テラーノベル
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フィリップ・マーロウ、リック・ブレイン、工藤俊作、次元大介、コブラ、冴羽獠、スパイク・スピーゲル、棗希朗衛門、ブラック・ジャック・・・。古畑任三郎もそうだと思う。ハードボイルドって言われているような人達。俺もそういった人たちのようになりたい、そう思っていた時期もあった。でもあの人達って素で振舞っているんだよな。気取っているワケじゃない。だからこそ俺がなりたくてもなれないような人・・・だと思う。でも少しでも近づきたいんだ・・・。
2003年12月27日午前3時
「カジノって映画見たかい」
「いーえ、見てないわ。面白いの?」
「俺は大好きだね。主人公はカジノを経営するプロのギャンブラーなんだけど、周囲の人間のせいで結局衰退してしまった」
「あら、可哀想な主人公」
「ひたすら同情しかなかったんだけど唯一俺が彼に文句があるとしたら結婚した嫁を頑張って愛した事」
「良い人じゃない」
「アル中で素面の時間が一日二時間だけ、下品な幼馴染みの小悪党の為に主人公から二万五千ドルを訳も話さず盗み出す、愛人に夜会いに行くために実の娘をベッドに縛り付ける…まだまだあるけどそんな女をやっぱり愛している事」
「優しいあなたがこうも憎まれ口を叩くなんて、よっぽど酷い女ですのね」
「君はどうかな?金持ちの男の金だけを見て結婚しちゃう?」
「しちゃうかも」
「それは信用ならないな、そんな女の子はお仕置きだ」
「ふふ・・・んっ」
その映画を見て学んだ事がある。
主人公の古い友人は彼を見て触発され自分も成り上がろうとするがその行為が主人公の環境を崩壊させた。あるタイミングまでは二人は良き友人だったのに主人公はその友人を段々煩わしいと感じ始める。そもそもボディーガードとして派遣されてきた時から嫌な予感はしていたが彼は断れなかった。二人ともギャングに身を置いていたからである。
自由でいるためには集団に身を置いてはならない。何故なら最悪他人のせいで自分が死ぬから。
ヤバいと感じる人間とは距離を置き、それを保たなくてはならない。何故なら最悪そいつのせいで自分が死ぬから。
仕事を信頼できる仲間は持つべきだがプライベートを信頼できる友人は持ってはならない。何故なら最悪それのせいで自分が死ぬから。
最後に頼るのは己でなければならない。何故なら最悪頼ったやつに生殺与奪の権利を握られるから。
そして己は己に信頼され、頼られるようにならなければならない。何故ならそうでなければ格好良く死ねないから。
五つもあった。
俺の名前は中森始。この黒刻町でボディーガードをしながら町の治安回復に努めている。何しろここは黒刻町。日本中の色んなものが一緒くたに混ざり会って黒になる町、であると同時に海外勢力に対する防波堤も兼ねている。ここは戦後の混乱により組織された自警団から成るヤクザ「彩雲会」によって守られて来た歓楽街である。俺は大学入学を期にこの町に足を踏み入れ、その腕をここに暮らす人々や彩雲会に見込まれ、この町の用心棒をしている。
用心棒としての仕事は色々。まずは人の顔と名前を覚える事。用心棒として活動するに当たり、まず最初にはじめた事が彩雲会からこの町の組織の構成員の名簿を全て提供してもらい(もしかしないでもないが提供されていない名簿も存在するやも知れぬ)それを先ず覚えた。彩雲会本家から定食屋の従業員までこの町で仕事に従事する者を全て記憶、し終えたら次は黒刻町以外に拠点を構える出入り業者を覚える。スーパーに食材を卸している会社はもちろん電気会社に下水処理施設等々インフラ関係も頭に叩き込む。そしてこの町に遊びに来る人間。実際に呑みに行ったりしながら人を覚え、店の許可を取って伝票を確認する。どんな風にお金を使ったかで経済状況は大体分かるからだ。
例えばこのラウンジに来たおじ様。一時間で帰っているが接客の女の子全員に二杯ほど呑ませ、更にボトルも入れている。二人がついたので合計四杯+ボトルの酒でこの三人は一時間飲んだ。現金で釣り銭無し。何処かの店のマスターだろう、挨拶がてら顔を出したと踏む。
正解は同じビルの別のバーのマスター。定期的に各階の店を回り顔を見せている。なんとなく分かるだろうがこうすることで店同士の関係性をしっかり築くことで何かあった時に助け合う事が出来る。以上の事を覚えることで知らない人間の顔が直ぐ分かる。
次に見回り。黒刻町にはカーブが無い。京都の四条のように全体的に格子状に町が成り立っている。縦横交互に歩き、周囲に気を配る。側溝や入り口のドアの状態、駐車場の車の車種と年式。自動販売機の売り切れ状況にも眼を光らせる。話しかけられたり挨拶された時はその時間を大切にする。ついでにキャッチを引っかけて交流を図ったり周りの客の様子も伺う。縦横約500メートルのこの町を歩き終えると次は上から見回る。即ちビルからビルへ飛び移り俯瞰でこの町を見る。幸い大通りを除きビルとビルの間隔が1メートルから3メートルほどしか無いため俺の脚力ならスキップしながら飛び移ることが出来る。一番高い建物は町のど真ん中にある中山第一ビル。地上10階建てのその雑居ビルの外壁は手摺や階段、足場がある為に取り付きやすく、またそれらの感覚も狭いため上り安い。ちょっとした勇気さえあれば実は誰でも上れるのだ。このビルからは主に町全体の雰囲気、というかオーラを見る。基本淀んでいるオーラだけどそれは長い年月をかけてそういう流れになっている。そこにもし変な堰き止めや何かの塊が見えないか、そういうのを見る。町の北側にはタクシー乗り場がある。そこの流れや乗り込む客、ドライバーの安全対策(暴力沙汰の際は上手いこと相手から仕向けられるように動けているか)に目を配り、できれば一番前のタクシーから乗ってほしいので案内人が上手いこと誘導出来ているかも見たりする。
