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第8話:終わらない機構
「……もう、止まらないんだよ。あの獅子は」
そう言ったのは、ノボトフ家の祖父――**ミハイル(72)**だった。
元軍人の彼は、黒の軍帽に深い皺を刻んだ顔。凍てつく目をして、ずっとライオン像を見続けていた。
彼の隣に座るのは、家族を失った少年・ルーク(13)。
母を凍らされ、兄ノアの秘密を知ってから、何も言わなくなった。
「昔の兵器と同じだ。誰も止められない。造ったやつも、もういないんだ」
その夜、テレビが唐突に点いた。
画面は真っ黒だったが、しばらくして**映像の“記録データ”**が再生されはじめた。
古びた映像。
どこかの白い部屋。円卓に座った“人型”の集団。
服装はばらばら。人間のようで、人間ではない。
誰かが言った。
「さて、次の家族はどうする? “幼い妹が攫われる展開”は受けがいいぞ」
別の誰かが笑った。
「願いも、祈りも、いい素材になる。叫び声は視聴率が跳ねる」
映像は5秒で途切れた。
テレビが発する熱だけが、異常に高かった。
マシロ家の父・タカユキが呟いた。
「……娯楽だったのか、俺たちは」
誰も答えなかった。
ユミはソウタを抱きながら、ただ涙を落とした。
「じゃあ、なぜソウタが……子供まで……」
翌朝、キブル(17)は、崩れかけたライオン像のそばに立っていた。
その目は光を取り戻しつつあった。
けれど、それは赤く、警告のように滲んだ光だった。
像の口はわずかに開き、声にならない呻きのような音が漏れていた。
「……いまも……なお……まもれ……」
「……ちょうせい……ふのう……」
「……なか……いり……さいせい……」
その言葉に、キブルは顔を上げた。
「“中に入れ”って……?」
そのとき、地面がわずかに振動した。
雪の奥から、地下への扉のようなものが現れた。
錆びた金属板。中央には、かすれて読めない文字と、ライオンの紋章が刻まれていた。
テレビが再びノイズを混じえながら言った。
「――選定者、識別中――」
「制御核、解放条件:最終家族の合意」
「中に入る者が、“次の命令”を選択可能」
マシロ家の小屋に戻ったカナは、両親に伝えた。
「入るしかない。誰かが、終わらせないと」
父は黙った。
母は泣きそうな顔でカナを見つめた。
ソウタが手を握った。
「ぼくもいく」
「だめだよ」
「でも、姉ちゃんだけに任せたくないもん」
その夜、ライオン像の目が一度だけ青く光った。
それは、初めて見せた“安堵”のような色だった。
彼らはまだ知らなかった。
像の中に、何が待っているのかを。
けれど、止まらない機構に、誰かが手をかけようとしていた。