのぬいぐるみを短い腕で必死に抱きしめ、顔を半分埋めている。 中也が隣に座り、その細い肩に手を置こうとしても、彼女は「ふんっ」と鼻を鳴らして拒絶した。
「……おい、いつまでそうやってんだ。いい加減その薄汚ぇ綿の塊から離れろよ」 「…………」
無視だ。太宰は潤んだ瞳で中也を一瞥もせず、これ見よがしに**「ぷくーっ」**と頬を最大限に膨らませる。 「おはなししてあげない」という無言の抗議。 涙でまつ毛を濡らしながらも、頑なに中也を拒むその姿は、あまりにも幼く、そして滑稽なほど無力だった。
「あぁ? 無視かよ。……チッ、可愛い顔して生意気言ってんじゃねぇぞ」
中也がわざとらしく溜息をつき、彼女の膨らんだ頬を「ぷにっ」と指で突く。 いつもならここで「ふぇぇん」と泣き出すはずの太宰だったが、今日は違った。彼女はさらに強くぬいぐるみを抱きしめ、ぎゅっと目を閉じて耐えたのだ。
その、小さな反抗心が、中也の「所有欲」という名の導火線に火をつけた。
「……そうかよ。そんなにそいつがいいのか」
中也の声から温度が消える。 次の瞬間、太宰の腕から強引にぬいぐるみが奪い去られた。
「あ……っ!? ……ん、んぅーっ!!」
声を上げないという意地さえ忘れて、太宰は短い手を虚空に伸ばす。 だが、中也がもう片方の手で取り出したのは、かつて彼女の右足を、その尊厳と共に断ち切った、あの忌まわしい**「ナタ」**だった。
「……や、……ぁ……っ」
太宰の顔から血の気が引く。膨らんでいた頬は、恐怖で一気に萎んだ。 中也は冷酷な笑みを浮かべると、太宰の目の前で、ぬいぐるみの首筋にその刃を当てた。
「中也、……やめ……っ、……やめてぇ……っ!!」
――ザシュッ、と。
鈍い音を立てて、ナタがぬいぐるみの喉元を裂く。 真っ白な綿が、まるでもぎ取られた肉片のように、ベッドの上に飛び散った。 かつて自分の足が切り落とされた時と同じ、絶望的な破壊の光景。
「あ、……ぁ、……あぁぁっ……!!」
「ほら見ろよ、太宰。お前の大事な『お友達』も、俺の手にかかれば一瞬でゴミクズだ。……お前と同じだよなぁ?」
中也は容赦なく、ぬいぐるみの腹を裂き、手足をバラバラに解体していく。 床に転がる綿の山。無残に引き裂かれた布。 それを見た太宰は、喉が千切れるような悲鳴を上げた。
「ぴゃぁ”あ”あ”あ”っ!! ……い、……いやぁあああ! ……ごめんなさい、……ごめんなさいぃっ!!」
彼女は残された手足で中也の足元に縋り付き、ぐちゃぐちゃに泣き叫んだ。 頬を膨らませて拗ねる余裕など、微塵も残っていない。 目の前で「自分の一部」が殺されるのを見せつけられた彼女は、ただ恐怖と絶望に支配され、過呼吸気味に喘ぐ。
「……いい子だ。お前には、俺以外何もいらねぇんだよ」
中也は血のような赤色の瞳で彼女を見下ろし、涙と鼻水で汚れた彼女の顔を優しく、そして逃げ場を塞ぐように包み込んだ。 太宰はもう、膨らませる空気さえ残っていない喉で、ヒクヒクと無残に震えることしかできなかった。
太宰は、散らばった「かつて自分の拠り所だったもの」の残骸を凝視しながら、喉を掻き切るような勢いで叫び声を上げた。 そこにあるのは洗練された元幹部の面影など微塵もない、ただただ理不尽に世界を奪われた子供の絶叫だった。
「中也のばか! ばかばかばか! だいっきらい!! おたんこなす! なめくじ! 帽子置き場ぁっ!!」
太宰は残された左手で中也の胸板をポカポカと、けれど力なく叩き続ける。 感情のままに振り回される拳は、中也に痛みを与えることすら叶わない。
「ひどい、ひどいよ……っ。どうして壊すの!? わたし、なにもしてないのに! ただ、ぷくーってしてただけなのに! 中也がいじわるするからなのにっ!!」
溢れ出した涙が、真っ赤に腫れた頬を伝ってボタボタとシーツを濡らす。 彼女の語彙は、薬と精神の磨耗によって驚くほど幼く退行していた。 かつての彼女なら、冷徹な論理で相手を追い詰めたはずだ。だが、今の彼女にできるのは、稚拙な言葉を投げつけることだけ。
