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【漆話】



可愛い子。

狂おしい程愛らしい子。


何と外は寒いのだろう。

もっと傍においで、温めてあげよう。

私の事を気遣ってくれるの?

何て良い子だ。何て貴方は賢いのだろう。

母の事等どうでも良いのだよ。


貴方さえ温かければ良いのだよ。

貴方さえ居てくれれば凍っても構わないのだよ。

貴方が一番大切な宝物なのだよ。

貴方の喜びが私の喜びなのだよ。


春が来れば小さな芽吹きを沢山見せてあげよう。

夏が来れば可愛い体が虫に刺されてしまわぬ様に

一日中傍で扇いで居てあげよう。

秋が来ても――

冬が来ても――


落ち葉の様に、散華の様に心の中の地面に沢山の想いを積み重ねて行こう。

幾たびの季節もずっとこうしてこうして―――

どうか年を重ねて行けます様に。




***




洞口君の行動は早い。今度からは人間号外と呼ばねばなるまい。あの時私がどうにも彼女の言葉によっぽど惹かれる様な顔をしていたのだろう。彼女は特に確認もせずに研究所に女性を連れてきた。


耳の所で切られた少し茶がかった髪に黒い釣鐘型のモダンな帽子を被り襟元に白いレースの配われた黒いワンピースを纏った上品な印象の女性だった。


「失礼します。」


凛と澄んだ声が室内に響く。洞口君が私の席の前に置かれた応接用机に彼女を座らせた。慌てて私もその席の前に移動する。


「初めまして。六華是終と申します。」

「お忙しい中、お時間を頂き、有難う御座います」


女性の扱いに不慣れな方ではないがしばらくはこの研究室内の飾り気の無い女性としか接しなかったのが原因だろうか、酷く緊張して喉が渇いた。洞口君はお茶でも入れに行ったのか部屋には二人きりだった。

言葉に詰まる。柱時計の音が酷く大きく聞こえた。


何か話さないと彼女も気不味いだろう。

そう自分に言い聞かせ口を開いた。


「洞口とはどの様なお付き合いで?」

「女学校で――同級生でした。」

「お気の毒に」


彼女は少し笑った。


「彼女はお転婆ですがあれで可愛い所が沢山あるのですよ」

「そうでしょうね。しかし貴方はまるで彼女のお姉さんの様だ」

「血は繋がっておりませんが放っては置けない存在ですわね」

「彼女は幸せ者ですね」


どちらかとも無く目を合わせ笑った。

空気が柔らかく解れ、私は大事な事をやっと思い出した。


「緊張して――お名前をお聞きしてませんでしたね」

「ああ、私も――緊張していたのかしら言いませんでしたね」

「お伺いしても?」

「蒼井桂子と申します」


その時視線の右側に在る木製の扉が軋んだ音が聞こえた。ギシギシと何度か小さく軋んだ。必然的に会話は止まり、視線は扉に行く。

一向に入って来る気配が無い。扉についている窓のすりガラスには黒い影。


そっと彼女を背に庇う様に腰を上げ扉を開けようとした瞬間、破裂音かと思う程の音を立て、扉が開く。差し伸ばしていた手はその暴発したかの様な扉で強かに打ち、その痛みに思わず手を抱える。


洞口君だ。両の手には茶菓子と3つの湯飲みと急須の置かれた茶盆を持っていた。


「上品に開ける努力はしましたのよ。でも片手で扉を開けるなんて器用な真似出来なくて、誰かに開けて頂戴と頼もうにも 皆、授業に出てしまっていて、それで何とか扉と体を使って取っ手は回したものの、この扉、意外と重くて足で蹴ったら…」

「草子!云い訳より先に六華教授に謝りなさい!貴方が乱暴に開けるから扉が当たってしまったのよ!」


彼女の云い訳も早かったがそれよりも叱咤が飛ぶのも早い。今まで優雅に――気品すら漂わせて物静かに座っていたから余計に驚いた。私には口を挟む隙すら無かった。


「だってぇ!そもそもそんな所に立っている方が悪いんですわ。扉は開くものでしょう?」

「扉が怪しく軋んでいたのに声もしなかったから不審者と思って教授は近づいたのよ!そもそもそんなに困っていたのなら一声掛ければ良いでしょう!中には私も教授も居たのだから、扉は何も外からしか開かない訳じゃないでしょう!」

