まるで喪服みたいだと思った。
「普通、黒着ると、しまるっていうけど、何というかソワソワする」
「僕も、エトワール様と同じ気持ちですよ」
私達は仕立てて貰った黒服に身を包み隣町まで着ていた。
北の洞くつの開発開拓によって魔法石が取れるようになった為、その魔法石をつかった魔道具で転移したのだ。これなら自分たちの魔力を使わずに積むしコスパがいいと、改めて魔法石の存在に感謝した。
魔法石とかいったら、ゲームではガチャを回したりカキンしたりして手に入れるものだと思っていたが、実際こんな使い方をするのだと分かると何というか不思議である。この世界の人達には普通なのだろうけど。
と、そんなことを考えつつ、私は辺りを見渡した。
静まりかえった街。帝国の領地ではあるのに黒服に身を包んだもの達が多いような気がする。それに、前のめりというか猫背で歩いているというか……まあ、いってしまえば雰囲気が大分違うワケで、何というか落ち着かなかった。
「でも、リースの……殿下の許しも得れたし、良かったね」
「……は、はい。あはは」
リースは、相変わらず他方に嫉妬の視線を飛ばすため、今回はブライトがその餌食となった。ブライトは終始固まっていたというか萎縮していて、見ていて可愛そうだと思った。上下関係もあるし、貴族と皇族だし、変なことは言えないだろうけど。それを逆手に取ったようなリースの態度を見ていると何も言えなくなる。けれど、案外あっさり許可を出してくれたのがありがたかった。
リースも仕事に追われていて、また大きな戦場に出るかも知れないというのだ。ヘウンデウン教に友好国がおとされそうになっているからとかなんとか。私の出る幕はないと言われたが、そういう戦争じゃなくて、もっと大きな混沌とか世界を救う為に力を蓄えとけとという意味なのだろう。
それはいいとして――――
「ブライトはこの街に来たことある?」
「はい、何度か。以前はもっと明るかったんですが……」
「そう」
ブライトはクッと苦虫をかみつぶしたような顔をしていた。
帝国、ラスター帝国は光に溢れた国である。夜よりも昼間の時間が長くて太陽が大きく見える国。そして、昼夜問わず、人々の笑い声や歌が鳴り止まない賑やかで明るい国なのだ。だが、今は災厄や混沌のせいで本来の温かさを失っているようにも思えた。
この街は、かなりヘウンデウン教に支配されているようで、何というか不穏な空気が満ちている。
「まっ! でも、私達は明るくいこう! こんな空気に飲まれちゃダメだと思うし!」
私は、無理をしてそういう。
病は気からとかいうから、自分たちがくよくよしていてはいけないと思ったからだ。混沌はそういうのにつけ込むのが得意だし、私達は気を大きく持っていないといけないと思った。
私がそういえばブライトはそうですね、と明るい顔になり、笑顔を私に向けてくれた。まあ、三人って心細いし、私に何かあったら……とか私の事というか、自分の事というか心配事は山のようにあるだろう。そういう意味じゃ、私も自分で自分を守らないといけないと思った。
(ブライトが忙しいのは分かるけど、この間の事もあったばっかりなのに……)
彼の父親が今いたらもう少し楽だったのだろうか、など思ってしまった。
ブライトはこの間の北の洞くつで怪我を負って、それも重傷だったのに、それを無理しているのか本当に完治しているのか、ニコニコといつも通り接してくれている。背中にあれ程深い傷を負ったはずで、まだ完全に回復しているわけではないだろう。疲労で倒れないか心配である。
「ブライト、辛かったらいってね」
「え? どうしてですか」
「だって、この間の今日だから……この間の北の洞くつのこともあったし、まだ疲れていると思ったから。そ、そりゃ、休む時間ないだろうけどさ」
と、私が言えば、ブライトは少しだけ困ったように口元に手を当て、眉をハの字に曲げた。
「お気遣いありがとうございます。エトワール様。でも、本当に大丈夫ですよ。この間、エトワール様が早くに転移させてくれたおかげで、今こうして生きているのですから」
「で、でも、休めてないんでしょ?」
「忙しいのは今に始まったことではないので。慣れっこです」