「……死んじゃえ! 中也なんて、どっか遠いところで野垂れ死んじゃえばいいんだ! 鬼! 悪魔! わたしの足を切ったときみたいに、あんな風に、……あんな風に笑って、ぜんぶ壊すんだ! ……ぅ、……うわぁぁぁあああん!!」
ひとしきり罵声を浴びせた後、太宰は耐えきれなくなったように声を上げて泣きじゃくった。 「しらない! もう、ぜったいに、一生、……おはなししてあげないんだからぁ!!」
「……あぁ、そうかよ。嫌いで結構だぜ」
中也は怒る風でもなく、冷めた瞳でその罵倒を受け止めていた。 太宰が泣き叫び、自分をなじればなじるほど、彼女が自分なしでは生きていけないという事実が浮き彫りになる。 彼女が吐き出す「死んじゃえ」という言葉の裏には、置いていかないで、という悲鳴が透けて見えていた。
「……気が済んだか? こっち来い、太宰」
中也は短く息を吐くと、床に突っ伏して泣きじゃくる彼女の脇に手を差し込み、ひょいと軽々と抱え上げた。
「や、……やぁ! はなしてっ、……さわらないで……っ!」
「暴れんな。落ちるぞ」
有無を言わせぬ腕力で、中也は太宰を自分の膝の上に乗せた。 足の欠損部分を刺激しないよう、けれど決して逃がさないように深く、深く抱きしめる。
「……ん、……っ、……はなせ、……ばか……っ」
太宰は中也の肩に顔を埋め、抗議するように鼻を啜りながらも、その温もりに抗うことができない。 中也の大きな手が、彼女の細い背中をゆっくりと、リズムを刻むように撫でる。
「よしよし。……悪かったな。お前がいつまでも無視するからだろ」
「……中也が、……さきに、……いじめた……っ」
「ああ、そうだな。俺が悪い。……ほら、泣き止ねぇと喉が痛くなるぞ」
中也の声は、先ほどまでナタを振るっていた男のものとは思えないほど、穏やかで甘い。 その矛盾した優しさが、太宰の心をさらにぐちゃぐちゃにかき乱す。 彼女は中也のシャツをぎゅっと掴み、子供が母親に縋るような仕草で、顔を擦り付けた。
「……ちゅうや……きらい……っ、……いじわる、……だいっきらい……っ」
「ああ、知ってるよ」
「……でも、……どっか、いったら、……ゆるさない、……から……っ」
「行かねぇよ。お前を置いて、どこに行けるってんだ」
中也は彼女の耳元で囁き、涙で濡れたこめかみに優しく口づけを落とした。 太宰はヒクヒクと肩を震わせながら、膝の上で丸くなる。 罵倒の嵐が過ぎ去った後には、ただ「独りでは生きられない」という残酷な依存だけが、部屋の空気に溶け出していた。
「……ふにゃ、……ぅ、……ん……」
泣き疲れた太宰の瞳が、ゆっくりと微睡みに落ちていく。 中也は彼女を離すことなく、その小さな身体をさらに愛おしそうに、そして壊さないように強く抱きしめ直した。
中也以外のすべてが「異物」として排除された、静まり返った部屋。 泣き疲れて、中也の膝の上でぴくぴくと震えていた太宰を、中也はそっと抱き上げた。 ナタで引き裂かれた綿の残骸を、中也は一瞥もしない。あんなものはもう、この世界には必要ないのだ。太宰を泣かせるための道具でしかなかったのだから。
「……ん、……ぁ、……んぅ……」
太宰は中也の首に細い腕を回し、弱々しく縋り付いている。 涙と鼻水、そして中也に泣かされた屈辱の熱で、彼女の肌は火照り、じっとりと湿っていた。
中也は彼女を抱えたまま、湯気の立ち込める浴室へと足を運ぶ。 広すぎる浴槽には、すでに適温の湯が張られていた。
「ほら、綺麗にすっぞ。ぐちゃぐちゃだぜ、お前の顔」
中也は太宰を抱きかかえたまま、自分も着衣のまま洗い場に座り込んだ。 彼女の欠けた身体を、壊れ物を扱うような手つきで支える。 右足の付け根。あの日、自分が断ち切った場所。そこを中也は、後悔など微塵も感じさせない、ただ圧倒的な執着を込めた手つきで愛撫するように撫でた。
シャワーの音が、静かな浴室に響き渡る。 中也は手のひらでたっぷり泡を立てると、太宰の細い背中を、お腹を、そして残された左足を、ゆっくりと包み込むように洗っていった。
「……ん、……ちゅ、……ちゅうや……っ」
