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八雲瑠月
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一万文字の短編を書け。 そう命令して幾分かの時間が過ぎた頃、若葉は色濃く立派に生い茂り、風の音を知らせてくれる季節へと変わっていた。
バイトが終わった四月末の祝日。大型連休前だからか客が多くて疲れたなとスマホを手に取ると、ようやくあいつから「添削をお願いします」と連絡がきていた。
小説の添削。つまり自作を他人に読んでもらい、文章や構成、内容について改善案を受けることだ。
ったくよ、どんだけ時間かかってんだよこいつは?
これだから、リア充は。
くだらねぇやっかみだとは分かってるが、俺やアイツは空き時間全てを執筆に充てていた。だからこそ、どうにもイラついてちまう。
とりあえず、くだらねぇ思念は置いといて、小説を読んだ率直な感想をいうと、まあまあって感じだな。
まだ軸を一点に絞れてねぇと感じる場面はあったが、そんなの何作か書けば段々と分かってくるもんだし問題ねぇ。
だからもう一作書くように命令したが、それから二週間が経った今日。あいつは一向に連絡してこねぇ。
あと一週間で入学して初めての中間テストもあるし、短編なんだからさっさと書いちまえよ!
バイト上がり、誰もいねぇ家にダラダラと向かってると、道中に見る白浜の海は真っ暗で街灯の灯りでかろうじて見えるぐらいだ。
海風に当たっても寒みぃと思わなくなり、桜の並木道は青々とした葉が今日もサワサワと揺れる。
……もう、書くの嫌になっちまったんじゃないか?
一瞬止まったのかと錯覚する心臓は、ドクドクドクと激しく鼓動を鳴らす。
アイツの心が折れたのも、五月だった。初めは五月病かと思ってたけど、そのまま。
おい、待て!
制服のズボンに突っ込んどいたスマホを取り出し、メッセージアプリを起動させる。
やはり最後のやり取りは二週間前で、それほどの時間が経っていたら断筆しててもおかしくねぇ。
衝動的に俺の指は通話ボタンに伸びていた。
ピコン。
波に消えそうなほどの小さな通知音に関わらず、俺の体はビクンとなる。
落としそうなったスマホをなんとか掴み凝視すると、そこにはまた俺の心臓を掴むような一文があった。
『遅くなりました。どうか、お願いします』
単調な文章に相反して、焦るうさぎが走っているスタンプにどこか腑抜けてしまう。
……何だよ、こいつ。全く、おせーんだよ。
もう少しで電話するところだっただろ? そしたら俺は……。
いつも間にか早くなっていた足取りは瞬時に止まり、俺はまたスマホを取り出して眺める。
おい、メッセージアプリって既読機能があるよな?
ブワッと冷や汗のようなものが流れ、先程まで心地良かった風は急に冷たく感じる。
メッセージ送ったら直ぐ既読になるって、普通にホラーだよな? こいつ、ずっと見てんのかって。
やべえ、これやべーよな?
気付けば俺は何とも言えない感情に走り出すが、あのうさぎのスタンプみたいに汗をかきながら走る姿がシンクロしちまって、どうにも笑えてくる。
家に着いた俺は、確かメールには既読機能とかねーよかとか考えながら開く。
一文字すらも取りこぼしがないようにと熟読して、終わっては最初に戻っていて、三十分後にはメッセージアプリを開いて返事を打ち込んでいた。
返事は明日。そっけなく、ダルそうに。
最初に自分に課した誓いなんかとっくに忘れて、衝動のまま。
総評としては確実に良くなっている。
テーマを親子愛一本に絞ったことにより、主人公が母親から自立出来ない理由や心情、自分の思った通りに行動を起こす成長、母親と向き合い同時に自分自身とも向き合う主人公の考えとかを上手くまとまってんな。
長編になると軸が増えて、いつの間にか話がとっ散らかってしまう。だから、次は3万文字程度の短編を……。
いや、問題はそこじゃねぇ。
そう思った俺は打ち込んだ長ったらしい文章をスルーして、通話ボタンをタップする。
なんであいつの執筆に対する熱量を疑っちゃまったんだよ?
あいつな遊び呆けていたり、執筆訓練がめんどーで遅れていたわけじゃねぇ。
その理由は、おそらく。
「執筆記録、書いてんだろ? 見せろ」
電話が通じた瞬間に、「もしもし」とかいうつまらねー挨拶も、渡してきた作品の感想や意見でもなく、一方的に要件を告げてしまう。
執筆のことになると一気にテンションが上がって先ばっちまうし、ペラペラ喋って相手ドン引きだろうし、いきなり過ぎんよな?
本当、人間そんな簡単に性格は変わらねーってことかよ。
『え、えーと』
ほら、見ろ。やっべー奴だと思われたじゃねーか。
『ちょっと、待ってくれる』
一旦電話切るね、とわざわざことわってきたこいつから送られてきた画像を見て、一気に顔面が熱くなるのを感じていく。
ゆるいうさぎの絵が描かれた四月五月のカレンダーは紙をカメラで撮ったもので、今時まだ紙の手帳を使ってんのもこいつらしいと感じる。
ところどころスタンプが押されていて、何くだらねぇ加工してんだと思ったが、おそらくそこにはリアルのスケジュールが書き込まれていたのだろう。
ぬ、ぬかった! 俺とかアイツの手帳は執筆記録しかなくて、友達とのプライベートなんて皆無だった。
おい、やべーぞ! これじゃあ俺、女子のプライベートを知りたがってる危ない奴だと思われるじゃねーかよ!