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一言で言って最高の庭園を抜け、浮遊ホテルの正面に来た。
二階部分までの、横に広い豪華な建物。
全面ガラス張りだけど、中は暗くて見えない。
だけど、入り口は間違えないように工夫されている。
扉となっているガラス面の左右から縦に、間接照明がここだと教えてくれているから。
その他の、いわば壁面とされるガラス面は、上下からほんのりと横一線に照らしてあるのだ。
「オシャレだわ……」
ドアボーイは居ないけれど、近くまで行くと自動で扉が開き、招くように光が中へと順に足元を照らす。
「は、入っていいのよね」
シェナも、少し緊張した面持ちだった。
入口を抜けると、受付カウンターまでの赤いカーペットが幅広に敷かれてあって。
――その他は、下に空が広がっている。
「ひっ」
カーペットはとても広く備えられているのに、その空に吸い込まれそうになる。
飛べることも忘れて、たじろいでしまった。
「ご安心くださいませ、お客様。踏み外しても落ちる事はございません」
低い、老齢を思わせる落ち着いた声が横から聞こえた。
「あっ。あ、はい」
「初めまして、お客様。わたくしはここの案内人にございます」
白髪と、もみあげからの口と顎髭を完璧に整えた、初老の紳士がそこに居た。
燕尾に近いスーツを、自然体で着こなしている。
「本日はご宿泊でしょうか。それとも、お待ち合わせで?」
「ひゃ、ひゃいっ。しょの……くすん。その……待ち合わせというか」
庭園と、入り口にこのロビーと圧倒されっぱなしの状態で、さらに完璧な紳士と立て続けに緊張したせいで、完全に舞い上がって噛みに噛んでしまった。
しかも、もはや涙声になっている。
「こちらのホテルは、お客様のためのものです。もちろんこのロビーも。自由に滞在して頂いて構いませんよ」
「あ、あり、ありがとうございますっ」
――もうだめ、倒れそう。
お金もそんなに持っていないし、場違い過ぎて気を失いそうだ。
王宮に居ても、そこまでじゃなかったのに。
たぶん、あっちはファンタジー過ぎて現実味がなかったけれど、ここは記憶に近い超高級な場所、というリアリティがそうさせている。
「おや……大変失礼ではございますが……」
完璧な紳士は白手袋に包まれた手を口元に添え、私に耳打ちをした。
「聖女様ではございませんか? よろしければ、全て無料でサービス致しますので、ご滞在して頂けると嬉しいのですが」
「ふぇっ? にゃ、にゃんで?」
――あぁ。もうダメ。
正体がバレたことの衝撃と、無料で泊まってくれという申し出の両方でパニックだ。
「聖女様にご宿泊頂けたとなると、当ホテルにはさらに箔が付きますので」
「え、で、でも」
「ご遠慮なさるよりも、お受け頂けた方がわたくしどもは、本当に有難いのです」
「えぇぇ……ど、どうしよう、シェナ」
「もちろん、お連れ様もご一緒に。もし、お食事もまだのようでしたら、ご用意させて下さい」
シェナは、こっちに振らないでと首をフルフルさせている。
「あらぁ? やーっぱりぃ! サラじゃないのよぉ」
名を呼ばれて、ドキリと心臓が跳ね上がった。
「ふぇぇ?」
もう、足に力が入らないし、声も震えている。
「なぁんて顔してるのよ。わたしよ? り、ざ」
ドレスアップしたその美人さんは、リザと言った。
妖艶さと上品さを、最高級に併せ持つ曲線美の女神のような人。
「もぅ。まさか、初めて来て緊張してるの? だぁいじょうぶよぉ」
とんでもない上流階級の美女だと思っていたら、よく見るとリザだった。
「イザリス様。お知り合いでございましたか」
「えぇ。私の大切な人よ」
「リぃザぁ……。な、なんか、無料で泊めてくれるって……」
リザに会えた喜びよりも、助けてほしい気持ちでいっぱいだった。
「え、すごいじゃない! もちろん泊まるわよね?」
「い、いいのかな……」
「是非にと、お勧め致している所でございます」
紳士の笑顔は、完璧過ぎてそれが営業スマイルなのかはもう、分からない。
後で王宮に、莫大な請求が行ったりしないだろうか。
「この人がいいと言うなら、いいのよ。ね、私も一緒に泊めてもらえない?」
「もちろん、聖女様が良いと仰いましたらば」
もはや、私はコクコクと頷くしか出来なかった。
正常な判断がもう、出来ない。
「決まりねっ。やったぁ!」
リザは両腕で小さく、グッとガッツポーズをした。
それがまた、胸を挟むようになるものだから、豊満な白いふくらみがむにゅっと強調される。
何をしても、曲線美が勝つように出来ているらしい。
けれどそのお陰で、なんとなくいつもの雰囲気に少しは戻れた。
「それでは、お部屋にご案内致します」
女の私でさえ、リザのたわわに目が釘付けだったのに、完璧な紳士は私たちの目から視線を一ミリも外さなかった。
「……プロね」
コメント
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第二章・十一を読んで頂きありがとうございます☆ VIP待遇…1回くらいされてみたいですねぇ