テラーノベル
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暗闇の中。瑠衣は立ち尽くしていた。
耳の奥に、昔の声が響いている。
『女の子らしくしなさい』
『言われた通りにしろ』
『そうすれば怒らない』
「……っ」
瑠衣は耳を塞いだ。
「瑠衣!」
仁の声がする。
「……仁」
「俺の声を聞け」
「……」
「こっちを見ろ」
瑠衣はゆっくり顔を上げる。
暗闇の中でも、仁の姿だけは分かった。
「……ここは」
「ああ」
「……あの家じゃない?」
「違う」
「……そっか」
仁は瑠衣の腕を掴む。
「行くぞ」
「うん」
その瞬間。
――バンッ!
施設の奥から大きな音が響いた。
杖道が振り向く。
「来るぞ」
「おっさん、分かるの?」
「足音だ」
「すげぇ……」
「感心している場合か」
「はい!」
三人は廊下を走り出す。
背後から複数の足音が近づいてくる。
「仁!」
「分かってる」
仁が角を曲がる。
「こっちだ」
「何で分かるの!?」
「出口の位置くらい把握してる」
「さすが!」
杖道が後ろを確認する。
「仁、右だ」
「分かった」
三人はさらに走る。
だが。
瑠衣が突然立ち止まった。
「……」
「瑠衣?」
仁が振り返る。
瑠衣は、廊下の壁を見つめていた。
「……ここ」
「何だ」
「知ってる」
「……」
「俺、ここに来たことある」
仁と杖道が顔を見合わせる。
「いつだ」
「分かんない」
瑠衣は頭を押さえる。
「でも……知ってる」
「無理に思い出すな」
杖道が言う。
「大丈夫」
「瑠衣」
「……大丈夫だから」
瑠衣は壁に手をついた。
その瞬間。
頭の中に映像が流れ込んできた。
――七歳の自分。
――手を引く母親。
――暗い廊下。
『瑠衣、こっち』
「……母さん?」
『静かにして』
『誰かに見つかったら駄目』
小さな瑠衣が母親の手を握っている。
『母さん、どこ行くの?』
『あなたを連れて行くの』
『どこに?』
母親は答えない。
ただ、走っている。
そして。
一つの扉の前で止まる。
『ここよ』
『何ここ?』
『……あなたを守ってくれる場所』
母親が扉を開く。
その向こうに――
3
一人の少年がいた。
「……!」
瑠衣が現実に戻る。
「仁……」
仁が見る。
「どうした」
「俺……」
瑠衣の顔が青ざめる。
「昔、仁に会ってる」
「……」
「七歳の時」
仁も少し目を見開く。
「何?」
「母さんが……俺をここに連れてきた」
「……」
「その時」
瑠衣は仁を見る。
「仁がいた」
しばらく。
誰も言葉を発しなかった。
「……俺も」
仁が言った。
「覚えてる」
「え?」
「はっきりとはしない」
仁は目を閉じる。
「でも」
「……」
「母親に連れられた子供がいた」
瑠衣の目が大きくなる。
「俺?」
「おそらく」
「……」
「泣いてた」
「俺が?」
「ああ」
瑠衣は少し驚いた顔をした。
「……俺、泣いてたんだ」
「覚えてないのか」
「全然」
仁は少し考える。
「その時、お前の母親が俺に何か言った」
「何て?」
「……」
仁は思い出そうとする。
「『この子をお願い』」
瑠衣の目に涙が浮かぶ。
「……」
「それから」
仁は続ける。
「『この子が自分らしく生きられるようにしてあげて』」
瑠衣は唇を噛む。
「……母さん」
その時。
背後から声。
「思い出したか」
三人が振り返る。
父親が立っていた。
「……父さん」
「美咲は、あの日からずっと間違っていた」
瑠衣が睨む。
「母さんは間違ってない」
「お前には分からない」
「分かる!」
瑠衣が叫ぶ。
「俺のことを守ろうとしたんだろ!」
「守る?」
父親が笑う。
「違う」
「……」
「お前は何も知らない」
仁が前に出る。
「なら説明しろ」
「司波仁」
父親が仁を見る。
「お前の父親も同じことを言った」
仁の表情が変わる。
「……父さんも?」
「ああ」
「何を知ってる」
「お前の父親は、最後まで美咲を逃がそうとしていた」
仁が黙る。
「そして」
父親が瑠衣を見る。
「お前を守ろうとした」
「……」
「だから、二人とも死んだ」
瑠衣の顔が強張る。
「……え?」
杖道が眉を寄せる。
「待て」
「瑠衣の母親だけではない」
父親が言う。
「司波仁の父親も、あの計画に巻き込まれた」
仁の目が鋭くなる。
「……何をした」
「計画を止めようとした」
「……」
「だから殺された」
仁の拳が強く握られる。
「……」
瑠衣が仁を見る。
「仁……」
「大丈夫だ」
仁はそう言った。
けれど。
声はいつもより低かった。
父親が続ける。
「お前たちは、最初から計画の中心にいた」
「俺たちが?」
「ああ」
「どういう意味だ」
「それは――」
その瞬間。
――ドンッ!
施設が揺れた。
「何だ!?」
杖道が周囲を見る。
警報が鳴り始める。
赤いランプが点滅する。
『施設内に異常発生』
『施設内に異常発生』
「……爆破か?」
仁が言う。
父親の姿が暗闇の向こうへ消える。
「待て!」
瑠衣が叫ぶ。
だが。
もう姿はなかった。
「追うぞ!」
仁が走り出す。
「うん!」
三人は出口へ向かう。
施設がさらに揺れる。
天井から破片が落ちてくる。
「危ない!」
杖道が瑠衣を引き寄せる。
――ガシャッ!