そう、ブライトはまた少しだけ無理して言う。嘘をつくのが得意だった彼は、見え見えな嘘をつくようになった。というか、多分私を前に嘘をつけなくなったというか、これ以上偽ってしまったら、何が本当か分からなくなってしまったのだろう。まあ、そこの理由は私の知ったことではない。
私は、ブライトをじっと見つめた。彼の表情は変わらなかったが、スッと私達の間に入るように口を開いた人物がいた。
「エトワール様の言うとおりです。無理は身体に良くないと思います」
「グランツ……」
「グランツさん」
そこまで、空気のようにその場に溶けていたグランツは、突然口を開いたかと思えばそんなことを口にしたのだ。彼なりに心配しているんだと思い私はクスリと笑ってしまった。
思えば、グランツとブライトとは珍しい組み合わせである。
リースとアルベド、アルベドとグランツ、あの双子は二人でセットとして、そんな組み合わせばかりだったから、こう静かな組み合わせは珍しいと思った。翡翠とアメジスト。二人とも敬語だし、一番は静かなことが良かった。リースやアルベドは何かと煩いし、私も彼らに乗ってしまって、言い争いに発展することだって多かった。
(楽っていったら楽なのよね……)
護衛と、魔道士、そして聖女の私。組み合わせは悪くないと思う。
「グランツさん……」
「エトワール様を守るのは、貴方だけではないので。ブリリアント卿も自分の心配をした方がいいかと」
と、グランツは少し語尾強めにいった。何故そんな風にいったかは不明であったが、口下手な彼なりの心配だと思う。
確かに、ブライトがいなくなったらまたそれはそれで大問題になるから。
ブライトは、じっとグランツを見つめた後ため息をついた。
「貴方に言われたら仕方ありませんね」
と、ブライトは諦めたように笑っていた。
それから私達は、これからの作戦を話しつつ、問題の教会へと向かう。
一応何かあってもいいようにとこの黒い服も、魔力が込められている糸で作ってあるため、耐久性は悪くはないと思うが、それでもいつも着ている服には劣る。急いで作らせた、劣化したものを取り寄せたこともあってだ。そこまで危険な事はないだろうと踏んだのか、それとも本当にものの仕入れも難しいからなのか。どちらにしても、今あるものでどうにかしないといけなかった。
「ねえ、ブライト。本当はその教会も女神を祀っていたんだよね」
「はい、数ヶ月前までは。トワイライト様が現われ、そして災厄が進行し始めたときぐらいからでしょうか。急に仕事をあまりしてこなかった神父が熱心に何かを語り始めたと。その何科というのは、世界の終焉論でした。混沌による世界の終わりを、そうならないため、救われるために混沌を信仰しろと……そういう話でした」
「教会の神父なのに、仕事をさぼっていたってこと?」
「はい。元々……言い方は悪いですが、やる気のない怠惰な人でしたから」
「そ、そう……」
ブライトの話を聞いて、何か嫌な予感がすると直感的に思った。またデジャブかも知れない。本当に、このふくと装備で大丈夫なのだろうかと思った。
けれど、今回も攻略キャラが二人いるわけだし、教会で戦うことになったとしても、それはきっと銃器やナイフとかいった近接遠距離武器よりも、きっと魔法攻撃が多くなるはずだ。魔法攻撃であるのなら、グランツがいれば心強いし、これ以上強い味方はいないと思う。今回は彼に頼ることになりそうだ。
「グランツ」
「何でしょうか、エトワール様」
「凄く、期待してる」
思わず、そう言ってしまった言葉を、グランツはどう捉えたか。翡翠の瞳を見開いて、真っ直ぐと私を捉えた。
「あ、ごめん。えっと……もしもの時! って、いつも頼りにしてるよ。すっごく頼りになる護衛だもん」
「はい」
「……えーっとだから、何というか」
言葉につまれば、グランツがスッと私の手を取って、その甲に額をぶつける。
「はい、エトワール様。この命は貴方のものなので、必ずエトワール様を命に代えても守って見せます。誓います」
「あ~うん、ありがとう」
変なスイッチを押してしまった気がして、相変わらず分からない人だなあと、思いながら私達はたどり着いた教会の扉の前で足を止めた。
多分、嫌な予感は当たる。そんなことを思いながら教会の扉をゆっくりと開いた。