太宰は、温かいお湯の感覚と、自分を慈しむ中也の手の感触に、少しだけ毒気が抜けたような声を出す。 知能が溶け、言葉を紡ぐ機能さえ壊れた彼女の口から零れるのは、幼い響きだけだ。
「……ぁ、……ふぇ……。……ちゅうや、……ぬるぬる……、……や……っ」
「ぬるぬるじゃねぇよ。石鹸だ。……じっとしてろ」
「……ん、……んぅーっ!! ……いじ、……いじわる、……ちゅうや……っ、……ば、か……っ」
太宰は泡だらけの手で、中也の濡れたシャツの胸元を「ぺちぺち」と叩く。 先ほどまでの殺意に満ちた絶叫はどこへやら、今の彼女の不機嫌さは、ただ自分を構ってほしい、もっと優しくしてほしいという、赤子のような要求に成り果てていた。
「……ちゅうや、……いたい……っ。……あし、……ない、ない……。……いたい、……の、……とんで、いけ、……して……っ」
欠損した部位を指差し、太宰は涙を溜めて中也を見つめる。 中也は、その「ない」場所を、熱い唇でゆっくりと塞いだ。
「ああ。……痛いの、飛んでいけ、だ。……これでいいか?」
「……ん、……っ。……ちゅうや、……しゅき……。……でも、……きらい……。……ばか、……ちゅうやの、……ばかぁ……っ」
太宰は中也の肩に顔を埋め、ふにゃふにゃと甘えるように身をよじる。 中也は、彼女の髪に付いた泡をシャワーで丁寧に流してやった。 濡れて透けた包帯、白すぎる肌、そして自分がいなければ何もできない、この欠けた「かつての相棒」。
中也にとって、これ以上の至福はなかった。 かつて自分を翻弄し、高みから見下ろしていたあの天才が、今はただの、言葉もおぼつかない無力な生き物として、自分の腕の中で「ばか」と繰り返している。
「……あ、……ぁ、……ん、……ちゅ、……ちゅうや……っ。……おめめ、……しみる……っ、……ふぇ、……ふぇぇええんっ!!」
シャワーの水が少し顔にかかっただけで、太宰は過剰に反応して泣き出した。 中也はすぐにシャワーを止め、自分の指で、彼女のまぶたを優しく拭う。
「悪りぃ、悪りぃ。……ほら、もう大丈夫だ。泣くなよ」
中也は、太宰を抱き寄せ、湯船の中に一緒に入った。 温かいお湯が、二人の境目を曖昧にする。 太宰は中也の胸板に耳を押し当て、トクトクと刻まれる心音を聞きながら、次第に落ち着きを取り戻していった。
「……ちゅうや、……あったかい……っ」
「そうかよ」
「……ん、……ちゅうや……。……あ、……あのね……っ。……太宰、……いいこ、……するから……っ。……もう、……いじわる……、……しちゃ、……だめ、だょ……?」
太宰は、中也の頬を小さな手で包み、壊れた頭を精一杯回転させて、必死に言葉を紡ぐ。 それは、自分をこんな目に遭わせた張本人への「お願い」だった。 あまりにも滑稽で、あまりにも残酷な、支配される側からの懇願。
「……あぁ。お前が俺のそばで、いい子にしてるならな」
中也はその手を引き寄せ、掌に深く口づけをした。 太宰は、その行為の意味も分からず、ただ「くすぐったい」とでも言うように、不機嫌そうな、けれど安心しきった顔で頬を膨らませる。
「……ん、……ぷくー……。……ちゅうや、……だいっきらい、……だけど……。……いっしょ、……ねんね、……して……?」
「ああ。寝るまで、……いや、起きた後もずっと、隣にいてやるよ」
中也は、お湯の中で太宰の腰をしっかりと抱き寄せた。 この浴室という箱庭、この家という監禁部屋。 世界に二人以外の「異物」はいらない。 引き裂かれたぬいぐるみも、過去の栄光も、すべては泡となって消えていく。
太宰は、中也の喉元に顔を擦り付けながら、満足げに「ふにゃ……」と笑った。 その瞳には、もう絶望さえ映っていない。 ただ、自分を抱きしめる「ちゅうや」という絶対的な神への、盲目的な依存だけが、熱いお湯のように溶け合っていた。
湯気とともに中也の体温をたっぷり吸い込んだ太宰は、浴室から出される頃には、さっきまでの不機嫌さが嘘のように「ぽやぽや」と弛緩していた。