次にトラブルへの対処。主に金銭トラブルが多いが基本的には両方悪いし、両方悪くない。
上手いこと乗せられたお客も悪いが目先の利益を考えて高い金額を取ろうとする店側も悪い。上手いこと乗せた店側の手腕は素晴らしいし、払えるお金を持つお客の経済状況も偉い。そんなこんなで両方褒めて両方正して丸く治める…が。もし俺にちょっかいをかけて来た場合は後悔させて身を弁えさせなければならない。例えばこんな風に。
2001年9月30日午後11時35分
「誰だオメェ」
「なんかあったら頼って貰ってるモンです。揉めてるって聞いたんで飛んで来たんですわ」
「オメェが俺の相手してくれるんか」
「そんなんもうエエんで。この人ら幾ら呑んだって?伝票ある?見せて…ほぉ、まあまあ呑んだね」
「おい無視かい。舐めとんか」
「舐めるほど味ついてないでしょ。?払うもんは払った?え、なんで怒ってんの?ボーイの言葉遣い?そんなんで怒ってんの」
「このクソガキも変な言葉遣いしよってからに、ちいと叱ったったんやわ。この先この子苦労するでえ」
「それで終わったらエエやろ。なにを揉めとんねん…気分害したからタダで飲ませろてか」
「それぐらいの権利あるやろ。寧ろ感謝されてもおかしないわ」
「お前なんやねん」
「あ?」
「教育は店の人間がすんねん、客が口出す事と違うわ」
「おい喧嘩売っとんのか」
「アホか」
「おい誰がアホやてか」
「ワシは買う専門やねん、せやかておんどれとの喧嘩なんぞ買う金種が無いくらい価値ないわ」
そういって剥がしにかかる。この時は二人組だったが顔面に掌底をそれぞれ喰らわせ地べたに倒す。その後襟元を引っ張って外に放り出す。揉めていた一人がまだ懲りずに向かって来たのでしょうがないから右ハイキック。脳を揺らしたので3時間は立てないだろう。突っ立っているもう一人を横目に倒れているやつから財布を抜き出し、名刺と身分証明書を写真に撮る。金は絶対に抜かない。
「なあおじ様」
「!」
「この町は楽しかったかい」
「・・・」
「楽しかろうよ、全て自分達の思い通りになると思ったんだろ?」
「い、いや・・・」
「だけどもうここでは楽しめない。勿論あんたもね」
「・・・」
「他のところではそれで上手くいってたかもしれねえが、ここじゃそうはいかない。おたくらの写真はこの町の店全てで共有する。次に爪の先1ミリでもこの町に入ってみろよ、どうなるかわかんねえぞ」
あんまりこういう手は使いたくないがこれを許せば最終的に町の評判を落とすことになる。この町で遊びたいならば行儀よくしなければならない。なぜならば客達は遊ばせて貰っている立場なのだから。俺の評価?勝手につけるが良い。この町の住人が全員俺の事をいらないと言っても俺は出ていかないからな。ここを出ていけば日本がどうなるか分かったもんじゃない。なぜ分かったもんじゃないのか。それが次の仕事に繋がる。
次の仕事は海外勢力の監視である。彩雲会の威光と影響力、そして実力があるからこそ極小規模で留まっているがこの狭い町に大陸方面、東南アジア、南アメリカ等々。各国のマフィアや反社会勢力がひしめき合っている。東西日本のヤクザが協力し合い、それぞれの勢力を黒刻町に追い込んだ。濃縮されたジュースのように絞り込んだ結果それぞれの組織の内二三人がこの町に閉じ込められる結果になった。実質人質である。それぞれ地下に潜り込み、ひっそりとビリヤード場やダーツバー、タバコ屋をやっている。これは俺が唯一彩雲会から依頼されている仕事だ。何も知らない風を装いながら週に一回ほど顔を出す。人からはユスリに見られるかもしれないが向こうから金はもらっていない。寧ろタバコを買ったりダーツをしたり酒を呑んだり・・・。だが、ただそんなことをしているわけではない。
2003年10月11日午後3時2分。ランカスターマンション203号室。
タバコは必ず毎回違う種類を二箱買い、二箱共彩雲会の関係者に渡す。その後俺の部屋に連絡が来る。
「もしもし」
『やあ始。ワカメは味噌汁だったよ』
「そう、じゃあ飲ませてもらうよ」
『ワカメもう一ついるかい』
「そうだね。明日届けてくれる?」
『分かった、買い物に行くついでに寄らせてもらうよ』
「ありがとう、じゃ」
よく分からん会話だっただろうが、「ワカメは味噌汁」の場合は検査の結果何も仕込まれていないという結果が出た合図。もしこれが味噌汁以外だった場合店に踏み込まなければならない。
酒も特殊な試験紙を浸し、スポイトで少し採る。更に別の試験薬で湿らせたハンカチでグラスの口をなぞる。直ぐに結果が分かる試験紙とハンカチが無色透明だった場合は何も仕込まれていない。そのサンプルもまた関係者に渡す。もしその色が変わった場合もまた店に踏み込まなければならない。
