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ツンデレの本
棚を見つけたり、段ボール箱の中に古ぼけたラノベが入っていたりと、面白そうなものはたくさんありましたが、一番興味を引いたのは、部屋の奥にあった古い机の上です。埃まみれになったノートが何冊か重ねられて置いてあるだけですが、なぜか目を引きつけられてしまいます。
マカロはその一冊を手に取り、パラパラとページを開いていきます。どうやら日記帳らしく、昔の誰かが書いたらしい文章が記されていました。
『今日からまた新しい日々が始まる。私はこれからどんな風に変わっていくんだろう』
始まりの一文を読んで、マカロは何とはなしに続きを読み進めていきます。
そこに記されていたのは、ごく普通の女の子の日記だったようです。
自分のこと、家族のこと、友達のこと――ありふれた日常の出来事を書き留めただけのものでした。
ただ一つだけ奇妙な点があったとすれば、最初の方に書かれていた文章でしょうか。
『――男の子になりたかった』
どうしてこんなことを思ったのか、その理由までは書かれていませんでしたが、マカロは不思議とその言葉に共感を覚えずにはいられませんでした。
自分も同じことを考えていた時期があったからかもしれません。
プラカと出会うまで、マカロは自分の性別についてあまり意識したことはありませんでした。
ただ、周りにいる同年代の女の子たちが、自分のことを男の子扱いしてくれていることだけはわかっていました。特に、アリツィアなどは露骨に自分を男として扱うため、それが自然だとさえ思っていました。
しかし、今ではすっかり慣れてしまったものの、ふとした瞬間に自分が女であることを思い出させられます。
たとえば、服を買う時に。
例えば、小さなスピーカーのようなものを見つけたりしました。
これはどう使うのかわかりませんが、とりあえず持って帰って調べようと決めました。
他にもいくつか使えそうなものがありましたが、どれも持ち運びが難しいものばかりです。特に大きなものは一人で運ぶことは不可能に近いでしょう。結局持ち帰ることは諦めることにして、マカロは元の場所に戻ろうとします。
ふと視線を感じて振り返ると、そこにはプラカがいました。彼女はじっとこちらを見つめたまま動かずにいます。その瞳はどこか不安げにも思えます。
「どうかした?」
声をかけるとプラカはすぐに目を逸らしてしまいました。しかしそれでも、マカロの様子を窺っていることはわかります。まるで捨てられた子犬のような目つきです。
「ちょっと見てくるだけだからすぐ戻ってくるよ」
言いながらマカロは歩き出します。
少しだけ歩いてみると、意外と色んなものが置かれていることがわかります。実験に使うらしい器具類もあれば、誰かが持ち込んだのか、大きな観葉植物もありました。
それからさらにしばらく歩いていると、一つの扉が見えてきました。
他の部屋とは違い、鍵がかけられた頑丈そうな鉄格子のついた扉です。どう見ても部外者が入れる場所ではありません。
「こんなところあったんだ……」
マカロはその部屋に近寄ってみようとします。
するとその時、背後から小さな足音が聞こえました。振り向くとそこにいたのはプラカです。
「どこ行くんですか?」
「あー、ちょっと探検」
「危なくないですか?」
「大丈夫だよ。これくらいなら平気だって」
心配性だなぁ、と思いながらもマカロは笑みを浮かべます。
「……じゃあ、私も行きます」
プラカはゆっくりとマカロの隣まで近づいてきます。
そして二人は一緒に廊下に出て、先ほどの部屋の前まで来ました。
扉の向こう側からは何の音もしていません。
マカロとプラカはそのドアノブに手をかけます。
「鍵がかかってるみたいだね」
プラカはマカロの言葉を聞きながら、ポケットから針金を取り出します。そして慣れた手つきであっと言う間に開錠してしまいます。
「すごいね」
「ふふん、これくらい朝飯前ですよ」
得意げに胸を張るプラカに続いて部屋に入ると、そこは機材置き場になっており、いくつもの箱や棚が置かれていて足の踏み場もない状態となっています。
