ずっと前から、アイツだけは気に入らなかった。
猫みたいにつり上がった細い目。
筋肉質な身体。
悪人面のくせして仁義や任侠を重んじる性根。
組の内部分裂が起きる前から、何もかも違う俺達は互いに嫌い合っていた。
…はずなのに。
鮎川(ッ…、マジで何なんだよ…この気持ち)
数日前、俺は路地でアイツと遭遇し、言葉もそこそこに殺し合いに突入した。
伊武「仁義を忘れて金に走るなんて、羨ましくないねぇ!鮎川‼」
鮎川「そんな時代はもう終わった…金がなけりゃあ、組は保たねぇんだよ!伊武‼」
スピードにおいては俺が有利だったが、1発1発のパワーではどうしてもアイツが上だ。
…だが、何か妙だった。
鮎川(?…何だ?コイツの攻撃…こんなに簡単に避けれるもんだったか?)
コイツの…伊武の攻撃は、いつもとは考えられないほど避けやすかった。
俺は後ろに一歩後退すると、伊武に向けて言い放った。
鮎川「いい加減…鬱陶しいぞ、テメェ」
伊武「あ?」
鮎川「どういうつもりだ、コラ!情けのつもりか?!伊武‼」
俺の言葉を聞いても、伊武は身じろぎ一つもしなかった。
伊武「舐めてくれるねぇ、鮎川。敵にかける情けなんざ、持っちゃいないねぇ」
アイツは余裕ぶってそう言い返してきた。
でも、その目は心なしか…悲しそうに見えた。
鮎川(…くっそ、ワケ分かんねぇよ…‼)
アイツの悲しそうな目を思い出す度に、アイツのことを考える度に、どうしてこんなにもドキドキするんだろうか。
鮎川「あー、ムカつく…‼」
どれもこれも、全部アイツのせいだ。
そう片付けてしまいたかった。
来栖「大丈夫っすか?鮎川の兄貴」
いつの間にいたのか、俺の背後に舎弟の来栖が立っていた。
来栖三成。コイツはまだ若いが、獅子王組のエースと呼ばれる程の実力を持つ天才だ。
来栖「今日は随分と荒れてますね」
鮎川「うるせぇ」
来栖が俺の隣に座る。
…瞬間、その表情が変わった。
来栖「鮎川の兄貴、目…見せて下さい」
鮎川「?!っおい!何すん―」
俺が問う間もなく、来栖は俺の顔を手で包み、目を覗き込んだ。
来栖「…ふぅん…なるほど」
鮎川「な、何だよ…?」
来栖は俺の顔を見て「大変なことになったな」とでも言うような顔をした。
俺は何だか自分の心の内を見透かされているような気がして、気分が悪かった。
来栖「うん、分かりました」
鮎川「何が‼」
腹が立って、思わず大きな声が出てしまった。
来栖「それ、恋ですよ。鮎川の兄貴」
俺の怒声を完全無視して、来栖が放った一言は、予想の範疇を遥かに越えるものだった。
鮎川「な…っ!何言って」
来栖「ほら、さっき苛立ってたのだって、誰かのことを考えると胸がドキドキする、とか、心がざわめく、とか、そんな理由だったんじゃないですか?」
来栖があまりにも図星を突いてくるので、俺は動揺して分かりやすく反論した。
鮎川「ばっ、馬鹿言ってんじゃねぇぞ!俺は伊武のことなんざ何とも…」
来栖「え?」
俺の言葉に首をかしげた来栖を見て一番に「しまった」と思った。
来栖「伊武の兄貴…?何で今伊武の兄貴が出てくるんですか?」
鮎川「…!……!…」
俺は来栖の質問に答えられない。
来栖「……まぁ、知ってましたけどね。さっきのだってわざと詮索してたんですよ。兄貴の本音を聞くために」
鮎川「!!テメェ!!!」
来栖「まぁまぁ、落ち着いて下さい。それよりも―」
来栖はおもむろに立ち上がり、俺の方を向いてこう言った。
来栖「黒澤の兄貴の前では、そんな顔赤くしない方がいいですよ。敵に恋してる奴がいるなんて、あの人絶対許してくれなさそうですし」
遠ざかっていく来栖の背中を見ながら、俺はその日のことを思い出した。
―敵にかける情けなんざ、持っちゃいない―。
アイツは確かにそう言った。でも目は違った。
今思えば独りよがりかもしれねぇんだろうが、少なくとも俺はしのぎを削る殺し合いの中で、不意に見せられた優しさに心を奪われちまったんだろう。
鮎川「…くそっ」
そんな目で俺を見るな。そんな悲しそうな顔をするな。
鮎川「それじゃ、お前のこと…余計に好きになっちまうだろうが…!!」
コメント
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鮎川、なんか可愛い (人*´∀`)。*それが良いんだけどね╰(⸝⸝⸝´꒳`⸝⸝⸝)╯
尊いすぎ_:(´ཀ`」 ∠):自分で少し加工したい
他の人とは違った良さがあるッ