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下野国 祇園城 小山晴長
下野屋にはああ言ったが、現在我が国と大陸、つまり明などの国との交易は簡単な状況ではない。
足利義満が始めた明との貿易、朝貢──遣明船の明への派遣は応仁の乱以降山口を拠点とする守護大内家と堺に勢力をもつ管領細川家、博多や堺の商人が主導するようになっていたが、一五二三年に明で起きた日本の外交使節団による大規模な暴行事件であるいわゆる寧波の乱が起きてからは大内と博多の商人が遣明船の利益を独占するようになっていた。
また明側が遣明船の派遣を十年に一度、船の数や人員も制限しただけでなく、外国との交易を制限する厳しい海禁令を敷いていたこともあり、余計に大内や博多の商人に日明貿易の利益が集中している。当然小山家が一枚噛もうと大内家に取り入っても相手にもされないだろう。同じ守護とはいえ、官位も勢力も大内が圧倒的に上。つまり正攻法では明との交易はほぼ不可能であった。
だがひとつだけ突破口がある。それは倭寇との密貿易だ。明の海禁令には大陸側の人間も不満を抱いており、一昔とは違って現地人が倭寇として日本との密貿易を図っていた。危険は高いが火縄銃を手に入れるにはこの手段しかない。
とはいえ倭寇は西日本と明や朝鮮の沿岸部を拠点にしており、東国にいる小山家にはそもそも倭寇とのつながりもない。だからこそ下野屋のつながりに縋るしかないのだが、果たして信用足る者だろうか。
半月後、下野屋がふたりの若者とその従者らしき者たちを連れて祇園城に現れる。ふたりの若者は見たところ俺と年齢が近そうだったが、その瞳は商人のものだった。
「お初にお目にかかります。堺の天王寺屋が倅、津田助五郎でございやす」
「同じく堺の銭屋が倅、銭屋夢次郎と申します。この度は店の主である父の代理として参りました」
「彼らは堺でも屈指の豪商である天王寺屋と銭屋の後継ぎでございます」
下野屋が平伏するふたりに視線を向けて俺に紹介する。
「ほう、あの堺の商人か。ふたつとも噂では聞いている。なんでも都でも名が知れ渡っているそうだとな。しかしまさかそなたが紹介してきたのが堺の商人とは思いもしなかったぞ」
「実は某は堺にて武野紹鷗という方に茶の湯を師事しておりまして」
「武野紹鷗だと?あの武野紹鷗か?」
茶の湯で武野紹鷗といえばあの千利休の師で有名な人物ではないか。
俺が思わず声を上げたことに下野屋だけでなく平伏しているふたりもビクッと身体を震わせた。
「えっ、守護様は武野殿をご存知なのですか?」
「あ、ああ……噂に聞いていた程度だが。あの三条西殿から教えを受けていたそうではないか」
「そこまでご存知だとは恐れ入れました。話を戻しますと、彼らの父も武野殿から教えを受けておりまして某とは同門なのです」
下野屋が言うには当初は田舎者として堺の商人から良く思われなかったそうなのだが、彼らの父である津田隼人と銭屋宗仙は焼酎や石鹸を取り扱う下野屋に興味を抱いていたようで初期から親交があったらしい。特に津田隼人は堺の自治をおこなっていた会合衆のひとりで堺の中でも屈指の権力を誇っていた。その隼人に気に入られた下野屋は都だけでなく堺にも商いの手を伸ばすことに成功したという。
そんな付き合いがあるふたりに今回の件について話してみたところ、両者から是非と前向きの答えをもらったそうだ。両者は交易商として九州との交易もしていたが、それだけでは満足できず、一部の博多の商人と結託して危険もあるが利益も見込める倭寇との密貿易にも関与していた。そして石鹸や焼酎などで朝廷や管領細川家からの覚えもめでたい小山家と繋がることは互いの利益になると判断したらしい。
まさか堺のふたつの豪商の協力が得られるとは思わなかった。どうやら下野屋は俺が思っていた以上に交流が広いようだ。だがこれは好都合だ。今回来たのは当主の息子だがこの場にいるということはある程度の権限は有しているのだろう。
「頭を上げほしい。今回そなたたちに依頼したいのは他でもない。大陸である物を仕入れてほしいのだ」
「ある物とは……?」
助五郎が疑問を呈すると、俺は治部に合図してふたりに他言無用として火縄銃が描かれた紙を見せる。
「天王寺屋と銭屋にはこの紙に描かれた物を可能であれば二丁ほど手にしてほしい。噂によると形式が異なる物もあるそうだ。できるだけここに描かれた物に似たやつを頼む」
じっくりと紙に描かれた火縄銃の図を凝視し続けるふたりは小声で短く何か言葉を交わす。
「そうだ。軍資金というわけではないが、こちらからは金銭や焼酎、石鹸、踏鞴戸村産の刀などを提供しよう。おそらくかなりの値になるだろうから、これらを上手く換金して購入費用に充ててほしい」
俺のその一言で腹を括ったのかふたりは頷きあうと夢次郎が口を開く。
「かしこまりました。正直初めて見る代物ですがなんとか探してみせましょう」
「助かるぞ。こちらからは大陸の言葉がわかる小山の人間を数名、ふたりに付けよう。うちひとりは足利学校出身だというから役に立つはずだ」
交渉は成立し、津田助五郎と銭屋夢次郎は小山の人間と俺が提供した軍資金を手に堺へと戻る。堺に同行した小山の人間には天王寺屋と銭屋の動向を知らせるように指示している。下野屋の紹介を信頼しないわけではないが、あちらと小山との間につながりがない分、いつどう事態が急変してもおかしくない。
おそらく倭寇との密貿易と経て無事に火縄銃が手に入った場合でもこちらに届くまで年単位はかかると見ていいだろう。平兵衛の開発も時間がかかるだろうし、火縄銃関連の動きが活発になるのはしばらく先の話になるはずだ。それまでは飢饉や洪水対策、そして飛山宇都宮についても色々と考えなければならないな。
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