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夏目莉央
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131
くま🐻☁️
12
「瞳子さん! おかえりなさい!」
帰りが遅くなった私を、エプロンをつけて料理をしていた朝倉くんが迎えてくれた。
瞬間、胸の奥がちくりと痛む。
朝倉美麗の強烈な言葉に、私の精神はひどく疲労していた。予定にない打ち合わせや外回りを入れて、無意識に職場での朝倉くんとの接触を避けてしまっていたのだ。
「……ただいま。夕飯作ってくれたの? ありがとう」
私は彼とは目を合わせられず、シチューやサラダ、パンが並んだ食卓に視線を送った。
「瞳子さん、今日は忙しそうだったので、僕が作りました。シチュー好きですか?」
すごすごと洗面所に入ろうとする私の真横にぴったり張り付き、満面の笑みを見せてくる。
「……うん。大好きよ。その……まずは手を洗ってくるわね」
「待ってます♡」
洗面所の扉をゆっくり閉めた。
手を洗いながら、鏡に映る自分の顔を見る。
(うわ……げっそりしている)
美麗さんに負けたつもりはない。
だけど、メンタルパワーの消耗は否めない。
(お腹が空かないな。胃がすごく重くって……)
食卓に並んだ、彼の手料理が頭に浮かぶ。思わず胃の辺りに手を当てた。
私のために手の込んだ夕飯を作ってくれる朝倉くんは、私にはもったいないくらい素敵な人だ。
だけど──あんなに強烈な母親がいたとは驚きだった。
母親が会いにきたことは、朝倉くんにも報告したほうがいいだろう。
再び、胃に手を当てる。
(ちょっと疲れちゃったから、今日はスキップしておくかな……)
その時、音もなく背後から抱きしめられた。
「あ、朝倉くんっ!」
「瞳子さん、遅いです。いつまで手を洗っているの。冷めちゃう」
「ああ……ごめんごめん」
私は手を引かれて、ダイニングの椅子に誘導された。
サラダのドレッシングも手作りだった。
丹精込めて作った食事だとわかる。
(ありがたい。美味しくいただこう)
サラダを一口含んだ。
「このドレッシング、手作り?」
「はい。今日は人参をメインに使いました」
人参の臭みはなく、むしろ甘味が引き立っている。
思わず目が大きくなった。
「市販より、自分の好きな材料をカスタマイズしたドレッシングが好きなんです。瞳子さん、美味しいですか?」
「うん、ものすごく美味しい」
「わーい。嬉しいです。瞳子さん、もっと褒めて褒めて」
朝倉くんが、いつもより高い声でおねだりしてきた。
「……上手に作れたね。朝倉くん、えらいよ」
「瞳子さんに褒められたー。ありがとう!」
朝倉くんはまるで子供のように、満面の笑みを浮かべていた。
私は心中、複雑な感情が湧いてくる。
(朝倉くんが私のために作ってくれたから褒めただけよ。それなのに、心がざわつくのは、なぜ……)
複雑な心境になり、俯きながらサラダを飲み込んだ。
食事を終え、食器を下げようとした時だった。
「ねえ、瞳子さん。デザートを食べましょう。今日は苺のソルベを用意しました」
彼が冷蔵庫から白いデザート皿を取り出した。
(すごい。ここまで準備してくれてたんだ……)
彼の気遣いに、胸の奥がほんわかと軽くなった。
「うん。一緒に食べよう」
「瞳子さんに一つ、お願いがあるんです」
「なあに?」
朝倉くんが視線を外し、身体を小さく揺らす。
「どうしたのよ? ソワソワしちゃって」
可愛らしい仕草に、私はつい小さく微笑んだ。
「膝まくら、してもらえませんか? 僕、それで瞳子さんに甘えてみたいんです」
「………膝まくら」
一瞬、言葉が出てこなかった。
別に恋人、ましてや結婚相手が甘えるのは普通のことで、膝まくらは愛する人とのスキンシップでもある。
しかし、私の頭の中に浮かんだのは、膝の上でゴロゴロ甘える幼少期の李人だった。
私は盛大に頭を振った。
(朝倉くんと李人では、意味が違うでしょっ!)
彼がぽかんと私を見ている。
私は笑顔を張り付けた。
「……いいよ。しようね」
そう言いながら、私は胃が重だるくなるのがわかった。
「わー、楽しみぃ」
彼が満面の笑みを披露した。
「ソルベにはリキュールを少し入れてあります。味は保証しますよ」
「本当だ。フルーティーだけど、お酒がいいアクセントになってるね」
リビングのソファーに座り、二人並んで苺ソルベを食べていた。
半分ほど食べ終えた朝倉くんが、デザート皿をテーブルに置く。
そして遠慮なく、私の膝にゴロンと頭を乗せてきた。
「うわー。瞳子さんの膝まくらって、気持ちいいーですね! ぷにぷにしているけど弾力もあるし、温かいし。最高に落ち着きます」
今にも蕩けそうな表情だった。
「そ、そう?」
「はあー。ゴロゴロ、このまま寝たいなー」
「え……」
朝倉くんの甘える顔が、だんだん幼い李人の顔に見えてきてしまう。
(わ、私、どうしたの? 朝倉くんが子供に見えちゃうっ!
もしかして美麗さんの言葉を気にしすぎている?)
「瞳子さん? どうしたの?」
朝倉くんが真下から私をじっと見ていた。
「ううんっ。なんでもないよ」
私は誤魔化すように笑顔を作った。
すると、朝倉くんは起き上がり、私に向き直った。
そして今度は、私をソファに押し倒し、組み敷いてきた。
「……今夜はいいですよね?」
頬を上気させ、目を細める。
「あ……」
彼に抱かれることは、もちろん嫌ではない。
むしろ、周囲の声なんて気にせず溺れてしまえば、雑念を吹き飛ばせるかもしれない。
私の身体も、欲に反応し始めてくる。
彼に飲み込まれてしまおう。
初めての日、思考停止したかのように。
「……うん……しようか」
私もその気になってしまい、腕を彼の首に回そうとした。
その時だった。
「あっ、大事なことを忘れていました!」
なぜか朝倉くんが私の腕からするりと抜け、自室へと走っていった。
私は、呆然とソファに残された。
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