次の仕事は個人警護。だが顧客はただ一人。三ツ島遊廓浜風屋現主人、栄太夫その人である。俺が初めて黒刻町に来たときの事。彼女の花魁道中が悪漢、というか昔の客に襲われているところを助けたところをいたく感謝され、この街における俺の後見人にまでなってくれた。栄は俺の二つ年上。最初は弟みたいに思ってくれていたが、一緒に過ごす内に大切な関係になった。
栄は滅多に人前に姿を表さない。プライドが高いとかではなく経営にタッチしているからである。俺が初めて会ってから三年目にして彼女は浜風屋の主人となった。ちょうど前主人の震電屋久光が引退を決意したタイミングで自分の金で店を買い取った。
2003年10月27日午後7時45分。三ツ島遊郭浜風屋正門前。
俺の一日はここから始まる。黒刻町と線路を隔てて隣り合う浜風屋に車で裏口まで向かう。彼女が動き始めるのは基本的には20時から。栄の部屋が俺の用心棒稼業の拠点なのでそれに合わせて向かう。三十分前には番頭の串田ヒロムが裏口で待っている。
「ご苦労さまでございますぅ」
「おはようございます串田、変わり無いかい?」
「エエ、今日も無事に営業できますぅ」
「それは何より」
「どうぞぉ」
車はなんとありがたいことに専用のガレージに入れてくれる。若衆の雷電紫電に車を預け栄の部屋に向かう。黒刻町を含めてこの浜風屋が周辺で一番大きく敷地も広い建物である。地上十五階の最上階までエレベーターで上る。
「十五階へ」
「いらっしゃいませ始様、上へ参ります」
一階が一番安い部屋。一つ階層が高くなる毎に値段も女の子も一桁高くなる。
「仕事とはいえお金も無いのに最上階まで行くのは毎度気が引けるなあ」
「何をおっしゃいます、太夫の命はどれだけ積まれても払えないのです。貴方はお金以外でそれを払われた」
「払ったつもりは無いんだけどな…」
2003年10月27日午後7時55分。三ツ島遊郭浜風屋15階甲の間。
「十五階です。本日も一日よろしくお願いいたします」
「はい、よろしく」
十五階は全て栄の部屋である。エレベーターを出るとL字方の廊下が座敷と大広間を囲い込んでいる。座敷には目もくれず突き当りの壁の隠し扉を開ける。
「栄、入るよ。おはよう」
「始様!」
「主人稼業、なんか行き詰ったりしてない?」
「大丈夫ですけど書類仕事にはまだ慣れませんわ。経理計算と目を通す書類が多くってしかも判子も押さなきゃいけないでしょ。忙しくって」
「大丈夫か?」
「この間外壁の修繕したでしょう。ついでに大工さんに見てもらったら色んなところに修繕箇所が見られたのよ。それの承認の書類作成はやってもらってるんだけど確認はアタシを通してもらわないと困るでしょ、もう大変よぉ」
「天下の栄太夫も、デスクワークには手間取るか」
「やだもうっ!あ、もうこんな時間。ご準備なさいます?」
「ん、そうだね」
2003年10月27日午後8時。三ツ島遊郭浜風屋15階甲の間隠し事務所。
肝心要の仕事があった。装備の確認である。詰所として使わせてもらっているこの部屋には金庫が一つ置いてある。鍵で開けるタイプで中にはワルサーPPK二丁と特殊警棒、後述の装備が入っている。武器に関してはどちらも携行のしやすさから選んでおり、スーツに隠しても目立たない。重くもないので体の動きを邪魔しない武器だ。俺は仕事中、特殊繊維で作られたスーツ、上記の武器三つと予備のマガジンを四つ、報知器を兼ねるネクタイピン、隠しカメラのついたベルト、ペンライトで武装している。
「見回りは大体二時間、その後バンシィとハリー・ホプキンスを回ってから入間組に顔を出す。ここに帰ってくるのは日が回ってからダナ」
「かしこまりましたわ、どうか気をつけて・・・あ、入間組長によろしくお伝えくださいな」
「うん、何度でも言うけど何かあったら直ぐ連絡してくれな。全部ほっぽって全速力で帰ってくるから」
「もう・・・分かってますからお気になさらずお仕事なさってください」
「いや、ちゃんと毎回言わせて。別にお店のトラブルで呼んでくれても構わないから」
「大丈夫ですよ、始様を全力で頼らせて頂きます」
「じゃ、行ってきます」
「行ってらっしゃいませ」
そう言って窓から出る。浜風屋は城のような造りになっており各階の屋根は段々になってそれぞれ間の高さは5メートルほど。きっちり受け身を取って着地すれば無傷で降りられる。
「始様よ!」
「今からお勤めに出られるんだわ!」
「お気をつけてー!」
各階の窓から遊女たちに声をかけられる。有難い事なので手を振ってから降りていく。降りきると外壁の瓦の上を走って黒刻町に入る。ここまでが毎日の準備運動。入って直ぐ、黒刻町最北端の角のたこ焼き屋で朝飯ならぬ晩飯をとる。
「始さんんっいらっしゃいっ」
「ネギ塩八つで、あとミックスジュース」
「あいよっ」
出来上がるのを待ちながら駅を見やる。知らない人間は降りてきていない。
「お待ちっ、五百円ですっ!」
「毎度」
「毎度ありっ」
食べながら歩き始める。食べ終わるくらいで客引きに挨拶される。
「ご苦労様ですっ」
「やあ、ゴミ箱空いてたかい」
「晩飯ですか、捨てときます」
「直ぐそこだろ、良いよ」
「いえっ、もらわんと上役に言われますんで」
「えっホント、ありがとう。今度文句言っとくから」
