テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
183
48
「あれ? ナギくんどうしたの? 具合でも悪い?」
翌日、蓮と共に現場に現れたナギを見て、雪之丞が心配そうに声をかけた。ナギはどこか足取りがおぼつかず、蓮の肩にぐったりと体重を預けている。
「大丈夫……ちょっと、誰かさんのせいで腰が痛いだけだから」
「え……あ!」
蓮を鋭く睨みつけるナギの視線で、雪之丞はようやく事態を察したらしい。ボフッ、と音がしそうな勢いで顔を真っ赤に染め上げた。
「ご、ごめん……っ」
無遠慮に踏み込んでしまった気まずさからか、慌てて視線を明後日の方向へ彷徨わせる。その純朴な反応を見ると、つい悪戯心が疼いてしまう。
「何を想像したのかな? 雪之丞」
「えっ、や……あの……っ」
わざと顔を覗き込んでやれば、ワタワタと慌てふためく姿が面白いほど嗜虐心をそそる。
「なに、雪之丞もシたいって?」
「ちっ、違……っ!」
「ちょっと! 何やってるんですか。この人に変なこと吹き込まないでください!」
雪之丞が否定するより早く、蓮の頭に鋭いツッコミが飛んできた。振り返れば、弓弦が腰に手を当てて仁王立ちしている。
「全く、油断も隙もない……」
キッと睨んでくる弓弦は、怒っても絵になる男だ。彼が雪之丞に抱いている好意がどこまで進展しているのか、蓮の預かり知るところではないが、ついでにその辺りも突いてみようかと考えた瞬間――蓮の腰に回されたナギの腕に、ぐいと力がこもった。
「もー、お兄さん。ゆきりんを揶揄うのはいいけど、俺の前でそんなことしないでよ」
耳元で囁かれた甘い声に、ゾクリと肌が粟立った。昨夜の熱い記憶が鮮明に呼び起こされる。
「っ……冗談だよ。もう雪之丞にはちょっかい出さない」
参った、と肩をすくめて見せると、ナギは満足げに、しかしどこか独占欲を滲ませた瞳で蓮を見上げた。
「たく、久々に来たと思ったら相変わらずじゃん」
「ホントだ。でもなんだろ、その方が安心するっていうか、二人が戻ってきたーって感じするわね」
いつの間にか合流していた東海と美月が、呆れ混じりの、しかし温かい笑みを浮かべていた。
「とりあえず、週刊誌の件は乗り切ったけど……僕のスーツをボロボロにした犯人は、結局わかったのかな?」
蓮の問いに、場がしんと静まり返る。
「……それが、まだで」
「犯行の手口から見て、内部犯の可能性が高いって話です」
「ってことは、スタッフの中に犯人がまだ潜んでるかもしれないってことか……」
ナギの言葉に、重苦しい沈黙が流れる。
「その件については、凛さんが今、血眼になって犯人を捜してるらしいわ。でも、あの人元から無口だから、何がどうなってるか全然話してくれないのよ」
兄の名前が出て、蓮は反射的に身体を強張らせた。 あの一件以来、凛とはまともに話ができていない。兄が自分に向ける視線が、単なる肉親のそれではない可能性に気づいてしまった今、どう接すればいいのか正解が見つからないのだ。 そんな蓮の機微を察したのか、ナギが顔を覗き込んできた。
「お兄さん、凛さんと何かあった?」
「えっ、な、何もないよ?」
しどろもどろな返答。しまった、と思ったがもう遅い。一同の疑わしげな視線が蓮に集中した、その時だった。
「おいおい。こんなところでたむろしてる暇人がいると思ったら……ガチホモ疑惑の蓮とその一行じゃないか」
突如割り込んできた不遜な声。莉音が、いつもの傲慢な態度で近づいてくる。
「ちょっと、その発言は聞き捨てならないわね」
美月と東海が即座に蓮たちを庇うように前に出るが、莉音は鼻で笑った。
「はっ、事実を言ったまでだろ? そろそろ週刊誌が出る頃じゃないのか? 出たら買ってやるよ」
箝口令が敷かれていたはずの情報を、さも当然のように口にする莉音。
「……やっぱり、お前の仕業だったのか」
蓮の底冷えするような低い声が響く。莉音の肩がピクリと震えたが、彼はすぐに虚勢を張った。
「目障りなんだよ。大人しく引退してりゃ良かったのに、今更復帰して……調子に乗ってるみたいだから、もう一回酷い目に合わせてやろうと思ったんだよ」
スーツを切り裂き、事実を歪めて週刊誌に売る。その醜悪な嫉妬が露呈し、周囲から軽蔑の眼差しが突き刺さる。だが、莉音は止まらない。
「ナギ、だっけ。アンタもこんなビビりなんて辞めて俺にしとけよ。コイツより天国見せてやるぜ?」
「……冗談だろ。アンタなんかタイプじゃないよ」
ナギの冷淡な拒絶すら、莉音は楽しげに受け流す。
「特別に俺の愛人として飼ってやってもいいぜ?」
自分勝手な理屈を並べる男に、雪之丞や弓弦も憤りを見せるが、蓮はそれを制した。
「大丈夫。相手にするだけ無駄だよ」
その時。
「ちょっと莉音!! こんな所にいた!!」
甲高い絶叫と共に、MISAが血相を変えて飛び込んできた。
「事務所がやばいことになってるんだからっ! いいから来て、早く!!」
MISAは莉音の腕を乱暴に掴むと、物凄い勢いで彼を引きずっていく。呆気に取られる蓮たちを一瞥し、MISAは忌々しげにそっぽを向いて走り出した。
「おいっ、一体何なんだ!?」
「とにかく来てってば!!」
嵐のように去っていった二人を見送り、一同は顔を見合わせた。
「……なんだ、ありゃ?」
「もしかしたら、“アレ”が届いたのかもしれないな」
蓮がポツリと呟くと、弓弦がニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「そういえば、そろそろですね。姉さんやみんなを馬鹿にした報いは、きっちり受けてもらわないと」
爽やかな青年の瞳に宿った、冷徹な制裁の光。
「あ、なるほど……アレかぁ」
「蓮くんが探偵くんに持って来させてた、アレね」
事情を知る面々が深く頷く中、唯一状況の掴めていないナギだけが、不思議そうに首を傾げていた。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!