「準備ができたみたいだ。我々も乗ろうか」
リリアンナたちはランディリックに導かれて、一等客室専用車両へと足を踏み入れた。
通路の両脇には、厚い木の扉で仕切られた個室が整然と並んでいる。
個室の扉には各々番号が振られていて、乗客は自分に割り当てられた部屋を使うシステムだ。
客室自体が三つしかないので、この車両はリリアンナたちが占有することになるらしい。
入ってきた入口に一番近い側をセレン、その隣をランディリック、そうして一番奥側がリリアンナとナディエルに宛がわれた個室だった。
ランディリックに促されるまま扉を開けると、深い色合いの革張りソファと小ぶりな卓が置かれ、窓辺には春色のカーテンが揺れていた。
どうやら間取りはどの部屋も同じだけれど、カーテンの色が個室ごとに違うみたいで、ランディリックの客室は濃い紫、セレンのところはワインレッドらしい。
「カーテンの色で、リリーはこの部屋が良さそうかな? と勝手に判断したんだけど……良かった?」
ランディリックに問い掛けられたリリアンナは、その淡い桃色のカーテンを見て、幼い頃ウールウォード邸の自室に掛けられていたお気に入りのカーテンのことを思い出した。すごく気に入っていたのに、叔父一家が移り住んできて、ダフネに部屋を占拠されたときに捨てられてしまった。
「私ね、子供の頃に自室のカーテンがこんな色だったの。すごく気に入ってたから……嬉しい」
ヴァン・エルダール城でリリアンナに宛がわれた部屋のカーテンは、レースカーテンと柔らかな若草色のドレープカーテンの二重仕立てだ。それはそれで落ち着く色合いで素敵だけれど、こうしてみるとやっぱりこんな感じの温かな色合いの方が心地いいなと思ってしまう。
「……そうか」
リリアンナがほぅっと吐息交じりにカーテンを見つめるのを見て、ランディリックが思案気につぶやいた。
「ランディ?」
その様子にリリアンナが小首を傾げると、ランディリックは何事もなかったかのように微笑んでみせる。
「いや、何でもないよ。リリーが気に入ってくれたならよかったと思ってね」
「うん、とっても! ね!? ナディ!」
突然話を向けられたナディエルがビクッと肩を跳ねさせて、「はい、す、素敵でございます!」としどろもどろになる。
それを見やりながらリリアンナがクスクス笑う。
「セレン様はワインレッドのお色、お嫌いじゃありませんでしたか?」
ふと気が付いたように、リリアンナがランディリックの背後に立つセレン・アルディス・ノアール侯へ問えば、「リリアンナ嬢の髪色を思わせる美しい色合いのカーテンで、気に入りました」と優雅に一礼する。
いきなりそんなことを言われたリリアンナがぶわりと頬を赤く染めて「御冗談が過ぎます」と俯いた。
その様にランディリックの眉がピクッと跳ねたのだが、それに気が付いたのはリリアンナの専属侍女のナディエルだけだった。
それぞれの客室は完全に壁で仕切られており、互いの気配さえほとんど感じられないほどの静けさだ。
部屋の配置は先にも述べたように三室続きで、中央にランディリック、その左右にセレンとリリアンナの部屋が並んでいるといった感じ。
護衛の名目上、車両の連結部には兵士が交代で立っている。三人の部屋は、まるでランディリックが〝楯〟となってふたりを隔てているかのようだった。
コメント
1件