「……ん?」
その中で一際目を引くものが一つありました。
床の上に無造作に置かれている大きな紙袋です。
中に何か入っているのか膨らんでいて、しかも横倒しの状態で置かれています。
「なんだろ……」
興味を持ったマカロがそれを持ち上げると、中で何かが動く音がしました。
恐る恐る中身を確認すると、そこには―――
「きゃっ!」
思わず悲鳴を上げて手を離します。すると、その反動で倒れていた袋の中から人影が現れました。
「いったぁ~……もうちょっと丁寧に扱ってほしいんだけどぉ」
現れたのは、一人の少女でした。長い銀髪をツインテールにした小柄な体躯の少女で、年齢はマカロと同じぐらいでしょうか。彼女はこちらの姿を認めるなり目を丸くします。
「あら、こんなところに人がいるなんて珍しいこともあるものだわ」
マカロは思わず息を飲みました。
彼女の容姿に驚いたからではありません。彼女が発した声音に聞き覚えがあったからです。
目の前にいる少女は、あの時の―――
「あなたは……!」
「あら、誰かしら? 私はあなたのことを知らないけれど」
マカロの言葉に、銀髪の少女は眉一つ動かさずに言い放ちます。
「あ……えっと……」
どう答えたものか迷ったマカロは言葉を失います。しかしすぐに立ち直ります。
「僕だよ! ほら、君が前に教えてくれたマカロっていうんだけど……」
銀髪の少女は少しの間考える素振りを見せます。それからようやく思い出したかのように口を開きます。
「ああ、そう言えばそんな名前だったわね。すっかり忘れていたわ」
「……ひどいなぁ」
苦笑を浮かべながらマカロは呟きます。
「探検ごっこなんて、子供っぽいよね……」
プラカはその言葉を聞き逃さず、少し慌てた様子を見せました。
「いえ、私は好きですよ」
「そう?」
「はい。なんだか楽しそうじゃないですか」
プラカの言葉にマカロは一瞬だけ考え込みます。
「……じゃあさ、ちょっと付き合ってくれる?」
マカロの言葉に、プラカの顔がぱっと明るくなりました。
「はい!」
二人は連れ立って部屋を出ていきます。
廊下に出ると、ちょうど昼休みの終わりを告げる鐘の音が流れてきました。午後の授業の開始まであまり時間がありません。二人は急いで階段を下りて行きます。
「どこに行くんですか?」
「屋上だよ」
「屋……上……」
その言葉を聞いた途端、プラカの声が少しだけ固くなりました。
「どうしたんですか急に……」マカロは、自分の方を見ずに答えるプラカの姿を見つけてしまいます。
「ちょっと暇だったからさ。なんか面白そうなことないかなって思って」
マカロの言葉通り、特に変わったところのない普通の部屋でした。部屋の隅っこに置かれた古めかしいスピーカーからは音楽が流れ続け、壁にかけられた大きな時計が音を立てながら針を動かしています。
マカロは一通り見回した後、適当なパイプ椅子を見つけ出して腰掛けました。
それからしばらく経っても何も起こりません。
退屈を感じたマカロはため息をつくと同時に小さくあくびをし、ふっと視線を横に動かします。すると、そこにはこちらを見つめていたプラカの姿がありました。
「あれっ!?」
思わず声を上げてしまいます。
そこには古い木箱が置かれていて、その中には本がぎっしりと詰まっています。
「へぇー、こんなところにあったんだぁ……」
マカロはその本を手にとってみました。ずっしりとした重さを感じながらページを開いていきます。表紙の裏を見ると『魔法学概論』と記されていました。どうやらこれは誰かの研究書のようです。
興味を持ったマカロはさらに読み進めようとしますが、そのときふと視界の端に映った影に気づいてそちらへと目を向けます。
そこには、プラカも見たことのないものがいくつもありました。
埃を被った古い実験器具らしきものや壊れた機械のようなものなど。それらはどれも年季の入ったものです。
ふと、その中でマカロの目を引いたものがあります。
「これは……」
古ぼけた箱の中にあったのは、見覚えのある形をした人形でした。
小さな女の子を模したと思われるそれは、昔よく遊んでいたおもちゃの一つです。
確か名前は――
「おままごとセットだったっけ……懐かしいなぁ」
