公宣と純子が、夜に二人で映画鑑賞に夢中になるのは珍しいことではないので、芹の言葉に想は小さく頷いた。
「ならさ、もし聞かれたら父さんたちにも言っといてくれるか?」
「OK〜♪」
芹が頭の上に両手で大きく輪を作るのを見届けると、想は彼の背後で所在なく立ち尽くしたままの結葉を振り返る。
「じゃ、行くぞ」
言うなり、自分の手を取って歩き出す想に、結葉は「あのっ、行くってどこへ?」と問わずにはいられなくて。
「さっき言っただろ? ドライブだよ、ドライブ」
玄関先に掛けてあった車のキーを手に取ってニヤリと悪戯っ子のような笑みを向ける想に、結葉は(その目的地を知りたいのに)と心の中で抗議する。
声に出さなかったのは、きっと想が、結葉の言いたいことなんてお見通しのくせに、わざとはぐらかすような言い方をしていると分かっていたからだ。
***
夜のドライブに想が選んだのは、当然会社の軽トラではなく、想の愛車――黒のヴォクシーだった。
基本的に仕事以外で出かけるとき、想はこの車に結葉を乗せてくれるのだけれど、想が乗っているヴォクシーは七人乗り仕様らしい。
想一人や、結葉と二人だけだととても勿体無く思えてしまう。
「何か広すぎて落ち着かないね」
今更のようにソワソワしながら結葉が後部シートを眺めたら、「家族全員乗せるのにはいいんだけどな」と想が言って。
「けどこの車おっきいから、想ちゃんと芹ちゃん、公宣さん、純子さん。全員で乗っても余裕だね」
結葉が三列目まであるシートを数えるようにして指を折ったら、
「俺はその中にお前も居たらいいとずっと思ってる」
と静かな声音で返された。
「わ、たしも……?」
ずっと好きだと言われ続けてきたのだから今更なのに、何だかそういう具体的な例を挙げられると、やたら照れてしまった結葉だ。
それを誤魔化すみたいに「それでもまだ二席余っちゃうねぇ〜?」って努めて明るく笑ったら、「子供が出来たら足りなくなるんじゃね?」と言われて。
「こ、ども……っ?」
まだ想の告白を受けるとも何とも答えられていないのに、想がその先の未来を語るから、結葉はどうしたらいいのか分からなくなった。
そわつく気持ちを落ち着けたくて、窓外を流れる夜景を見つめながらオロオロと視線を彷徨わせたら、背後から更に、想の低められた声が被さってくる。
「なぁ結葉。ひとつだけ先に聞かせてくれ」
街灯などの前を通過するたび、外の明かりのせいで窓ガラスが鏡面になる。
そのたび、そっぽを向いていても想の顔が見えてしまうことに結葉はドギマギして。
「……なぁに?」
それを気取られないよう一生懸命心を落ち着けて短く答えたつもりだったけれど、声が震えてしまった気がした結葉だ。
「全部色んなことを取り払った上で純粋に答えてくれな?」
「……? ……うん」
「結葉は……俺のこと、男としてどう思ってる?」
さすがに結葉も、こんなに直球で聞かれるとは思っていなかったから。
「あ、あの……っ」
驚いて思わず想の方を振り返ったら、想は至極真剣な顔で前方を見つめていた。
運転中なのだから当たり前だと思う反面、いつもの想ならちらちらとこちらを気にしてくれるはずなのに、と思って、結葉は逆に落ち着かない気持ちにさせられる。
ふと見ると、ハンドルを握る手に、ギュッと力がこもっているのか、想の手首の辺りに筋が浮いて見えているのに気づいた結葉だ。
結葉は、今の質問を投げかけるのに、想自身ものすごく勇気を振り絞ってくれたんじゃないかと今更のように気付かされる。
「――想ちゃん……私……」
結葉は太ももに乗せた両の手をギュッと握り締めると、想の質問に〝好き〟と一言短く返そうとして……。
でもその途端、偉央の切ない声と顔が思い出されて言葉に詰まってしまった。
音楽もラジオも掛かっていない静かな車内。
エンジン音とエアコンの音に紛れて二人の吐息ばかりがやたらと大きく聞こえてしまう。
想はじっと前方を見つめたまま、結葉にその先を早く言えとも何とも急かして来ない。
それがまた余計に結葉の胸をギュッと締め付けてきた。
「ごめんね。私、……まだ想ちゃんに何も伝えられそうにないよ……」
泣きそうにか細い震える声でそう言ったら、想が「やっぱりそうか」と小さな声でつぶやいて。
そのままウィンカーを上げて路肩に車を停車した。
「想……ちゃ?」
別にどこかにたどり着いたというわけでもなさそうなのに急に車を停められて、結葉は戸惑って。
薄暗くてよく見えない窓外にじっと目を凝らしてハッとした。
「ここ……」
「お前が住んでたタワマンの真ん前だ」
結葉は時折窓の外に視線を流していたはずなのに、意識がすっかり想に持って行かれていたことに今更のように気付かされた。
いくら外が暗かったからと言って、抜けているにも程があるではないか。
「……な、んでこんな所に?」
「言ったろ? お前に見せたいものがあるって」
(まさかこのマンションの一室を買ったとか言う話じゃないよね?)
言われて、即座にそんなことを思ってしまった結葉だ。
確かにこのマンションはセキュリティ面ですごく充実しているし、住み心地は悪くなかったから。
でも……。
いくら何でもそれはないよね?と思って。
不安に瞳を揺らめかせながら想を見つめたら、「バーカ」と額を軽く小突かれた。
「――いくら何でもここに部屋を買ったとかそういう馬鹿なことは言わねぇから安心しろ」
想の言葉に、結葉はにわかに恥ずかしくなる。
(何にも言わなくても、やっぱり想ちゃんは私の考えていることなんて全部全部お見通しなんだ)
でも、だったら何故こんなところに?とも思ってしまった。
結葉の疑問に答えるように、
「俺が見せたいのはあっち」
言って想が指差したのは、道路を挟んで反対側の、『みしょう動物病院』の方だった。
そっちこそ尚のこともう縁なんてないはずなのに何で?と思ってから、結葉は駐車場の一角に見慣れない影の一群が出来上がっていることに気がついた。
「あれって」
「マンション売ったからじゃねぇか? 家を建ててるみたいだ」
想は、「俺も今日たまたまこの道通って気付いたんだけどな」と付け加えてから、結葉をじっと見つめてくる。
「想……ちゃん?」
想が何を言いたいのかよく分からなくて、結葉がオロオロと想を見返したら、想が吐息を落とす。
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