夢魔の精神魔法を教わりたいのは、魔王さまのために他ならない。
魔王さまが、二度とうなされたりしないように……夢魔の魔法でどうにか出来るかもしれないから。
……そのリズと、会えなくて困っている。
お昼時の繁華街に、夕方の高級そうなレストラン。
居そうなところをウロウロとしてみてはいるものの、成果は無い。
歩き疲れて、ベンチで休憩しながら人ごみを眺めて……ため息をついた。
待合わせ場所に使われている噴水前は、暗くなっても若い男女がたくさん居る。
「ただいま戻りました。お姉様、ホテルはどうですか? 美味しい食事も出来て、そのまま宿泊もできます」
少しの間離れていたシェナが、戻ってきてそう言った。
ここなら強引な輩は少ないだろうからと、私を休ませて聞き込みをしてくれていたのだ。
「そっか! たしかに、最後に良い夢を見せるのに、すぐ泊まれる方が便利なんだ」
私が浅慮だった。
というか……最初からホテルで全部済ませると言う発想が、私にはなかった……。
だって、デートするなら色々とお店を回ったり、休憩でフラッとお茶したり、そういう行程があるものだと思い込み過ぎていた。
「商会が運営しているという案内所で聞いて参りました。食事の後のプランを聞かれて、泊まれる所も、と伝えたら、ならホテルでしょうと」
「凄い。シェナはほんとに有能ね」
「そ、そんな……。え、えっと。最高級のホテルと、少し高めのホテルをいくつか聞いておきました」
「偉い! えらすぎるぅぅ。じゃあ、さっそくいこ。リズなら最高級ホテルに行く気がする」
「私もそう思います」
**
――ここの文明は、日本やアメリカのきらびやかさを参考にしている。
絶対にそうだ。
繁華街も全体的な街並みも、メーンストリートはそうした雰囲気を感じさせるものだったから。
けれど、それらを飛び超えて、最高級ホテルはその荘厳さと異質さを際立たせていた。
「空中……ホテル……?」
「浮いて……ますね」
それはそれとして先ず、敷地がとんでもなく広い。
一般人お断りなゲートから、建物まで五百メートルとはいかなくても、かなりの距離がある。
何台か通って行ったけれど、基本的に車か馬車だった。
リムジン的な。
馬車もこう、かなりエレガントで重厚感のある四頭引きで、おいそれと乗れるようなものではなかった。
でも……一度は乗ってみたい。
ともかく、その格式高いゲートをくぐるのもはばかられたけれど、特に門兵みたいな人は居なかったので、こっそりと入った。
入るまでは拒絶されているような緊張があったのに、入って数歩も歩くと……まるで自分がそこの主にでもなったような、特別な気持ちになった。
車用の道とは別に、歩くのも楽しめるように庭園になっていて、完璧に整備された草花と歩道がある。
そこを歩くだけで、自分の庭であるような錯覚が起きる。
選ばれた者に首を垂れるように、低く広く整えられた花たちのお陰だろう。
芝生の踏み心地も、高級な分厚い、やわらかな絨毯のようで。
そして、ライトアップされた噴水が静かに、けれど高く高く吹き上がり、間を置いて心地よい水音を立てる。
パターンをいくつも用意しているらしく、時間を忘れてずっと見てしまいそうだ。
「上から眺めたら、ステキだろうなぁ……」
浮いているホテルは、高さとしては二十階建てくらいだろうか。
その、ほぼ最上階くらいまで、噴水が届いているように見えるから。
「この噴水に、かなりの魔力を感じます」
「えっ? あぁ……そういうことかぁ」
物理的に、あそこまで放水するにはどのくらいの水圧が必要なんだろう、と思っていたけれど。
殿下は、魔工科学と言っていただろうか。
着水の音も静かで、なのに、あの高さまで噴き上げるなんて。
――いけない。心を奪われていた。
「ごめん、目的を忘れてた。いこう」
「いえ、私も見惚れていました」
コメント
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第二章・十まで読んで頂き、ありがとうございます。 空中ホテルがもし現実にもあったら、いつか泊まってみたいですね。