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夜。
目黒は、ベッドの中で眠っている阿部を抱きしめていた。
阿部はすっかり眠っている。
腕の中から聞こえるのは、規則正しい寝息だけ。
目黒はその音を聞きながら、何となく部屋の壁へ視線を向けた。
そこに。
一枚の紙が飾ってある。
『これから二人でやりたいこと』
最初に書いたのは。
『ずっと一緒にいたい』
そこから。
二人で思いつくまま、たくさん書いた。
目黒は、紙を眺めながら小さく笑う。
その中に、自分が書いたものがある。
「……これは難しいかな」
小さく呟く。
でも、やりたいことだから。
書いておくのは自由だ。
目黒は、もう一度阿部を抱き直す。
「まあ、一生あるし」
いつか叶ったらいい。
叶わなくても、また別のやりたいことを増やせばいい。
目黒は阿部の髪へ軽く唇を寄せた。
そのままゆっくり目を閉じる。
次に目を開けると。
目の前に天使と魔王がいた。
「……」
見慣れた光景だった。
テーブル。
ティーカップ。
お菓子。
そして、二人とも普通にお茶会をしている。
今日は、色とりどりのマカロンが並んでいた。
天使がピンク色のマカロンを食べながら手を振る。
「あ、目黒くん」
魔王も黄色いマカロンを持ったまま。
「こんばんは」
目黒は近付く。
「何食べてるの?」
天使が嬉しそうに答えた。
「これ、康二のお供え」
「今回はマカロンなんだ」
「おいしいよ」
魔王も頷く。
「康二、いいものくれる」
完全に餌付けされていた。
目黒は椅子に座る。
「康二、まだお供えしてるんだ」
「してるよ」
天使が答える。
「この前もお菓子あった」
魔王は、マカロンを一つ食べ終えると。
急に楽しそうな顔をした。
「今度、康二と一緒にタイ行くんだ」
目黒が止まる。
「……タイ?」
「うん」
魔王は気にせず続ける。
「康二に案内してもらう」
「康二、最高」
魔王は幸せそうに笑う。
目黒は少しだけ想像した。
康二と魔王。
タイ旅行。
「……康二、大丈夫かな」
天使が笑う。
「きっと楽しいよ」
「まあ、康二なら」
妙に納得できてしまう。
魔王がティーカップを置いた。
そして、ぽつり。
「もっと家賃欲しい」
目黒がゆっくり魔王を見る。
「また?」
「うん」
「前も言ってたよね」
「あの時より欲しい」
「旅行行くから?」
「それもある」
悪びれない。
魔王は、テーブルの上のマカロンを眺めながら。
「もっと住人増えないかなぁ」
と呟く。
「マンション?」
「うん」
少し考える。
「あべちゃんの手下」
「もっとマンションに住んでくれないかな」
目黒は、現実でマネージャーとして働いている三人を思い出した。
「まだいるの?」
「いっぱいいるよ」
魔王が答える。
「あべちゃん、魔王だったから」
「そうだった」
天使が紅茶を飲みながら、ふと思いついたように言った。
「じゃあ」
魔王を見る。
「目黒くんにスカウト行ってきてもらえば?」
目黒が。
「俺?」
と自分を指す。
「うん」
魔王の顔が。
ぱっと明るくなった。
「それいい!」
「何が?」
「目黒くん」
魔王は身を乗り出す。
「あべちゃんが平和にした世界で」
少し間。
「歌ってきてよ」
目黒が瞬きをする。
「……歌う?」
「うん」
「異世界で?」
「そう」
「なんで?」
「スカウト」
「歌で?」
「楽しそうじゃん」
理由が雑。
目黒は、少し懐かしくなった。
あの世界。
阿部が、いつの間にか魔王になって。
モンスターを倒して。
人化の杖を取りに行って。
人間とモンスターが一緒に暮らせる世界へ変えてしまった場所。
