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神作ですな
先輩が失踪した。
昨日まではいつも通り後輩の面倒を見て、サーブ練習して、豪快に笑って。
なのに急にぱたりと連絡も取れなくなった。
なあ、先輩。
どこにいるんですか。
これは数日前のこと。
「おーい。金田一、国見」
俺らを呼び止める聞き慣れた声。
城西バレー部の2年の先輩。八木 京介という名前だ。背が小さくてレギュラーに入れなかった。レシーブもスパイクもブロックも下手くそだけど、サーブだけは一級品だった。コースの打ち分けのみならず威力も凄まじかった。ピンチサーバーの先輩は流れを変えるのがうまい。みんな助けられてた。
「一緒に帰ってもいい?」
先輩はにっこりと笑って優しい声色で尋ねた。
「もちろんいいですよ。な?」
「はい。どうぞ」
すると先輩は軽く、やった、と言っては歩き出した。いつでも先輩は車道側を歩く。歩幅も俺らに合わせて大きめだ。
「あ、2人とも。アイス食わね?」
「え!いいんすか!」
「もちろん」
「あざっす」
俺と国見が声を揃えて言う。
コンビニに入った途端、呑気な音が鳴る。
俺らはアイスをひとつずつ選んで、先輩はそれを受けとり会計へと進む。
「いただきます」
はぁい、と腑抜けたような声が先輩の口からもれる。
先輩は俺のくちの周りに髭のようなクリームの汚れができているのを見て、大きく口を開けては豪快に笑った。
「おまえ口ヤバすぎ」
そして身長に似つかわしくない手首をした腕で強引にごしごしと俺の口元を拭いた。
先輩はほんとに人格者だった。だからレギュラーではないけれど、すごく信頼されていて尊敬されていた。
「今日は楽しかったよ」
「俺らもっす」
「元気で、な」
後ろをぐるっと向いてひらひらと手を振るのを見ると
なんだかこれが最後な気がした。
なんでだよなんでだよなんでだよ!!
なんでホントにこんなことになってんだ!?
先輩、昨日別れた後なんかあったのか?!
ガラッと体育館のドアを開けた。
部員の視線がまっすぐ俺を貫く。
「…お疲れ様っす」
「うん」
事務的なやり取りの後、少しの沈黙が続く。
あんまりにも誰も先輩の話を持ち出さないから、しびれを切らして俺が言った。
「八木先輩のこと…知ってますよね」
その一言にみんなドキリとした。
「…おう」
「きょーちゃん、どこいっちゃったんだろ」
キャプテンも岩泉さんもみんな狼狽えてるようだった。昨日すぐそばにいたのに、今はいない。そんな違和感に動揺しているのだ。
「…警察も動いてる。俺らが心配したって何か変わることはねぇ」
「うん。俺らがやれることは、きょーちゃんが帰ってきた時にいつも通り接してあげることでしょ?」
「…そっすね」
しばらく重たい空気が続いていたが、先輩たちの言葉を聞いたみんなが次第に動き出す。
そんな中、俺だけは納得ができなかった。
本当にどこいっちまったんだよ、先輩。
なんでなんですか。先輩、誰かに攫われるほど弱くないじゃないですか。小さいくせして力強くて。背中ビシバシ叩く時だって時々跡残るくらいなんですよ。ほんとに怖い大人の仕業なんですか。じゃあなんで
“元気で、な”
なんであんなこと、いったんですか。
「おい、金田一」
国見に呼ばれてハッとする。
練習後、俺は部室にいた。どうやら先輩たちは帰ったらしかった。
聞いたところによると、おれは部室に入ってからしばらくぼーっとしてたらしい。あまりにも反応しないもんだから、さすがにビビったって国見が言った。
「なあ、国見」
「ん?」
「俺さ、八木先輩のこと探そうと思う」
「…え?」
「だってさ、あの先輩だぜ?防犯対策もバッチリで抜け目ないのに攫われるわけなくないか」
「そ、れは…」
「…俺納得いかねぇんだよ。八木先輩、“元気でな”なんて言ったのも、俺らと帰ったのも絶対…」
「最初から消えるつもりだったんだ」
「それって…」
「俺はもう決めた!絶対に八木先輩見つけて“心配かけんな!!”って言ってやるんだよ」
「…わかった。俺も協力する」
「え、まじで?」
「うん」
「俺だって納得いってない」
「く、くにみ〜〜」
「ちょっと、くっつかないで」
ここで全てが始まった。
姿を消した先輩を探す、俺らの物語が