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「……ール、エトワール!」
「……ぁ」
「エトワール!」
目が覚めて真っ先に飛び込んできたのは、大好きな推しの顔。
夢でも見ているんじゃ無いかって思うぐらい綺麗な推しの顔を見て、私はヘにゃりと笑う。しかし、だんだんと冴えてきた頭は、ここがゲームの世界で私は悪役聖女のエトワールに転生して……と、随分と昔のことが蘇ってくる。
私はゆっくりと目を開いて、周りを見た。
部屋には何も置いてなくて、あるものと言えば椅子と机ぐらいか。広いのに何もない部屋のベッドの上に私は寝ていた。そして、そんな私の顔を、リースがのぞき込んでいる。
「リース」
「……っ、よかった、目が覚めたんだな」
と、彼は安心したような顔で私に抱きついた。
いきなりのことで反応出来なかったが、彼から香る匂いとか温もりに私は涙が出そうになった。
ようやく、私はリースを助けた後気絶してしまって今目が覚めたのだと理解した。
彼の表情や、部屋の雰囲気で何となく分かる。
それから、リースは医師を呼び私は簡単な診察を受け、まだ安静にしているようにと言われた。その後、リースから私が倒れてからの事を教えてもらった。
「三日!?三日も寝てたの!?」
「そうだ、俺がどれだけ心配して」
リースによれば、私は倒れてから丸三日眠っていたらしい。その間、呼吸も静かで心臓の音も静かだったとか。混沌の中に長時間いたせいか、かなり身体に負荷がかかってしまったらしい。混沌は感情を暴走させるだけではなく、身体にも影響が及ぶのかと私は不思議に思った。まあ、気を張っていたのもあれだし、魔力も結構使ったしで、あり得ない話ではなかったが。
ここは皇宮の一室らしく、リースが運んでくれたらしい。本物の聖女ではないのに、ここまで厚く看病されると何だか不思議な気持ちになる。
リースの指示でわざわざ看病してくれたのか、それともリースを助けたから邪険にできないのかのどっちかか。
と、私はつい考えてしまう。だが、幾ら考えても仕方がないと言うことで、私はリースを見る。目に隈が少しできており、やつれている感じだった。彼は魔力やら感情やらを暴走させられていて、私以上に休暇を取る必要があるはずなのに、完璧の精神からか、それとも負い目を感じているからなのか仕事をしていたんだろうなと言うのが一目で分かった。休んでと言って休むような人ではな事をよく知っているから。
「ありがとう、心配してくれて」
「ああ」
「……でも、リースも休まなきゃ」
そう私が言うと、リースは顔を上げた後視線を逸らした。
矢っ張り、弱っている自分を見せたくないからなのか、強がっているからなのか、リースはそうだな。としか言わなかった。
「ルーメンさんとか心配するんじゃない?」
「彼奴は……まあ」
「うん?」
「確かに、お前に休めと言われたから休もうと思う。お前が欠点があってもいいといったから、俺は少し肩の力を抜こうとも……だが、今はそれどころではないんだ」
と、リースは言葉を濁した。
ようやくすれば、私に休んでって言われたから今すぐにでも休みたい。でも、休めない理由があるといった所か。
休めない理由? と聞こうとしたとき、私はとても大切なことを思い出した。
「トワイライト……そうだ、トワイライトは!?」
私が気を失う直前、グランツがトワイライトが攫われたと私に報告してきたのだ。それを聞いて気を失ってしまった。
もしかして、リースがいう休めない理由とはトワイライトが攫われたからだろう。私達が混沌を逃がしたせいで、もしかしたら混沌に捕まってしまったのかも知れない。
そう思い、リースを見ればそれもそうだが、と口を開く。
「混沌が復活し、災厄が徐々に広がりつつある。そして、ヘウンデウン教が我が国に、世界に宣戦布告してきたんだ」
そう、リースは告げると頭が痛いとでも言うようにため息をついた。
ヘウンデウン教は、混沌を信仰しており、混沌の力によって世界を滅ぼそうとしている教団だ。
その集団の規模は分かっておらず、ブライトによれば災厄が近付いてきて人々の心に不安ができたこともあり、入団者が増えたとか。だが、宣戦布告とはまた大きな事を……と私は顎に手を当てて考える。
帝国と全面戦争になるのだろうか。だが、リースの言葉を思い返せば、「世界に」と言っていた。と言うことは、他の国にもヘウンデウン教は侵攻しようとしてきているのか。やはり、大きな教団なのではないかと私は思う。
「それは、その、大変で……」
大変。と言う一言では済まされないのだろうが、私にはどうすることもできないだろうし、一人で相手できる数ではないことは確かなのである。もし、私が力を貸してもいいというのであれば、そりゃ力を貸すけれど。
(帝国の人が私が一緒に戦うって言って良い顔しないだろうし……)
トワイライトが攫われたのも私のせいではないかと思っていたら。とも考えてしまった。人の考え方というのは簡単に変わらないし、リースを救ったこともどう思われているのか。
「ああ、大変だ。攫われたトワイライトもまた、ヘウンデウン教に力を貸しているらしいからな」
「え?」
耳も疑うような言葉に私は顔を上げる。
リースは、本当だ。と私をじっと見つめて話を続けた。