次の通りにあるトルティーヤ専門店でも買い食いをする。サーモン入りを二つ。三つ先の通りの焼き鳥屋でねぎまを1本と小さな紙袋に唐揚げを五つ入れてもらい食べながら町を歩く。一通り歩いた後、幾つかの店に挨拶がてら顔を見せ近況を聞く。
その一つが「バンシィ」。妖艶な、それでいて上品なマダムが営んでいる。マダム・摩子。彼女がこの店を仕切っている。
2003年10月27日午後8時48分。マチルダビル九階バー・バンシィ。
「こんばんわ」
「いらっしゃい。あら始君、どーぞ」
「珍しい、誰もいないなんて」
「いるわよ、ボックス席に二人。密談ってところかしら、いつもので良い?」
「うん」
置いて貰っている九州のクラフトコーラを頂く。一応車で来てるので酒は飲まないがプライベートではよく来るのでバーボンのボトルは置いてもらっている。
「どうぞ」
「どーも。お変わりない?」
「ええ。いつもと変わらない、良い日常を過ごさせてもらってます。始君は?相変わらずこの町のヒーロー?」
「なった覚えはないんだけど。ヒーローじゃないよ、用心棒だ」
「あたしにとってはヒーローなのよ。何回危ないところを助けてもらったか」
「トラブル多すぎたんだよ俺が来た時は。彩雲会もてんやわんや、猫の手も借りたいくらいだった」
「お店で組合を作る事を提案してくれたのも、行き場の無い子たちをまとめてくれたのも全部始君だもんね」
「組合作るくらい何処でもやるだろう。知らない人を失くしてやれば、知ってる人を大事にするでしょ。それが平和に繋がる」
「いつも思うけど、その達観した考えと言い行動と言い、ホントに23?」
「住民票見る?」
一時間呑んだので店を後にする。
「また来てね~」
「うんーごちそうさま」
2003年10月27日午後10時
そこから通りを五つ跨いであるのが「ハリー・ホプキンス」。所謂キャバクラ。黒刻町随一の売上と年数を誇り、高名著名人の来店もしばしば。所属するキャストのレベル、質も他店を凌駕する。勿論来店するお客様もそれ相応。夜とは何か、夜遊びとは何かを熟知している人のみが入店を許される。
「いらっしゃいませ中森様。ご案内します」
「ありがとう」
煌びやか、且つ上品な内装と調度品の数々。磨きをかけられたテーブルに、座った人間を受け止めほぐす椅子。隅っこの広くない二階席でこの時間を店全体を見渡せる好都合な席で過ごす。ジンジャーエールと柚子小町(ついてくれた女の子用にボトルキープ)をもってきてもらったところで
「失礼致します」
栄太夫、マダム・魔子、そして彩雲会組長の入間恵と並び立つ黒刻町の女神、神宮寺彩。男たちの社交の場を彩り、繋ぎ、助ける才能を持つ。彼女が関わる事でこれまで幾多のビジネスやビッグプロジェクトが成立してきた。
「彩さんが失礼ってんならこの世の女性はみんな不躾だよ」
「そうかしら、私だって始君には失礼しちゃうかもよ?」
「何言って・・・もう一人いるの?」
彩は一人の女性を伴っていた。下を向きガタガタ震えている。所謂ド緊張状態。
「しっ…失礼っ、致しまずっ!!」
「どーぞ。新しく入った子?」
「そう。坂田ルミちゃん」
「さっ、坂田・・・ルミです。・・・よっ、よろしくお願いいたします…」
「まっ、そう緊張しないで・・・って言われても無理だわな」
「始君、頂いても良い?」
「ああ、勿論。君は?柚子小町飲む?」
「はいっ!いっ、頂きます!」
「好きなの飲みな。これじゃなくても良いよ」
「ルミちゃん何飲む?」
「はっ、始さんと、同じのを・・・」
「ジンジャーエールだぞ。お酒は?」
「のっ、呑めます!」
「お、いける口かい。じゃ、おつぎしましょう」
「めっ、滅相も無いです!」
「いいからいいから」
2003年10月27日午後10時10分。ハリー・ホプキンス二階39卓。
「おっ、お注ぎさせて頂きます!」
「はい、お願いします」
「しっ、慎重に・・・慎重に・・・」
「この子席付くの初めて?」
「いつも練習台になって頂いて、ありがとうございます♪」
「光栄で・・・ふっ!?」
「あーっ!!!」
「あらやだ」
ルミの手元が狂いドリンクが俺にかかってしまった。緊張による震えが影響してしまった。
「ふっ、布巾ーっ!」
「大丈夫だから」
「ルミちゃん、落ち着いてね?」
「ごっ、ごめんなさい・・・」
「初々しくて良き、直慣れるさ」
「申し訳ありません・・・」
「いーからいーから。さっ、乾杯」
「お仕事お疲れ様です」
「頂きます・・・」
2003年10月27日午後10時20分。ハリー・ホプキンス二階39卓。
一人のボーイが彩に耳打ちする。誰か来たらしい。
「始君、ちょっとお客様に挨拶してくる。ルミちゃんよろしくね」
「はいはい」
席にはルミが残された。緊張はしているがさっきよりはほぐれたようだ。
「落ち着いたかい」
「はっ、はい」
「おいくつ?聞くのも失礼だけど」
「27です・・・」
「わお、年上でしたか。これはとんだ失礼を・・・」
「いえっ、お気になさらず…」
「ルミさん、は・・・なんでこの店入ったの?」
「彩さんに、助けられたんです」
「助けられた?」
「私こないだまでOLやってたんですけど上司に虐められてて。夜も残されるし残業代付かないしセクハラされるしで死にたくなって、それで人生嫌になってビルから飛び下りて死のうと思ったんです」
「あ、こないだ飛び下り自殺未遂でこの辺で騒動になったのって・・・」
「わ、私です・・・」
