TellerNovel

テラーノベル

アプリでサクサク楽しめる

テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

魔央建設

一覧ページ

「魔央建設」のメインビジュアル

魔央建設

11 - 第10話:イネくん、建てない

♥

39

2025年06月19日

シェアするシェアする
報告する

第10話:イネくん、建てない




「……イネくんが、“何も描かない”って、初めてじゃないか?」


魔央建設・設計本部で最も長くイネくんと現場を共にしてきた、デザイナーのハリマ・ロックが眉をひそめた。

がっしりとした中肉体型に、灰のつなぎ服。頭頂部がやや禿げ上がっており、額には長年のスコープ跡がくっきり残っている。


今、仮設設計室には、いつものように水色の球体──イネくんが浮かんでいた。

しかしその身体はぴたりと動かず、色の揺らぎも、光の軌跡も、まったく現れていない。


それは、いつもなら空気に花びらのような線を舞わせるイネくんが、“完全に沈黙している”という異常だった。





この日の依頼主は、“誰でもない”。


本社への直接依頼でも、王からの命令でもなかった。

魔央建設の古記録部門に保管されていた未達成の建築計画No.0──

その土地に、突如として“建設の承認サイン”が入っていたのだ。


場所は、《デ・ミルノ断崖》。


北方の砂風と磁気風が交錯する、不毛の高地。

どんな建築も“浮き上がっては崩壊する”と言われ、長年“立地不可能”と判断されていたエリアである。





建設会議の席で、ハリマと共にいたのは、都市魔法調整官のメネ・ツィナ。

年齢は20代後半。浅黒い肌に灰のドレッドロング。

両耳には風圧感知ピアスを装着しており、全身から「情報で動く人間」という雰囲気を漂わせている。


「浮力も重力も不安定、地盤は揺れる、方向磁場は乱れてる……

こんな場所に“何を建てたい”って言うの?」


「でも、正式に“魔央建設への受注サイン”が届いたんだよ。しかも“誰の名前もない契約”でね」


ハリマが顔をしかめる。


「名前のない依頼……。イネくんが反応しないのも、それが原因か?」


その時、イネくんがかすかに動いた。

だが、描いたのは“設計”ではなかった。


浮かび上がったのは──

バツ印。ひとつだけの、静かな拒否。


メネが息を呑む。


「……建てたくない、ってこと?」


ハリマが頷く。


「たぶん、“建てる意味がない”って、判断したんだろう。

イネくんにとって、都市は“依頼に応えるための形”だ。

誰かの感情も、言葉も、希望もない場所に──彼は、“形”を持たせる理由がない」


メネは黙ったまま、手元の端末を操作した。

画面には、契約サインの記録が残っている。

だが、署名の欄にはただ──**「null」**という文字だけが刻まれていた。


「……意思がない。けれど、署名だけがある。

それって、“誰でもない誰かが、形だけ依頼した”ってことじゃない?」


ハリマは深くため息をつき、イネくんに目を向けた。


「……イネ。

お前が“描かない”って判断したなら、それが最適解なんだろうな」


イネくんはゆっくり、ひとまわり回ったあと、淡く光る**“空白の円”**を描いた。

それは、何も描かれていない──けれど、**確かに“ここに描かないという設計”**だった。





工事は中止された。

報告にはこう記された。


「この地に“建てない”という設計を提出。

それは、“空白の構造”として、最も完成された形である」




イネくんは静かに帰還した。

その日、魔央建設は初めて──“建てないこと”を選んだ。



この作品はいかがでしたか?

39

コメント

0

👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!

チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