最後に見た時にはもう、RPGというより。
のんびりした開拓ゲームみたいになっていた。
「あの世界、まだあるんだ」
「あるよ」
魔王が答える。
「今はかなり平和」
「へえ」
「人間と元モンスター、普通に一緒に暮らしてる」
天使がマカロンを一つ手に取る。
「目黒くんが歌ったら、結構集まるんじゃない?」
「何が?」
「魔物」
「ライブじゃん」
「ライブだね」
「スカウトじゃなくない?」
魔王は笑う。
「集まった中から、現実行きたい子探せばいいよ」
「雑だなあ」
目黒は笑った。
でも、少しだけ楽しそうだと思ってしまう。
もう一度、あの世界へ行く。
今度はただ、歌うため。
そして、阿部が平和にした世界を見るため。
悪くない。
そう思った時、天使が目黒をじっと見た。
天使は少し意味ありげに笑う。
「強欲な目黒くんの願いを叶えられる魔物もいるかもね」
目黒の動きが止まる。
「……強欲?」
魔王が笑う。
「目黒くん、結構欲張りだからね」
「そんなことないけど」
天使と魔王が、同時に目黒を見る。
「あるよ」
声まで揃った。
目黒は少し不満そうに二人を見る。
「何の願い?」
天使は答えない。
ただ楽しそうにもう一つマカロンを取った。
「行けば分かるかも」
「またそれ?」
「夢だからね」
「便利な言葉だなあ」
魔王も笑っている。
目黒はふと、眠る前に見ていた紙を思い出した。
『これから二人でやりたいこと』
その中には。
簡単に叶いそうなものも。
時間がかかりそうなものも。
現実では、かなり難しそうなものもある。
目黒は、天使を見る。
天使は何も言わずにマカロンを食べている。
魔王も妙に楽しそうだ。
「……なんか嫌な予感する」
目黒が呟く。
天使は笑った。
「いい予感かもよ?」
「その言い方がもう怪しい」
魔王は紅茶を飲みながら満足そうに言った。
「とりあえず」
「もう一回、あべちゃんの世界行ってきて」
目黒は小さく息を吐く。
でも、口元は少しだけ笑っていた。
次に目を開けた時。
目黒は、魔王と並んで立っていた。
「着いたよ」
「……うん」
返事をしながら、目黒は辺りを見回す。
そして、しばらく何も言えなくなった。
「……すご」
以前、ここへ来た時とはまるで違う。
魔王城の周りには大きな城下町が広がり、石畳の道にはたくさんの人が行き交っている。
店。
宿。
市場。
小さなカフェのような場所まである。
少し離れた土地には畑が広がり、その向こうには家が何軒も建っていた。
空を飛ぶ魔物の姿もある。
人間と並んで荷物を運ぶ獣人。
店先で客を呼ぶ元モンスターらしき人。
子どもたちは。
相手が人間なのか魔物なのかなんて気にする様子もなく、一緒に走り回っている。
「こんなに変わったんだ」
「うん」
魔王は満足そうに頷いた。
「あべちゃん、すごいでしょ」
「うん」
目黒は遠くまで続く町を見る。
「すごいね」
阿部が魔王だった頃。
モンスターを倒すだけではなく。
人化の杖を手に入れ。
人間とモンスターが一緒に暮らせる世界を作ろうとしていた。
あの時は、まだ途中だった。
でも、ちゃんと続いていたらしい。
目黒は少し嬉しくなった。
そのまま歩き出そうとして。
ふと、自分の格好が目に入る。
黒い服。
黒いマント。
腰には。
見覚えのある剣。
「……」
目黒は止まった。
そして、隣の魔王を見る。
「俺、この格好で歌うの?」
魔王は当然のように答えた。
「うん」
「なんで?」
「目黒くんは、あべちゃんの旦那さん認定だから」
「……旦那さん認定と闇落ち勇者に何の関係があるの?」
「この世界では、その格好の印象が強いから」
「嫌なんだけど」
「似合ってるよ」