「そうだったのか・・・」
「死のうと思ったら下から買い物帰りの彩さんが私に向かって叫んでくれたんです・・・」
2003年10月20日午後2時20分。白井ベリアルビル前。
『あんた死ぬの!!?』
『誰ですかあ!!?私の事なんてほっといてください!!!』
『あたしの仕事場隣の建物なんだけどー!!!』
『ごめんなさーーーーーい!!!!!!!!』
『死なれたらここ掃除するの大変だしここにいる人達にトラウマ植え付けちゃうよ!!!それに掃除するの多分アタシ達かも!!!』
『ご迷惑おかけします!!!申し訳ございません!!!』
『死に際に面白い事言うじゃない!!!あんたどんな顔してんの!!!』
『ブスでヘチャムクレで童顔です!!!』
『アタシの顔見える!!!?』
『ごめんなさいよく見えません!!!』
『アタシの声どんな声!!!?』
『凄く綺麗!!!歌手か声優さんみたい!!!』
『アタシがどんな顔してるのか気になる!!!?』
『・・・え?』
『アタシもあんたの顔が見たいから!!!ちょっとそこで待ってなさい!!!飛び降りたら殺すわよ!!!』
『ふえええ!?』
2003年。白井ベリアルビル屋上。
『どこがブスよ、超可愛い顔してるじゃない』
『わー綺麗な人・・・』
『あんたOL?どこの会社?』
『え?』
「で?」
「会社に踏み込みました」
「やりそう」
「しかもその前に電話してて、大本の親会社の社長さんに…」
2003年10月20日午後3時6分。ハリー・ホプキンス一階エントランスホール。
『お世話になってます会長。実はこれこれ然々、というわけで同行を要請したいのですけれど。そう!人の命には変えられません、会長も分かってらっしゃる。ええ、10分で。よろしく』
『あ、あの・・・』
『貴女にとっての最強の矛で盾を用意したから』
『え・・・』
2003年10月20日午後3時16分
『待たせたな彩さん』
『曾孫受けの会社の社員とは言え私の目の前で女の子殺す気ですか?』
『その通りだ、申し訳ない。君名前は?』
『さっ、坂田です』
『君の会社へ案内してくれまいか。そこに行くのは君にとって最後にするから』
『?』
2003年10月20日午後4時。大和電機株式会社一階玄関。
『かっ、会長!!?』
『頭が高いな。社長、君の教育はどうなっている』
『申し訳ございまああああああ!!!!?』
『!!?』
会長は一本背負いで社長をひっくり返してしまいました。
『坂田さん。君の部署は』
『えっ、営業二課です・・・』
『社長』
『はっ!此方です!!!』
2003年10月20日午後4時3分。大和電機株式会社営業部。
『坂田・・・?何で死んでねえの?死ねって言ったじゃああああああああああああ!!!!?』
今度は私の上司を一本背負い。
『お前か、名刺あるだろう。出せ、ほー一丁前に良い名刺入れだな人でなしのくせに』
『かっ、会長・・・!!!!?』
『君、今から転属だ。私の子会社が日本アルプスに大トンネルを掘っていてな。スコップが一つ余っている。今から向かってもらうから・・・あ、手続きは即刻今からやってもらうのと君の今月の給料と退職金支給は無しでこの女の子に渡すのでよろしく』
『かっ・・・』
『坂田さんはもう退職扱いになっとるのか手際が良いな。退職金は・・・ほほう。手前に振り込まれるのか、やったな社長』
『・・・!』
『なんにせよこの会社は潰さねばならん。世が世ならワシも切腹だ。ハッハッハ』
『かっ、会長さんが切腹なさることは無いかと・・・』
『そうですか?じゃあ誰が腹を切るべきか?』
『分かっとるな社長』
2003年10月20日午後4時20分。大和電機株式会社一階駐車場。
『どう?スッキリした?』
『いや、なんだかよく分からず・・・』
『でも良かったわ。アタシの目の前で可愛い女の子が死ななくて』
『可愛いだなんて・・・今まで言われた事ないからなんて返したら良いか』
『あんた、行くとこあるの?』
『・・・』
『アタシと働け』
『え?』
『アタシと、アタシの居場所なら』
『・・・』
『あんたを守れる』
2003年10月27日午後10時30分。ハリー・ホプキンス二階39卓。
「そういう訳でお世話になってます」
「アタシの居場所なら守れる、ってか・・・」
「たっだいま・・・何話してたの?」
「彩さんは素敵な人だって、話してたんです」
「?」
今日のように何件か回った後に入間組に顔を出す。
ここで彩雲会の沿革の説明をば。元帝国陸軍少将沢井宗一郎により、戦後の混乱期の為に無法地帯と化した黒刻町の治安回復の役割を担う自警団を作った事から生まれたのが「彩雲会」。その直系団体の一つで俺が食客として招かれているのが「入間組」である。主として黒刻町の治安を担うと共に町の護衛業の元締めを行っている。
2003年10月27日午後11時37分。彩雲会直系入間組本家正門。
「「「「「「お疲れ様です!」」」」」」
「お邪魔します。組長居ますか?」
「ご案内します!」
前述した通り黒刻町の女神の一人として君臨する入間恵。文武両道で責任感の塊。冷静だが内に熱いモノを秘め、男勝りな性格から町の女性達からも人気がある。あとレズ。
2003年10月27日午後11時55分。入間組本家組長室。
「夜分遅くに失礼してます」
「ご苦労、町は変わりない?」
「俺の目には平和に見えました」
