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教室は、今日も少しだけ騒がしかった。
窓から入り込む風に、カーテンが揺れる。
笑い声と、机を引く音と、他愛もない会話。
どれも当たり前で、変わらないはずの日常 。
――はず、なのに。
「霧夢さん」
名前を呼ばれて、少し遅れて顔を上げる。
「これ、回してもらっていい?」
差し出されたプリントを受け取り、静かに頷いた。
「……はい」
それだけ。
それ以上、言葉は続かない。
無口で、大人しくて、少し不思議。
周りから見れば、僕はそういう人間だと思う。
……たぶん、それで間違っていない。
プリントを後ろに回しながら、視線を落とす。
誰とも目を合わせないように。
余計なことを考えないように。
でも、ふと。
視界の端で、色が滲んだ。
教室の奥。
楽しそうに笑っているクラスメイトの、その“奥”。
言葉じゃないものが、透けて見える。
(……また)
意識しなくても、勝手に流れ込んでくる。
声に出さない本音。
隠している感情。
気づかれないように押し込めた、疲れ。
胸の奥が、きゅっと縮んだ。
知りたくなかった。
見えなくてよかった。
知らないまま笑っていられたら、それでよかったのに。
「霧夢、大丈夫?」
心配そうな声に、はっとする。
「……え、あ、はい。大丈夫です」
自然に口角を上げる。
いつもの、“大丈夫な自分”。
その瞬間、背中に何かが当たっ た気がして、肩をすくめた。
(……落ち着いて)
フードを深く被り直す。
パーカーの中で、指先が小さく震えた。
誰にも見えないように。
誰にも気づかれないように。
――ここにいるために。
チャイムが鳴り、授業が始まる。
先生の声を聞き流しながら、窓の外を見る。
青い空は、今日も変わらず遠い。
(僕は……)
ここにいていいんだろうか。
人間として。
それとも、何か別のものとして。
答えは出ないまま、時間だけが過ぎていく。
それでも僕は、
今日も“何事もなかったように”席に座っている。
それが、
霧夢 樂癒奏の日常だった。