子供のころの記憶を思い出しながら、マカロはその人形を手に取りました。
木でできた、小さな女の子用のおままごとセットです。まだ新品同様の状態です。
「懐かしいなぁ……昔よく遊んだっけ」
マカロは昔を思い出すようにしてそれを眺めていました。
すると背後から声をかけられます。
「それ、使ってみますか?」
振り向くとそこにはプラカがいました。彼女はマカロの手の中にあるものをじっと見つめています。
「え? これってプラカのものじゃないの?」
「いえ、私のものですが、使う機会がないんでどうせなら誰かが使ってくれれば嬉しいです」
プラカの言葉を受けて、マカロは少しだけ迷った後、「じゃあ借りようかな」と言ってそれを受け取りました。
それからしばらく、二人は一緒にその玩具を使って遊び続けました。
最初はお互いにぎくしゃくしていたものの、しばらくするといつも通りの雰囲気に戻っていきました。
やがて二人は、普段なら立ち寄らないであろう区画まで足を延ばし、そこにあった棚の前で立ち止まります。そこには古い書物がいくつか置かれており、埃を被っているものもあります。
マカロはその一つを手に取り、ぱらぱらとページをめくっていくうちにふとあることに気が付きます。
「これって……」
「どうしましたか?」
プラカは首を傾げながら近づいてきます。
「ほら、これ見て。古代文字だよ!」
マカロは興奮気味に声を上げます。その視線の先には、古ぼけた羊皮紙に書かれた古文書のようなものが置かれていました。
そこにあったものは、一見するとガラクタのようなものばかりでした。
壊れた机や椅子が積み上げられた山があったり、よくわからない機械類が置かれていたりと様々です。
そんな中で一つだけ、目を引くものがありました。
「あれ? これ……」
マカロはその小さな箱を手に取ります。大きさとしては手のひらより少し大きいくらいでしょうか。表面は金属質なもので覆われていて、かなり頑丈そうな印象を受けます。
しかしそれ以上に目を引かれたのは、表面に書かれている文字でした。
「えっと……これは……『通信機』だって!」
そこには確かに、『通信機』と記されていました。
この世界において、魔法技術の発展とともに生まれたものです。簡単に言えば、遠くにいる相手とも話せる魔法の道具といったところでしょうか。
マカロもその実物を見るのは初めてなのですが、これがどんな機能を持っているのかということは知っています。
つまり――通信機の使い方も知っているということです。
マカロの手の中で、その通信機は鈍く光を放っていました。◆
「おい、お前、さっきそこで誰と話していたんだ?」
プラカと別れたあと、自分の部屋に戻ったマカロはすぐに、ベッドの上に寝転んでいました。
しばらくすると、ドアの向こう側からノックとともに声がかけられました。
慌てて飛び起きながら返事をします。
「なっ、なんでもないよ!」
ドアを開けると、そこには腕を組んだラスタがいました。
「――っ!」
反射的にマカロは身を隠してしまいます。
しかしよく見るとどうやら寝ているようです。壁にもたれかかって座ったまま眠り込んでしまいました。
「なんだ……びっくりさせないでよね……」
ほっとしたマカロはそのままラスタの横を通り過ぎようとします。
するとその時、ラスタの腕が伸びてきてマカロの手を掴みました。
「きゃあっ!?」
突然の出来事にマカロは大きな悲鳴をあげてしまうと同時にバランスを失って倒れ込みます。ラスタはそれを優しく抱き止め、そのままマカロを押し倒します。
「え? は? ちょっ……ちょっと! 起きてるんでしょ!?」
必死に抵抗するマカロに対して、ラスタは全く無反応のまま覆い被さり続けます。
「おーきーろ! 起きないと襲うぞ~!」
「んぁっ!?」
耳元からの突然の声にびっくりして飛び起きると目の前に少女の顔があった。
「やっと起きた……まったく寝坊助さんなんだから……」
「すまない、つい気持ちよくて……」
「もう仕方のない人ねぇ……」
少女はクスリと笑うと、ベッドの横に置いてあったテーブルの上にあったカップを手に取り、コーヒーを口に含んだ。