「そういう問題じゃない」
目黒は自分の袖を見る。
現実では絶対に着ないような、かなり禍々しい姿だった。
「もっと普通の衣装ないの?」
「あるけど」
「じゃあ着替えたい」
「だめ」
即答された。
「なんで?」
「魔王様の旦那様って、一目で分かるから」
「だから旦那じゃないって」
「法律次第でしょ?」
目黒は少し黙った。
「……まあ」
魔王が笑う。
「ほら」
「何?」
魔王が指を差す。
城下町の中心。
大きな広場。
そこに、簡単なステージが作られていた。
豪華な装飾はない。
照明もない。
セットもない。
ただ、中央にマイクスタンドが一本。
ぽつんと置いてある。
目黒はしばらくそれを見つめた。
「ステージ?」
「そう」
「マイク一本しかないけど」
「一人だから」
「本当に俺だけ?」
「うん」
魔王は楽しそうに頷いた。
「あそこで三十分くらい歌って」
「三十分?」
「大丈夫でしょ?」
「まあ」
仕事なら、三十分以上のステージは珍しくない。
ただ。
相手が人間と魔物。
そして衣装が、闇落ち勇者。
状況がおかしいだけだった。
魔王が一枚の紙を差し出す。
「はい」
目黒が受け取る。
「何これ」
「セトリ」
「用意したの?」
「天使が考えた」
紙を見る。
Snow Manの曲。
その中でも比較的穏やかな曲が中心。
さらに、目黒と阿部で作った曲。
自分が昔からよく歌う十八番。
バラード。
ミディアムテンポの曲。
最後、一番下に。
『MC』
と書いてある。
目黒はもう一度最初から確認した。
「……ちゃんとしてる」
「でしょ?」
「もっと変なの入ってると思った」
「失礼だなあ」
目黒は曲順を見る。
激しく踊る曲はほとんどない。
歌を聞かせる構成。
この格好でも。
剣さえ邪魔にならなければ。
そこまで動く必要はなさそうだった。
「これなら三十分くらい持つかな」
「よろしく」
「MC、何話すの?」
魔王が笑う。
「最後に分かる」
「またそれ?」
「ちゃんと仕事あるから」
嫌な予感しかしない。
開演時間。
目黒はステージ袖から広場を見た。
そして、少し驚いた。
「……多くない?」
かなりの数が集まっている。
人間。
獣人。
小さなスライム。
角の生えた者。
羽のある者。
どう見ても人間ではない姿の魔物まで。
広場を埋めるように集まっている。
「目黒くーん!」
どこかから声が飛ぶ。
その次。
「魔王様の旦那様ー!」
目黒の眉が動く。
さらに、別の場所から。
「旦那様ー!」
「闇落ち勇者ー!」
「魔王様の旦那様ー!」
「……」
目黒は、少しだけ遠い目になった。
魔王が後ろから笑う。
「人気だね」
「俺、歌いに来たんだよね?」
「そうだよ」
「なんか選挙みたいなんだけど」
「何の?」
「魔王様の旦那様候補」
魔王が吹き出した。
「候補じゃなくて確定だよ」
時間が来る。
目黒は小さく息を吐いた。
マイクを持つ。
そしてステージへ出た。
歓声が上がる。
想像していたより、ずっと大きい。
目黒は少しだけ笑った。
「こんにちは」
さらに歓声。
「久しぶりです」
また。
「旦那様ー!」
が聞こえる。
「その呼び方、ちょっとやめてもらっていいですか?」
笑いが起きる。
悪くない。
目黒はそのまま一曲目を歌い始めた。
歌ってみると。
思っていた以上に楽しかった。
最初は、この世界で歌うこと自体が不思議だった。
でも、客席は真剣に聞いている。
静かな曲ではちゃんと静かになる。
少し明るい曲では手を振る。
人間も魔物も関係ない。
音楽を聞いて、楽しんでいる。
目黒は少しだけ嬉しくなった。
阿部がここを平和にしたから。
今、こんな景色がある。