「私らも勿論見回りはやってるけど君は違う目線でこの町を見てるからね。必要な力として私は君を見てるけど、迷惑に思ってたらいつでも言ってね」
「迷惑だなんて。あり得ませんよ、俺がこの町で自由に動けるのも組長のお陰なんですから」
「なんにせよ、食客として招かせてもらってるんだ。なんでも好きに言ってね」
「恐れ入ります」
「夕飯は?食べた?」
「『夕飯』は、まだ」
「今は何が足りてないの、野菜?」
「たんぱく質とコレステロール・・・卵料理が食いたいですね」
「じゃあオムレツにしよう、お米は?食べる?」
「足りてます」
「じゃあオムレツだ、ちょっと待ってなさいな」
「わーい」
2003年10月28日午前0時25分
入間組長の表の顔は大衆食堂「護」の女将。安くて上手い、超人気店でマスコミからの取材依頼が殺到しているが裏の立場が立場なので全て断っている。そんな彼女の得意料理がオムレツ。ここでこれを食べるためにコレステロールは控えている。卵二十個を豪快に使った俺のための特別なオムレツ。他の味などいらない、卵そのものの味を楽しみ体に取り入れる。
「美味しい?」
「美味しいれふ!」
「ただ焼いてると思ってるかもしれないけど、色々気を効かせてるつもりだよ?」
「伝わってますから大丈夫ですよ、ちゃんと」
2003年10月28日午前0時48分。
入間組組員用大食堂。
「ごちそうさまでした」
「はいよろしお上がり。浜風に戻るの?」
「ええ、栄が待ってますんで」
「そ、太夫に『よろしく』お伝えなさい」
「はーい」
因みに入間組にも一室頂いている。気が向いたときに使わせてもらっており本当に気が向いたら使って気まぐれに何日か泊まったりと宿屋感覚で使ってるけど何にも文句言われないしまた来いと言われる。不思議だ。
2003年10月28日午前2時
見回りも終わり入間組に顔を出し終わると浜風屋に帰る。帰ってくる時は正面玄関から。
「いらっしゃいま・・・旦那ぁ!お帰りなさいませ」
「ただいま串田。晩飯ある?」
「ワンポンドステーキをブルーレアで。サラダもたっぷりご用意しております!」
「やりい」
2003年10月28日午前2時15分。三ツ島遊郭浜風屋15階甲の間隠し事務所。
「太夫いる?」
「始様!」
「ただいま帰りました」
「お帰りなさい・・・」
2003年10月28日午前2時37分。三ツ島遊郭浜風屋15階甲の間。
夜食を太夫と囲む。これが二人のリラックスタイムなのだ。オムレツ?あれはおやつだろ。
「黒刻町の女神達と仲良くさせて貰ってるってんだから、人生わかんねえもんダナ」
「?女神?」
「自覚が無いってのがな・・・」
高級ホテルの食事に勝るとも劣らない浜風屋の夜食を食べながら栄と談笑する。
「そういえば始様、最近女の子達の間で噂になってる占い師」
「占い師?」
「的中率百%らしいですわよ?私も占って欲しいわあ」
「絶対当たってるってこと?超能力だろ」
「始様は占い信じます?」
「うーん、百は信じないなあ。良い結果は信じるけど悪い結果は信じないよ」
「良いも悪いも絶対当たるらしいですわよその占い師」
「なんじゃそれ、神か。何処かに店構えてんの?」
「それが神出鬼没、道端で占ってるらしいの。何時かも何処でやるかも決めてないみたい」
「うん、俺見たこと無いわ」
「えっ、無いんですか?あんなに毎日この町を歩いてるのに」
「うん、無い。なんで?」
「いーえ?無いんだなあ・・・って」
「会ったこと無いんだったら会ってみたいな。意識してみよう」
2003年10月28日午前3時2分。三ツ島遊郭浜風屋15階甲の間。
「あら、もうこんな時間」
「あ、見回りか。」
俺の見回りが終わったら今度は太夫の見回りが始まる。店の営業はキチンと行われたか。設備は壊されてないか。足抜けした者はいないか・・・等々。遊廓全フロア全階を隅々まで見回る。
この世には目に見えているものでも手抜かりがある人は大勢いるが串田や他の奉公人は自分の仕事、目に見えているものには絶対に抜かりが無い。よって栄は彼らに見えていないものを見ようとする。彼女の良いところは見えていない者に対して見えていないことを責めたりはしない。見えているものをしっかり見ている事を彼女は評価出来る。
2003年10月28日午前3時。三ツ島遊郭浜風屋1階中庭前廊下。
「お庭の池、色がちょっと濁ってきたかも」
「俺がやろう。明日の昼は空いてるから出来るし、男衆何人か貸して」
「分かりましたわ、高圧洗浄機は裏手の倉庫の中です」
「分かった。借りるよ」
「何かあの植木元気無い気がする」
「同級生に樹木医がいる。明日連絡してみよう」
「ここのお湯、出が悪い気がする」
「ボイラーのパイプが外れかかってたから直してきた」
「お客様から口紅の色が変わったって言われたって報告があるのだけれど」
「製造元の会社、取引先が変わって成分もちょっと変わったらしいぞ」
「部屋に蜘蛛が出たって」
「追い出してきた」
「オリオン座ってどちら?」
「あっち」
「始様は何でも応えてくださるのね」
「何でもは応えられんさ。応えられる事だけだよ」
「でも断らないじゃない」
「応えられるからだよ」
「あとは・・・」
「次は?」
「正門!」
二十歳になってからほぼ毎日見てきた浜風屋の正門。これだけでも建てられて何年経つのだろうか。壮大で威厳を持ち、これに気に入られなければ店自体に入れないような。そんな気が・・・
