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たすきを受け取った息子が走り出す。最後から二番目だ。


今日日、運動会の種目に順位などつけない。


コーナーを曲がって、疾走する詠史が、またひとり抜いた。


いけえっ。


とビデオカメラを手にわたしは叫んでいた。「そのまま突っ走れぇー」


わぁっと歓声があがる。三人も抜いた詠史は、一着でゴールした。誰よりも褒めてあげたい気分だった。


* * *


「詠史くんって足が速いんですね! 最後のごぼう抜きもすごかったですね」


笑顔を向けるみどりさん。フィットネスのプロであられる彼女の目に、詠史の走りはどんなふうに映ったのだろう。興味が湧いた。


「ありがとうございます」親子揃って頭を下げた。その声とタイミングが一緒で、顔を見合わせて笑った。……詠史。わたしの自慢の息子……あなたはわたしの誇り。


「にしても、運動会って、一日中はやんないんですねえ」

「コロナ禍の影響もあるからね」とわたしは頷いた。「昔だと、お重においなりさんとか詰めてじいじばあばも総出、ってのが当たり前だったみたいだけど。食中毒も怖いし、いまは、自分たちの子どもの競技だけ見たら後は解散するのが当たり前みたいよ。


みどりさんも。暑いのに、ありがとうございます」


ありがとうございます、と詠史も頭を下げる。親子ですね、と言ってみどりさんは目を細める。


「……詠史くん。ドリンクバーにドリンクを取りに行こうか」誘ったのは才我さんだ。「なにか、冷たい飲み物が飲みたいな」


「はぁい」


連れ立って行くさまは本当に、親子みたい。


運動会の帰りに、才我さん、みどりさん、わたしたち親子の四人でファミレスに立ち寄った。詠史が、ファミレスが大好きなのだ。


「詠史くん。才我にーさんにすっかり懐いていて。よかったですね」


いや、あの。


そんなふうに言われても、わたし、まだ……。

「有香子さんの気持ちは決まっているんですよね」わたしのこころを読んだかのようにみどりさんは言う。「そんなに裏切られたら。同じ家で暮らしていることさえ嫌になるに決まっていますよね。……あたしも帰ったら、また動画見ますんで。すこしでもなにか証拠が掴めたら……」


「忙しいのに。ありがとうございます」


「いえ。……なにかまた気づいたことがあったら連絡しますね」


可愛くて可憐なみどりさんはウィンクなんてして見せるのだが。その晩、とんでもない事実が明らかとなる。


* * *


お風呂からあがってスキンケアをしていると、みどりさんからの着信に気づいた。折り返し電話をすると、彼女は緊張した声で、


「二人います」


と断言した。


「金髪の女。よくよく体格や、歩き方を見ていると、実はこの日来た女と別人だということが分かります。


あと、ふたりとも、水萌さんではありません……。


水萌さんはこの間有香子さんがお会いしたときに直接見たので。水萌さんは、クセのある歩き方をされるので。ヒールは履かないタイプですよね。


いま三つの短い動画をアップしましたので。ご確認頂ければと」

すぐにパソコンを立ち上げて再生した。


金髪の女がうちを訪れて逢引をした動画。よくよく見れば確かに。歩き方が……片方のほうが微妙に機敏だ。スタイルは似ているが、それも、本当にじっくり見比べてみないと分からないものだった。


この歩き方をする人間が、周りにいるか? いや……女子会と。毎日一緒に仕事をしているとはいえ、歩き方なんて見たりはしない。キャンプで動画を撮っていなかったことが悔やまれた。


わたしが夫の寝室にカメラを仕掛けたのは、コロナ鬱が落ち着き始めた頃だった。ひとが起き上がれないくらいに苦しんでいるというのに、あのひとは、サッカーだの好きなことにひとりで出かけて。詠史のご飯の支度やお世話もしたはずだが、どう切り抜けたのか、記憶がすっぱり抜けている。


妊娠中も、産後鬱のときも、明確な証拠はなかったが。なんとなく、という嫌な予感は拭えなかった。あの頃については、もし、今回の浮気と同じ相手ならば、証拠を集めて本人の口から吐き出させたいと思っていた。


「……ありがとうございますみどりさん……。お陰で状況が整理出来ました……。

となると、怪しいのは、水萌以外の大学の頃の友達。同僚。……汐音さんが彼女からすると兄であるうちの夫と浮気するとは考えにくいですが……。となると鷹取のセンはなしとなります」


「あと。この間うちの夫が有香子さんの旦那さんを尾行したときに。……彼ね。なにか、勘づいているのね。


電車に乗ろうとしたのに突然降りて、主人をまいたの。……ごめんなさいね……お役に立てなくて……」


「とんでもない」とわたしは言った。「みどりさんも、みどりさんの旦那様も、お忙しいのに協力してくださって。すごく助かっています……ひとりで戦うのは孤独で。心細かったんです。自分が正しいのかすら分からなくなり、無駄に、他人を疑っている気がして。


でも、仲間がいると思うと戦えます。心強いです。


みどりさん、旦那様にもお伝え下さい。……本当に……ありがとうございます……」


そしてその夜わたしは手紙を受け取った。消印はなし。直接うちの郵便受けに投函されたのだ。差し出し主は、


「……水萌……」


表に鷹取有香子様、と書かれた封に入った手紙は、確かにわたし宛だった。


申し訳ないですが、許しません。

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