テラーノベル
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理解ができないまま転がる男を見ていることしかできない。
「トラゾー」
「え…、…?」
とん、と上から静かに降り立ったのは日常国の総統であった。
「クロノア、さん…?」
「大丈夫かい?」
俺に歩み寄り、どこから入手したのか分からないが鎖に繋がる手錠の鍵を持っていた。
カチリと小さな音を立てて拘束から解放される。
「おっと」
ずっと立っていたせいと、出血で貧血を起こしてるのかふらついた。
それをクロノアさんが受け止めてくれたため、倒れずに済む。
「出血がひどいね。先に手当しよう」
中途半端な手当てをされていた俺をソファーに座らせたクロノアさんは救急箱の中身を確認、安全であることが分かったのかして処置をし始めた。
重い沈黙。
ぎゅっと自分の手を握りしめる。
「………ごめんなさい」
「…それは何に対する謝罪?」
クロノアさんは傷口にガーゼを優しく充てて消毒する。
その声は少し硬い。
「……色々なことを見誤って、判断ミスをしたことです」
「……それと?」
「…無茶を、したこと」
「…それと?」
「……た、他人に、っ、触らせた、ことです…」
傷口に包帯をきつく巻かれる。
止血目的なのだろうけど、その少し荒い行動に苛立っているのが表れていた。
「……クロノアさんは知ってたんですか」
「……完璧ではなかったけどね、トラゾーの因縁である相手のところに行かせたくなかった」
ぎゅっと抱きしめられる。
「嫌なこと思い出させるから敢えて言わなかった。…俺はトラゾーが傷付くところをもう見たくない。…だからこれは俺の判断ミスでもあるね。ごめん、トラゾー」
震える声に、クロノアさんが怖がっていたのが伝わる。
俺を失ってしまうという、ことが。
それが自惚れではないということも。
「っ、…ごめんなさい…」
「…よかった、トラゾーがいなくならなくて…」
背中に手を回して抱きしめ返す。
「……見たよ。彼らを、彼女らを」
地下室で見た光景を思い出す。
「ちゃんと、綺麗にして返してあげよう」
「…はい」
悲しむと思う。
けど、ちゃんと愛する人のところに戻るのなら、それで少しでも救いがあるのならと願うのみだ。
「よっ、と」
「わっ…!」
「また軽くなってる…」
「いや、だって…」
「ここで出たものを口にしないのは正解だけど、携帯していく補助食が少なすぎだから」
「すみません…」
ひょいと俺を持ち上げたクロノアさんは床に転がる奴の元に行きそのまま蹴り飛ばした。
「ぁ゛…!」
絶命したかと思っていたら、どうやらまだ生きているようだった。
「急所、ギリギリ外したんだよ」
仰向けになった奴の撃ち抜いた胸を踏みつける。
「…ただで死ねると思うな。お前に手を下すのは俺だ」
何度も何度も。
「がは…っ」
と、大量に血を吐いた奴が俺を見た。
「っ、!」
「見るな」
クロノアさんの肩越しに見ていた俺はその低い声に慌てて視線を外す。
「最期を、っふ…目に、焼き付げて…やろゔと、思っだのに…!邪魔、しやがっで…!」
「…トラゾーの目に映るのは俺らだけでいいんだよ」
今度は音もさせずどこかを撃った。
いつ銃を取り出したのか、装填したのか、サイレンサーに切り替えたのか分からないくらいの速さだった。
「近距離の銃は使い慣れないんだ。だから…」
チュンと音がする。
「ひぎゃっ…」
「狙いが外れるんだよ」
さっき急所をギリギリ外した、と言っていた。
この人は本当に器用な人だから、狙いを外すなんてこと絶対に有り得ない。
「あぁ、ほら動くから」
バレないよう視線だけ奴に向ける。
右の手首を撃ち抜かれたらしい。
もう俺を見る余裕もなく痛みでのたうち回る奴をクロノアさんは踏みつけた。
「動くな。狙いが外れるだろ」
「ぎゃ…っ」
左肩。
クロノアさんの顔は見えない。
きっと見ない方がいい。
「……トラゾー」
「、は、はい」
「殺しちゃうけど、…ごめんね」
俺の仇。
優しかった2人を俺から奪った因縁の相手。
「……いえ、クロノアさんでよかったです」
「…目ぇ閉じててね」
ぎゅっと目を閉じる。
奴の大きな悲鳴が更に響く。
どこを撃たれたのかはもう分からない。
「一発じゃ、二つは撃ち抜けないか…」
チュンとまた音がする。
「ぁ、が、が…め、目ぇ…」
「喋んな」
「あ゛───ッ!」
それ以降声にならない音が奴から発せられる。
「………」
クロノアさんは何も言わず最後の一発をどこかに撃ち込んだ。
「……もう目開けていいよ」
ぴくりとも動かなくなったであろう奴をまた蹴り飛ばす。
ばきりと骨が折れたような音がした。
「もう一個持って来とけばよかったな」
そう言いながらテーブルにかけられるテーブルクロスを手に取り、蹴飛ばした奴にかけた。
「トラゾーが見なくて済むようにね」
白いそれには奴の血が滲む。
「こんな奴でも血は赤いんだな」
呆気ない死に方だった。
「トラゾー」
「はぃ…」
「泣いてる?」
ポロポロとほっぺを伝うのは涙だった。
「あ、れ?…おれ、また泣いて…」
様々な感情がせめぎ合って勝手に涙が落ちる。
「は、はは…なんで、でしょう…安心、?したのかな…仇が、うてた、から…?…いや、ちがう?…おれ、」
「…とりあえず、ここを離れよう」
しっかりと俺を抱きかかえるクロノアさんの首にしがみつく。
「ふっ、ぇ……かあさん、とうさん…っ」
この前から泣くことが増えた。
赤ちゃん返りしたかのように。
「……」
「おれ、…お、れ……っ」
出血のせいで意識が朦朧としてきた。
「ぼく、…」
記憶の中の2人が笑った気がして、そこで意識は途絶えた。
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