バスタオルにくるまれ、中也の腕の中でゆらゆらと揺られる心地よさ。彼女の知能はもう、この腕の中こそが世界のすべてだと信じ切っている。中也が自分を壊した張本人であることさえ、熱いお湯の中に溶けて消えてしまったかのようだ。
「……ん、……ふ、……ふにゃ……。……ちゅうや……、……ぽかぽか……っ。……だいしゅき……」
太宰は中也の首筋に頬をすり寄せ、満足げに喉を鳴らす。だが、その幸福は中也の指先一つで唐突に終わった。
「おっと……」
中也が、抱き上げていた腕の力をふっと抜く。
「……っ!? ……ぁ、……え……?」
太宰の細い腕が、離れていく重力に驚いて中也の首に必死に絡みついた。細い指が中也のシャツを掴み、必死に「異変」を拒もうとする。けれど、中也はその手を冷酷に振り払った。
「あ、……ゃ……っ、……ちゅ……ちゅうやぁっ!!」
ドサッ。
短い悲鳴とともに、太宰の身体は冷たい床の上に転がり落ちた。 欠落した右足の付け根が床に当たり、鈍い衝撃が走る。さっきまでの温もりが一瞬で奪われ、肌に触れる冷気に太宰の瞳が大きく見開かれた。
「……ぁ、……ぅ、……ぇ……?」
混乱し、状況が飲み込めない太宰が顔を上げると、中也は数歩離れた位置で、ポケットに手を突っ込んで立っていた。
「ほら、どうした? 自分でこっちまで来いよ。……な、太宰」
「……あ、……ぅ、……んん……っ。……ちゅうや……、……だっこ……、……だっこ、……してぇ……っ」
太宰は床に這いつくばったまま、手を伸ばして泣き言を漏らす。けれど中也は動かない。「こっちこっち」と指を鳴らすだけだ。 太宰は、残された左足と両手を使って、不格好に床を這い始めた。ずるり、ずるりと、這いずる音が静かな部屋に響く。
「……ちゅう、……ちゅうや……っ、……まって……っ、……いかない、……で……っ」
必死の思いで這い進み、ようやく中也のブーツの先に指が触れそうになった瞬間——中也が、ひょいと数歩後ろへ下がった。
「あぁ、惜しいな。もうちょっとだ」
「……っ、……ぁ、……ふぇ、……ぇ……」
太宰の顔が絶望に歪む。届かない。大好きな、自分を守ってくれるはずの温もりが、逃げていく。 彼女は必死に床を掻いた。爪が床に立ち、摩擦で肌が赤くなるのも構わずに。
「ちゅう、……ちゅうやぁ、……ちゅうやぁあ……っ!! ……あ、……は、……ぁ、……っ」
極度の不安と焦燥。壊れた脳がパニックを引き起こし、彼女の呼吸が急激に浅くなった。
「……ひ、……ひゅ、……ぅ……。……は、……っ、……あ、……ぁ……っ!!」
過呼吸だ。喉がヒクヒクと震え、酸素をうまく取り込めない。涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、それでも太宰は止まらない。 中也を失えば、自分はもう死ぬことさえできないゴミ屑になる。その本能的な恐怖が、彼女を動かしていた。
「おーおー、がんばれがんばれ。ほら、もうすぐだぞ」
中也は、過呼吸で肩を激しく上下させ、苦しそうに喘ぐ太宰を、冷徹な——それでいて、歪んだ愛しさを湛えた瞳で見下ろしている。助ける気など微塵もない。
「……は、……ひゅ、……ちゅう……や……、……たす、……け、……て……っ!! ……ん、……あ、……ぁぁあああ……っ!!」
過呼吸のせいで手足が痺れ、視界がチカチカと点滅している。それでも、太宰は狂ったように床を這い、中也の影を追いかけ続ける。 指の先が、ようやく再び中也の足元に届きかけた。
「……ぁ、……が、……は……っ、……ぁ……っ!!」
太宰は白目を剥きそうになりながら、中也のズボンの裾をぎゅっと、死に物狂いで掴んだ。
中也はそこでようやく、満足げに口角を上げた。 床に這いつくばり、過呼吸で喘ぎながら、犬のように自分に縋り付く太宰。
「……あ、……ぁ……、……ちゅう、……や……、……ぁ、……っ」
「よく頑張ったな、太宰。……お前は、こうやって俺の足元を這いずってるのが一番お似合いだぜ」
中也は、過呼吸で痙攣する太宰の身体を、再び「異物を排除した世界」へと、ゆっくりと抱き上げ直した。
飽きた。