争っていたはずの者たちが。
同じ場所で、同じ歌を聞いている。
阿部と一緒に作った曲へ入る。
その時、客席の何人かが嬉しそうに声を上げた。
「魔王様の曲だ!」
「旦那様と魔王様の曲!」
「だから、まだ旦那じゃないって」
思わず曲の前に返してしまう。
また笑いが起きた。
でも、歌い始めると広場は静かになった。
目黒は歌いながら少しだけ阿部を思い出す。
現実では今頃まだ眠っている。
自分の腕の中で。
きっと何も知らない。
まさか自分が。
以前、阿部が魔王をしていた世界で。
闇落ち勇者の格好をして一人でライブをしているなんて。
想像もしていないだろう。
それを思うと、少し笑いそうになった。
最後の曲が終わる。
拍手と歓声。
目黒は一度頭を下げた。
「ありがとうございます」
そして、セトリを見る。
最後。
『MC』
やっぱり内容は書いていない。
ステージ袖を見る。
魔王が。
大きく手を振っている。
そして。
口の形だけで何か言う。
目黒は目を細める。
「……何?」
魔王が。
さらに大袈裟に口を動かす。
げ。
ん。
じ。
つ。
目黒はようやく理解した。
「ああ」
そういうこと。
マイクを持ち直す。
「最後に」
観客が静かになる。
目黒は少しだけ笑った。
「現実の世界に行ってみたい人」
一瞬広場が静かになる。
「いたら」
少し間を置いて。
「手、挙げてください」
次の瞬間。
一斉に手が上がった。
「……」
目黒は固まった。
想像していたより多い。
かなり多い。
人間の姿をした元魔物。
まだ魔物の姿のままの者。
小さな者から。
かなり大きな者まで。
広場のあちこちで手が上がっている。
ステージ袖を見る。
魔王は満面の笑み。
「……多くない?」
マイクを通して言ってしまう。
観客が笑う。
目黒は、もう一度客席を見る。
本当に多い。
「現実って」
少し考える。
「ちゃんと働かないと生活できないですよ?」
それでも手は下がらない。
「家賃もかかります」
むしろ、魔王が嬉しそうに頷いている。
「あと」
目黒は少しだけ真面目な声になる。
「人間の世界だから」
「今までみたいに魔法とか、力とか使えないです」
何人かは顔を見合わせた。
でも、それでも。
手を下げない者がかなりいる。
目黒は少し驚いた。
本当に行きたいらしい。
「……分かりました」
ステージ袖を見る。
「魔王、これどうするの?」
魔王は待ってましたとばかりに大量の紙を持ち上げた。
目黒は嫌な予感がした。
「それ何?」
魔王が嬉しそうに答える。
「入居申込書!」
「そこから?」
「あと履歴書!」
「用意良すぎない?」
魔王はにこにこしている。
「家賃収入増えるかもしれないから」
目黒は深いため息をついた。
結局、今日のライブは音楽イベントではなかったらしい。
完全に魔王マンションの入居者募集説明会だった。
それでも。
目黒はもう一度客席を見る。
たくさんの魔物たち。
その中に天使が言っていた。
自分の願いを叶えられる何かがいるのかもしれない。
そう思うと。
少しだけ気になった。
目黒はマイクを持ったまま。
ゆっくり客席を見渡した。
コメント
1件
わあああ読んだ読んだ!!😭✨ 闇落ち勇者の衣装でステージ立つ目黒くん、最高すぎる…「旦那様ー!」連呼されるの笑ったw しかもまさかの履歴書&入居申込書からのスカウトイベントだったオチが憎いっすwww 阿部くんが平和にした世界、ちゃんと続いてて本当によかったね…この世界観、大好きです!!続きめっちゃ気になるー!!🌸💕
#🖤💚
みら

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