「だとしたら駄目だろ」
「?何が?」
「やっぱり入った人を温かく迎えてやらなきゃあ」
「それは串田達の仕事。門の仕事じゃないわ」
「そっか」
「門は外的から中を護る為の塀と外を繋ぐ場所なんですから。厳つくないと」
「ほほう」
「私はこの門大好き。アタシ達を守ってくれてる気がします」
門の扉は鉄製にも関わらず色々な傷が付いている。何かをはじいたような傷や少し凹みのようなものがあるようにも見受けられる。
「色んなものを守ってきたんだなあ」
「・・・始様も、守ってくださってますわ」
「比較するんじゃないよ・・・年季が違わあ」
「大事なのは想いでは?」
「なら俺はこの世から争い事を無くせてるさ」
2003年10月28日午前4時30分。三ツ島遊郭浜風屋地下駐車場。
何もなければ部屋に帰る。今日はだいぶのんびり出来た。平和な夜だった。
「始様待って・・・とと」
「栄、置いてくよ」
「旦那、いつも思っとりましたがこの車見た目の割に静かですなあ」
「今スロットルとパワー絞ってる状態だから、ここのダイヤルで切り替えられるんだ・・・」
「お待たせ致しました!串田、戸締まりよろしくね」
「ようがす。お迎えはいつも通りで?」
「お昼から始様が庭池のお掃除をしてくれるの。13時で良いかしら、始様」
「大丈夫だよ、起きてるだろ」
「始様と一緒に来るから迎えはいらないわ。あと始様のお手伝いで今日早番の男衆に召集かけておいて!」
「じゃ、おやすみ」
「お二人ともお気をつけて。おやすみなさいませ」
全ての業務が終わった後。二人で俺の部屋に帰るその途中を俺は楽しみとしている。
「怖かったら言うんだぞ」
「ヘッチャラよ」
2003年10月28日午前4時45分。五国環状高速道路、通称「五状」。
ストリートの走り屋が集い、日々切磋琢磨しているこの場所は夕方を過ぎればそれを見るため、また共に走るために黒山の人だかりが出来るが夜明け前になれば流石に人もいなくなる。これくらいの時間を狙いハイスピードクルーズを二人で楽しむのもまた日課とも言える。田舎から出てきて五年。山で走っていた時代から平均速度二百キロの世界への転向。
「ポルシェだわ」
「猪崎さんだ」
白のポルシェ993ターボに乗る猪崎真一さん。この界隈のトップランカーの一人であり、孤高の天才と呼ばれている某医大の総長。
「後ろにスープラね」
「80だから島田さんだ」
JZA80スープラの島田悦子さん。同じくトップランカーの一人で元女優のフラワーアーティスト。
「ちょうど良いや。この二人に引っ張って貰おう」
トップランカーと言われる二人だが今日乗っている車は二人とも本気仕様では無い。恐らく俺と同じように誰もいない時間を狙いお気に入りで出てきたようだ。まあ俺は何台も車は持っていないので一張羅なのだが。二人についていくためにちょっとだけリミッターを外す。SR20DE+ヤマトワークスTEAR・D5ターボに換装した俺のZ32は出来るだけオールラウンダーに戦えるように最大馬力も350程度のSR20DET。まあでもこのペースなら十分着いていけるのだけれども。
難しく作りましたと言わんばかりの五状の道は時に激しく、時に緩やかに作られており、首都高以上のトリッキーな道である。その道を三台はスムーズに流れていく。誰か曰くフライパンの上に落としたバターのように。
「一台の時より走りやすそうだね」
「そりゃ最高のペースメーカーがいてくれるからなあ」
一台の車が合流してきた。白のFD3S。
「土橋さんだ」
土橋直人さんは人よりちょっと多めにお給料を貰っている普通の独身サラリーマン。次の日が休みの日じゃないと走りにこない週末走り屋。しかしながら五状を知り尽くした正にマイスターで並みの走り屋では着いていくことすら困難。氏曰く「ここでしか走ってねーからなあ」。
「わあいオールスターだ」
前を譲ろうと左車線に寄ると同じように左に寄ってパッシングして来た。
「前走れだって」
「うわー見られる」
五状最強の三人に混じりながら気持ちよく流す・・・と行きたいところだが俺的にはこの二人に引っ張ってもらいつつ土橋さんにドライビングを見られるという緊張感も心の中には存在した。暫く流した後四台でSAに入る。
2003年10月28日午前5時20分。五国環状高速道路出水サービスエリア。
「おつかれさんですー」
「うわーいハジー君!栄ちゃんも一緒だー!」
「わーいおひさです島田さん」
「また上手くなったな。よっぽど走ってると見える」
「猪崎さんも衰えしらずですわね」
「まだまだ若いもんには負けませんぞ・・・と。土橋君下りてこないな」
「電話してるわー」
「うえーもう6時ですよ」
2003年10月28日午前5時30分
「お待たせしましてお疲れ様です皆さん」
「電話はもう良いんですか?」
「栄太夫のお口利きで出世出来たのは良いんですけど、もっと忙しくなっちゃって・・・五状に上がるのも1ヶ月振りでして」
「だからハジーを前に行かせて」
「そっ、引っ張って貰おうと」
「うへー、俺なんかが」
「十二分に上手だよ。俺なんて二十年走ってるのにもう追い付かれてる」
「いやいやそんな」
「天才天才、この子天才」
「やめてくださいよ」
「会長にもうちょっと暇があってお給料も同じくらいの位置付けないかお伺いしてみますわ!」