「あ――。」

「あ、じゃないわよ!」


物静か――だと思ってた女性、蒼井さんは洞口君の首根っこを掴み扉の前で立ち尽くす私に向けてその首を何度も下げさせ――


「申 し 訳 あ り ま せ ん――でしょ?」と半ば脅迫する様に云った。

「うう、、済みませんでしたー。」

「伸ばさない!」

「 済 み ま せ ん 六 華 教 授 」


まるで棒読みだが、事が起きて最初に発した彼女の云い訳に比べたら上出来な部類じゃないだろうか。


「良いよ。そんな事で怒っていては君とは付き合っていけまい。」

「どう云う意味ですか?」

「そう云う意味ですよ。」

「教授と云い、野々村さんと云い、男性は失礼な人が多いですこと。」


私は思わず苦笑する。


「草子には客観的な視点が著しく欠乏してる気がするわ。」

「私もそう思うよ。洞口君はこの蒼井さんの爪の垢でも煎じて飲めば良い」


蒼井さんと私はまた目を合わせて笑い、彼女はふと私から視線を反らすと扉の向こうを見て呟いた。


「今日は、その野々村さん――と云う方はいらっしゃらないのね?残念。」

「野々村に何か御用でも?」

「いえ、草子がやけに気にかけている様だから――」


そう云って洞口君へ悪戯をした子供の様な目で視線を送った。


「気にかけてると云うか、何処かで見た顔だと云っただけで――」

「ここ最近、彼女は彼の事ばかり話すんですよ。」

「新入りだもの、珍しいのよ。でもツンと澄ましちゃって。気に入らないわ。」

「でも綺麗なお顔してるんですってね」

「そんな事云ったらまた怒られちゃう」

「誰だって立ち入られたくない領域は在るものよ。貴方は人の領域に勢い良く土足で入り過ぎるのよ。そう云う場所に立ち入る時はこうそーっと…」


初めに抱いていた彼女の印象が崩れていく。

尤も今の蒼井さんの方が生き生きしていて若い。

落ち着いたお洒落な服がこうなっては何となく不自然に感じる。彼女の内面は外面から想像するよりも幼い少女の部分を強く残しているのだろう。

じっと黙って座っていれば落ち着いた服も絵になる人なのだが――このアンバランスが非常に面白い。


女三人寄れば姦しいと云うが彼女達は二人でもそうらしい。高い声で賑やかに話す姿を横目に私は自席へと戻った。


女性の会話に顔を突っ込むとロクな目に合わないと云う事を私は姉達から教わった。身を持って覚えた。本当に酷い目にあった。だから――取り合えず彼女達の会話が収まるのを待とう、と目の前の本を開いた。


「―――で、、あ、今日はこんな話をしに来た訳じゃ無いわ。」

「あ――そうだったわね。」

「六華教授、お時間を頂いておきながら申し訳ありません。今日は私の友人の事でご相談に上がりました。」

「ん?友人――それは洞口君とは――」

「あ、私は面識ありませんよ。桂子の幼馴染らしくて。」

「そうか。」


彼女は自分の云い分を云い終えると目の前の茶菓子を食べ始めた。


「草子――そう云うモノは先に目上の方にお配りするものよ?」

「だって六華教授は甘いものはお好きでないもの」

「そんなの先に云って頂戴よ」

「私は甘いもの好きだもの。」

「貴方に持ってきた訳じゃないわ!六華教授へ持ってきたのよ!」

「だって―――」



―――どうやら彼女達は急いで用件に入る程急いではいないらしい。

私は再び収まるまでアリストテレスと感情のカタルシスについて考える事にした。


手を組み合わせ三角形を作る。そのまま人差し指で鼻を軽く叩く。

私の考え事する時の癖だ、特に意味は無い。


だが初対面の蒼井さんにはそれが苛立ちの表現に見えたのか慌てて机の前に来て「本題に入ります」と神妙な顔をした。


「うん?」

「六華教授は記憶や心理の――」

「そうだね。研究をしているよ。」

「その事でお伺いしたくて――」

「その事――?」


ーー教授は本人が自覚していない潜在願望で人を殺める事が在ると思われますか?







【続く】

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