テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
そして再び昴は話を始めた。
「……慶太さんが奥様――香恵さんと出会ったのは、それから暫く後……私が二十八歳、慶太さんが三十歳になった頃でした。当時、慶太さんは若頭の立場に就いていて、組の中でもかなり重要な仕事を任されるようになっていたんです」
「…………」
「その一つで、ある男を内偵する為にキャバクラへ通うことになりましてね」
「キャバクラ、ですか」
「ええ。そして、そこで働いていたのが……香恵さんでした」
過去を振り返るように話す昴は少しだけ目を伏せる。
「香恵さんは、とても綺麗な方でした。ですが、初めて見た時から様子がおかしかったそうです」
「様子が……?」
「身体の至るところに痣があったり、どこか怯えたりと」
その話を聞いた羽衣子の表情が強張る。
「しかも話を聞けば、付き合っている男に暴力を振るわれながら、金まで貢がされていたらしくて」
「そんな……」
「慶太さんは、その話を聞いて激怒しました。元々、慶太さんは香恵さんに一目惚れしていたんです。だから尚更、許せなかったんでしょう。しかも、その彼氏というのが、偶然にも慶太さんたちがマークしていた男の部下だった」
「……え?」
「当時、組が追っていた連中の一人です。薬や違法な商売にも関わっていた男でしてね。ですので、組織と協力してその男を捕まえる流れになったんです。当然、その彼氏も一緒に」
「…………」
「結果として、香恵さんはその男から解放され、その後に慶太さんが香恵さんへ告白したんです。“俺に守らせて欲しい”と」
「…………っ」
その話を聞いた羽衣子の胸が微かに熱くなる。
「香恵さんの方も、慶太さんに惹かれていたそうで、そこから二人は交際を始めました……本当に、お似合いの二人でした」
「…………」
「そして、一年ほど交際した後、香恵さんが子供を身篭りましてね」
そこで昴は、ゆっくりと名前を口にする。
「それが、希海です」
希海の名前が出てきたことで、羽衣子は思わず胸元で手を握り締めた。
「慶太さんも香恵さんも、私のことを実の弟のように可愛がってくれていました。希海が生まれてからは誕生日や季節の行事があるたびに呼ばれていましたし、時間があれば家にも顔を出していました」
「……京極さんは希海くんが産まれた時からずっと、交流があったんですね」
「ええ。私にとって慶太さんと香恵さんは、兄と姉のような存在でしたし、その二人の子供である希海も、私にとっては甥のように大切な存在だったんです」
その言葉を聞いた羽衣子はようやく理解した。
どうして血の繋がりの無い昴が希海の父親をしているのかを。
それは、大切な慶太と香恵の子供で、二人が何よりも大切にしていたように、昴も希海のことを大切に思っていたからなのだと。
「その……慶太さんと香恵さんが抗争に巻き込まれたと仰っていましたけど、その時、希海くんには危険がなかったんですか……?」
その問いに、昴は静かに視線を落とした。
「……二人が抗争に巻き込まれたあの日は、結婚記念日だったんです」
「結婚記念日……」
「ええ。ですので、たまたま希海を預かっていました。希海は私にも懐いてくれていたので、時々そういうことがあったんですよ。二人で出掛ける時などはね」
昴は淡々と語る。
「……だから、希海だけでも無事で良かったと思うしかないですよね」
「…………」
「まだ二歳になりたての頃でしたから、初めの頃は母親を恋しがっていましたけど、二人が亡くなったことは理解出来ていませんでした」
「……そう、だったんですね……」
羽衣子は胸が締めつけられるような思いだった。
結婚記念日、本来なら幸せな時間を過ごしていたはずの日。
愛する人と笑い合って、穏やかな夜を過ごしていたはずが、突然奪われてしまった。
(……どうして、そんな……)
運命というものは、あまりにも残酷だと思うと同時に込み上げてくる悲しさに、羽衣子は涙が零れそうになるのを必死に堪えた。
そんな羽衣子を見つめながら、昴は静かに続ける。
「二人が亡くなったあと、問題になったのが希海のことでした」
「…………」
「二人は共に施設育ちで、身寄りも無かったんです。ですから、希海に親戚もいなかった。組長を始め、周囲は皆、“可哀想だが施設に預けるべきだ”と言いました」
「……っ」
「ですが、私はそれだけは賛成出来なかった。二人の子供を他人に任せるなんて耐えられなかったんです。そこで私が二人の代わりに育てると決めました」
「…………」
その決断をするのに、どれほどの覚悟が必要だったのだろう。
まだ独身で、自分の人生だってあるはずなのに。
それでも昴は、たった一人残された小さな命を守ることを選んだのだ。
「……京極さんは、とても立派ですね」
羽衣子の口からは、自然とそんな言葉が零れていた。
けれど昴は小さく首を横に振る。
「そんなことは無いですよ」
「いえ、とても立派です。希海くんは幸せだと思います。京極さんの元で育てられて」
「…………」
「きっと、慶太さんも香恵さんも、安心していらっしゃると思います」
すると昴は一瞬だけ目を細め、静かに息を吐き出した。
「……だと良いですけどね」
その声はいつになく穏やかだった。
鷹槻れん@コノカレコミカライズ

50,984
コメント
1件
うわあぁ…希海くんの出生の秘密、そして昴さんが父親になった本当の理由がここにきて明かされたの、胸がぎゅってなったよ…!!😭💔 結婚記念日に両親を失った希海くん、まだ2歳で何もわからなかったんだね…昴さんが「施設には預けたくない」って決断したシーン、涙止まらなかった…血は繋がってなくても、そこにあるのは本物の家族の絆だよ…✨ 昴さんの「だと良いですけどね」の一言に、彼の深い愛情と寂しさが詰まってて切なすぎた…! 次が気になりすぎる…!!🌸