「いやいや栄太夫。多分今くらいが俺の性にあってんのかもしれないって最近思わんでもないっていうか」
「どうですか総長先生」
「過労で倒れて一生カテーテル生活がオチと見えた」
「土橋さんの行く末は任せてください!」
「ええー・・・」
この五人だからこその掛け合いを楽しみながらタバコとコーヒーを飲む。近況を報告したり走り屋の情報を教えてもらったり。
「そういえばハジーはさ、この時間帯しか走んないの?」
「ここ二年は敢えて今くらいの時間ですね。皆さんにも会えるし、栄の仕事もこれくらいに終わるし、ちょうど良いかなって」
「じゃあ逆に若い子たちがどうこうっていうのは知らないんだ」
「知らないし興味湧かないですよね。誰が一番速いとかどっちが前にいたかとか競技ならまだしもストリートに関しては全然・・・」
「このオッサンはその辺敏感だもんね~」
「誰がオッサンだってえ!?まだまだ若いもんには負けないぞ!」
「じゃああの子。インプレッサで最近頭角表してきたあの子」
「誰ですかそれ」
「あー、その子なら山下って名前だったハズ」
「土橋さん知ってるの?」
「うんー、会社の女の子に言われた。メチャメチャイケメンの走り屋がいるんだーって。俺もそこで知ったけど」
「どんなやつだ」
「いや、正直全然。その女の子も見に行った方が良いですよって言ってただけだし」
「なんじゃい」
時計を見てみる。針は朝6時過ぎを示す。すでに五状の道は車が増えてきた。
「あ、もうこんな時間だ」
「わしらも帰るかい」
「オッサン、撃ち落としに行くなら連絡してよね。負けっぷりを見物しに行ってあげるんだから」
「そう簡単にやられてたまるかい」
「俺もそろそろ寝たい・・・」
「では皆様、また」
「ああ、気を付けてな」
SAを出る。
2003年10月28日午前6時。五国環状高速道路。
栄はその若い走り屋が気になるらしい。
「山下・・・ですって」
「この五状で名前を広めるってのも並大抵の事じゃない。よっぽど速いんだろうが・・・興味あるの?」
「始様がどうでも良いのなら私もどうでも良いわ」
強がりである。
「そ。ま、猪崎さんが落とされるってんなら話は別だけど。そうそう無いだろ」
「この五状でインプレッサという選択は、どう?」
「ふーん。EJ20ターボに四駆、とあるワークスは600馬力を出したと聞く。それだけのパワーを許容するパワーユニットだし結構ドンピシャじゃないか。馬力を使いきれるセットアップならの話だが」
「気にしといてあげましょうか」
「いいよどうでもいい」
と、まあ大体こんな1日。結構楽しいもんさ。毎日が刺激的で日々何かがあるーまあ今日は何もなかったけれどもーそれはずっと心の中で待ち続けていたことなのかもしれない。
2002年8月1日午後6時47分。中山第一ビル5階バー・キャラミ。
入間組の円大悟と話した時の事。
「中森の兄貴はあれなんですか。日々戦いを求められてるんですか」
「?なんで?」
「いやだってそうじゃないですか。この町って今はだいぶマシになってきましたけど中々騒がしいところで、しかも浜風の栄太夫の専属用心棒でウチのお仕事にも協力して頂いてて。平和に暮らせないじゃないですか?それは自分で選ばれてらっしゃるんですか?」
「そうな。自分で選んだ道だわ」
「でしょう。でもそれって兄貴がそういうことが好きだからってことだと思うんですが」「う~ん、好き、か~。心の奥底、俺のわからない俺自信はもしかしたら思ってるかもしれないけど・・・俺自信は・・・そうだな、格好つけて言うと困ってる人が目の前にいるから、かな~。そりゃ俺だって助けられない場合も勿論あるよ。でもね、手を伸ばせば届くんだよ」
「つまり自分のキャパシティの内ってことですか」
「だと思ってる。戦争を失くすとか宇宙人から地球を守るとかだったら無理かもしれんけど、少なくともこの町で守ってきたものとか助けてきたものーまあその時はそんなこと思ってない。手伸ばそうと思って伸ばしたら届いただけの話なんだけどーそれらに関しては出来ると思ってやって、結果出来たって事だと・・・思うんだけど。どうかね」
「だと思いますよ。俺自信も・・・いや、それは分かんないですね、まだ」
「大悟はあれだよ。なんか知らんけど体が勝手に動いてるんじゃないの」
「反射ですか」
「じゃないかな。大悟レスポンス良いもんね。言われない?」
「初めて言われたと思います」
「みんな分かってるんじゃないの、実は」
「そうかな~」
まだまだ俺は答えを見つけられない。
コメント
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読み終えました。いやあ、この世界観の作り込みがすごいですね。主人公・始が黒刻町を守るために人を覚え、店の伝票から経済状況を読むところとか、細かいディテールがガッツリ効いてて、この町がリアルに立ち上がってくる感じがしました。それだけの準備と覚悟があって、それでも「困ってる人が目の前にいるから手を伸ばす」ってスタンス──ハードボイルドの理想像にちゃんと肉薄してる。栄太夫をはじめ、彩雲会の面々との距離感も絶妙で、この先どうなるか気になりますね。キスの要素はまだ控えめでしたが、これがどう戦いの後に繋がるのか、続きを楽しみにしてます。