大きな破片が床に落ちる。
「おっさん!」
「怪我はない」
「よかった……」
仁が振り返る。
「二人とも大丈夫か」
「うん!」
「問題ない」
「なら走れ」
三人は出口へ向かう。
そして。
外へ飛び出した瞬間。
――ドォォォン!
背後で施設の一部が崩れた。
「……」
三人はしばらく無言だった。
瑠衣が振り返る。
「……父さん」
仁が言う。
「逃げられたな」
「うん」
杖道が瓦礫を見る。
「だが、手掛かりは残った」
「……」
瑠衣が言う。
「俺、思い出した」
「何を」
「七歳の時」
瑠衣は自分の胸元を握る。
「母さんが俺を仁のところに連れてきた」
「……」
「そして」
瑠衣は仁を見る。
「母さんは、仁に俺を守ってほしいって頼んだ」
仁は頷く。
「そうだな」
「でもさ」
瑠衣は少し笑った。
「その時の俺、仁のこと覚えてないんだよな」
「俺もだ」
「なんでだろ」
「……」
杖道が言う。
「何かあったんだろう」
「何か?」
「ああ」
「じゃあ」
瑠衣が仁を見る。
「それも調べよう」
「当然だ」
仁は答えた。
その夜。
ホークアイズの事務所。
瑠衣はソファに座っていた。
「……」
仁が資料を整理している。
杖道はコーヒーを飲んでいる。
いつもの風景。
だけど。
瑠衣は何度も自分の手を見る。
「……」
「どうした」
仁が聞く。
「いや」
瑠衣は笑う。
「七歳の俺ってさ」
「うん」
「仁に会ってたんだな」
「ああ」
「なんか変な感じ」
「そうか」
「でも」
瑠衣は少し笑った。
「母さんが俺を仁のところに連れてきたって知って」
「……」
「ちょっと安心した」
「何で」
「俺、ずっと」
瑠衣は俯く。
「母さんに捨てられたんだと思ってたから」
仁は何も言わない。
「でも違った」
「……」
「俺を守るためだった」
瑠衣は小さく笑う。
「それが分かっただけでも、よかった」
仁が資料を置く。
「瑠衣」
「何?」
「母親は、お前を捨ててない」
「……」
「それは覚えておけ」
瑠衣の目が潤む。
「……うん」
「それと」
「?」
「お前はもう、誰かに決められた通りに生きなくていい」
瑠衣は少し笑った。
「……分かってる」
「ならいい」
「仁」
「何だ」
「俺」
瑠衣は笑う。
「これからは、自分で決めるよ」
「……」
「女の子として生きるかとか」
「……」
「男の子として生きるかとか」
「……」
「そういうことじゃなくて」
瑠衣は胸に手を当てる。
「俺は、俺として生きる」
仁は少しだけ目を細めた。
「それでいい」
杖道が静かに言う。
「それがお前だ」
瑠衣は二人を見る。
「……ありがとう」
その時。
机の上に置いていたパソコンが突然鳴った。
「ん?」
仁が振り返る。
画面には一件の新着データ。
送信者――
物怪美咲
「……!」
瑠衣が立ち上がる。
「母さん!?」
仁が画面を開く。
そこには短い動画が一つ。
再生する。
画面に映った美咲。
『瑠衣』
瑠衣は息を止める。
『あなたがこれを見ているということは、きっともう、あの人のことを知っているでしょう』
『そして』
美咲は少し悲しそうに笑う。
『司波仁にも、会ったのでしょうね』
仁の目が変わる。
『二人には、どうしても伝えなければならないことがあります』
一瞬。
画面が乱れる。
そして。
美咲が言った。
『あなたたちは――』
映像が止まった。
「……え?」
瑠衣が画面に近づく。
「今、何て言おうとした?」
仁が操作する。
しかし。
再生できない。
「壊れた?」
「いや」
仁が画面を見る。
「誰かに止められた」
「……」
杖道が立ち上がる。
「仁」
「ああ」
「これは」
仁は頷く。
「まだ続きがある」
そして。
画面の隅に。
一つだけ残された文字。
『地下三階』
瑠衣が呟く。
「……地下三階」
仁が立ち上がる。
「行くぞ」
「どこに?」
「ここだ」
「え?」
仁は研究施設の資料を広げる。
「旧・第七研究区画」
「……」
「まだ調べてない場所がある」
瑠衣が目を見開く。
「地下三階……」
杖道が言う。
「美咲は、そこに何かを残したのかもしれんな」
瑠衣は頷いた。
「行こう」
仁を見る。
「今度こそ、母さんの言葉を最後まで聞く」
仁も頷く。
「ああ」
その時。
瑠衣はまだ知らなかった。
地下三階に残されているのは――
母親からのメッセージだけではない。
七歳の瑠衣と仁が出会った「あの日」に隠された。
二人だけの秘密だった。
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おお…第6話、一気に重くて深い話になってきましたね。 瑠衣が七歳の時に仁に会っていた、しかも母親が「この子をお願い」って託していた——あのシーンは胸が締め付けられました。瑠衣が「捨てられたと思ってた」って言うところ、すごく切なかったです。 仁の父親も計画に関わってて、しかも美咲からの動画が途中で止まって「地下三階」って…もう続きが気になって仕方ないです。設定と伏線の貼り方が本当に巧いなと感じました。