彼が言っていることが本当ならば、今まさに世界中が混乱しているのではないか。どうして、それが三日の間に分かったのかと聞けば、その宣戦布告をしてきたのが、トワイライトと、謎の男だったからだそうだ。空にスクリーンのように彼女たちが映し出され、災厄は始まった。ここに、宣戦布告するとか言ってきたとか何とか。兎に角、首謀者の中にトワイライトが居たそうだ。帝国はパニックになっており、勿論他国も同じように混乱していた。何せ、自分たちが頼りにしていた存在が敵に回ったのだから。
だが、そうなるとトワイライトは完全に混沌に操られてしまったのではないかと思った。彼女が自らそんなことをするわけないし、そもそも彼女はこのゲームのヒロインなのだ。私が悪役で、本来ならトワイライトの位置に立っていたはずなのに。
(矢っ張り、物語が変わってる……こうなったら、何が起るか分からない)
元から分からない事だらけであったが、本物の聖女であるトワイライトが敵に回ってしまったと言うことは、完全に詰んでいると思った。私では力不足だ。何せ偽物であるから。
「これから、どうなるの?私達は、トワイライトと戦うって事?」
「そう、なるな……トワイライトだけではなく、ヘウンデウン教を相手にするんだ。そこに聖女の力が関わっているとなれば、尚更難しい」
ヘウンデウン教は闇魔法の者で構築されているから、光魔法を司る聖女であるトワイライトが闇落ちして闇魔法を使うようになったら。それは、本当につみでどうしようもない。
そんなことを考えながら、私の頭の中はトワイライトと戦わなければいけないという現実に心を痛めていた。
私は、彼女を殺すことができるのだろうか。
殺すことなんてできやしない。だって、彼女は私の妹だから。でも、私がやらなければもっと多くの人が犠牲になるかもしれない。
だけど、それでも、私は彼女を救いたい。
と、いろんな思いがごちゃごちゃになってしまっていた。彼女を殺さなければ、と言う考えにいたったのは、ゲーム内ではエトワールはトワイライトや攻略キャラ達によって殺されたから。災厄を打ち払い、そうして混沌とどうかしてしまったエトワールを……というのが本来のシナリオであったから。
だから、今回の場合その立場が逆になって……
(ううん、今は考えないでおこう。助ける方法だってあるかも知れないし)
現状、何処まで何が進んでいるのか分からないため、まだトワイライトとの正面衝突にはならないだろう。もっと、色々と把握してそれから……
「困ったのは、それだけじゃない。魔道騎士団の団長とも連絡が途絶えてしまった」
「魔道騎士団の団長って、ブライトの!?」
リースの言葉にまた私は目を丸くする。
本物の聖女がいない今、頼りになるのは魔道騎士団の団長、魔道騎士団だと思っていたが、その団長と連絡が取れなくなってしまったというのだ。ブライトは、弟についての告白を貴族や国民にし、父親がいなくなった今色々と追われているらしい。ブライトが皆に弟が混沌でしたと告白したのは意外だったが、これ以上隠せないと思ったのだろう。そのせいで、また民の不安を煽る結果となり、混乱が帝国中に広がっていた。
「まあ、いいことはあったが……レイ卿の支援を受けられることになった」
「アルベドの所……の?」
「ああ、そうだ。実質公爵の爵位を継ぐのはあの男だろう。一応は、父親に承諾を得て、それから今後の戦いの支援をと」
「そう……」
「だが、あの家はアルベド・レイとその弟のラヴァイン・レイの勢力が分裂しているからな。受けられる支援も半分と言ったところか……」
「そっか、弟の」
アルベドは長男だし爵位をつぐみだと思っていたけれど確かに彼は、弟と爵位を争っているとか何とか言っていた。でも、家に戻っていない弟と、家を守っているアルベドではやはりアルベドの方が有利なのだろう。まあ、そういうこともあってアルベドは災厄に対抗する為リースと、皇族と繋がりを持ちたかったに違いない。闇魔法の家門であるが、リースが承諾したのは、私との繋がりがあるからだろうか。
それにしても、リースとアルベドは仲が悪いのに、こういう時は私怨を交えず事を進められるのはやはり凄いと思う。リースが言うには「あいつは、気に食わない」らしいが、それでも背に腹はかえられない状況なのだろう。
「だがやはり、それだけでは援助不足だ。今日はこれからダズリング家と交渉にいってくる予定だ」
そう、リースは言うと私の方を見た。
交渉とは、どういう意味か。もしかして、何か協力できることでもあるのかと思い、私はリースの方を見る。彼は、休んでいてくれとでも言うような目を向けていた。だが、私はいてもたってもいられなかったのだ。トワイライトの事もあって。
「ダズリング家ってあの双子の所でしょ?私も連れて行って」
「……エトワール、お前はもう少し休んで……」
「ううん。休んでいられない。だって、トワイライトが攫われたんでしょ?それに、頼りになる聖女は私だけじゃない」
と、私はリースの言葉をすべて蹴る。
ダズリング家は富豪だし、お金の支援を……といういみなのだろう。
私は、リースを見つめる。彼は困ったような表情を浮べていたが、私が折れないと分かったのか。検討する。といって席を立つ。
私は、その背中を追いかけるように立ち上がり、部屋を出ようとしたが、まだ完全に回復していないのか、身体がふらついた。それをリースが受け止めてくれて、心配そうな顔をする。
「やはり、休んでいた方が」
「嫌だ、一緒にいくの」
「……エトワール」
はあ、と大きなため息をつくリース。
そうして、仕方がないというように私をじっと見つめた後口を開く。
「だが、すぐに体調が悪くなったら言え」