「壱花よ。
さあ、忍び込め」
境内に着いた途端、神様っぽいものがそう言い出した。
ええーっ? と言う壱花に、
「心配するな。
拝殿にも本殿にも鍵などかかっておらん。
この辺りにそんな罰当たりはおらんからな」
と神様は言う。
「……それで忍び込んだら、私が『そんな罰当たり』になってしまいますよね」
と言う壱花を、倫太郎は、
「よし、行ってこい、壱花。
早くしろ、新幹線の時間があるから」
と急かしてくる。
「何故、私だけですかっ」
「いや、お前ご指名だし。
お前、化け化けだから大丈夫だろ」
「社長なんか何年もあやかし駄菓子屋やってるじゃないですかっ」
そう言い返すと、倫太郎は溜息をつき、
「仕方ないな、冨樫は待ってろ。
バチが当たるかもしれんしな」
と言ってきたのだが。
「……いや、待ってください」
と壱花は言う。
「よく考えたら、そのバチ、誰が当てるんですか?」
「……今の話の流れで行くと私だろうかな?」
と神様っぽいものが言う。
「じゃあ、貴方が当てなきゃいいんじゃないですか?」
「いやいや、私を祀っている者共が当てるやもしれん」
「えーと……、なんで人間の行動が止められないんですか。
神様なんじゃないんですか?」
まあ、自分の社の掃除もままならないようだからな。
神様って意外と不便な存在なのだろうか、と壱花は思う。
そういえば、日本には八百万の神様がいて。
それぞれが得意な分野に特化してるから、できないこともあるのかもな、と壱花が思ったとき、神様っぽいものが言ってきた。
「いや、私は神ではない」
「え?」
「開けてみろ、その社を――」
男は美しい瞳を閉じ、壱花にそう告げた。
此処の神社は参拝する拝殿の奥から、そのまま御神体のある本殿へと繋がっていた。
本殿の赤い木の扉は閉められているものの、鍵はかかってはいない。
神様っぽいものが言うように、忍び込むような輩はこの辺りにはいないからだろう。
扉を開ける前、壱花は本殿に向かって手を叩く。
「なにしてるんだ?」
と倫太郎に問われた。
「いえ、扉を開けて進入する前に、失礼します、と詫びてるんです」
そう壱花が言うと、倫太郎は無言で壱花の後ろにいる神様っぽいものを見た。
……そういや、中身は後ろにいたな、と思い、彼を拝んでみたが。
「いや、いい」
と目をそらして言ってくる。
「では、今まで此処を守ってこられた村の人々に」
と言って壱花はもう一度、本殿を拝み、扉を開けた。
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