数日後。
今日は真由香の担当患者の検査日。あの日から、真由香は大翔と同じ担当についてくれと、院長と理事長に頼み込まれて、真由香と大翔で小児科の担当になることになった。
「望月さん、入りますよー」
「はい」
真由香と大翔は小児科の担当医だ。子ども好きな大翔が院長に小児科の担当にしてほしいと頼み込んだ結果、ちょうど小児科の担当だった真由香と同じところに組まれたのだ。真由香が『望月ひな』と書かれたカーテンを開ける。ひなは、生まれつき心臓の機能が悪く、小さいころからこの病院に入院している幼稚園児。
ひなは明るい笑顔で出迎えてくれた。
「先生、この人誰?」
ひながあどけない声で尋ねる。大翔がひなの視線に合わせてしゃがみ込み、自分の名刺を見せる。
「ひなちゃんの担当医、永羽大翔だよ」
「大翔先生…?」
ひなが下を見てしまった。
「…ひなちゃん?」
真由香が恐る恐る訪ねてみる。
「ひなの先生は、真由香先生じゃないの…?」
「私も、ひなちゃんの先生だよ」
「あの、真由香先生。そういえば、ひなちゃんの検査って…何時から?」
大翔が唐突に尋ねる。
「忘れてた…。ひなちゃん、検査しに行こうか」
「はーい」
ひなが手を挙げて元気よく返事をした。ひなは他の子と違って、子供の多くが嫌がると言われている検査にも、泣くことなくスムーズに検査させてくれる。
「ひなちゃん、本当に検査怖くないの?」
大翔がひなに尋ねてみる。それでもひなは「怖くない」と言い張る。
「そっか、いい子だね」
大翔がひなにそういうと、ひなは幼児特有の自然な笑みを見せた。
1時間後。
ひなの検査結果は新たな異常はなかった。ひなの病室に戻ると、ひなは車いすに座ったまま、こう言った。
「ひなね、真由香先生と大翔先生が結婚したら、絶対に先生の結婚式に行くって決めてるの!」
ひなからのあまりにも突然の発言に、真由香は思わず戸惑う。
「ひなちゃん、先生たちはまだ、会ったばかりだから…、結婚はまだしないよ」
「そっかあ…」
ひなは少し黙ってから、言葉を続けた。
「でもね、ひな、真由香先生と大翔先生が絶対結婚するって信じてる!」
その発言に、真由香も大翔も微笑んだ。
「ありがとう」
その時、病室のドアが開き、背の高い女性が入ってきた。
「ママ!」
ひなの母親は、真由香と大翔に軽く会釈すると、ひなにこう言い放った。
「ひな、まだ生きてたの?」
その言葉に、ひなも真由香も大翔も、その場にいた全員が驚愕した。
しかも、こんな言葉が続いた。
「ひなのせいで、りなも迷惑してるの」
「ねぇねが…?」
「だからさ、早く死んでりなに楽させてあげて」
「ちょっと!幼児相手にそんな言い方…!」
すると、病室中にバシッと、頬を叩く音が響い。
「ひなちゃん…!」
ひなは叩かれた頬を押さえると、大声で泣き始めた。
「これ以上叩くようなら、警察呼びますよ!!」
大翔がひなの母親を打倒しようとした時。
「何があったのですか!?真由、大丈夫?」
病室に入ってきたのは真由の同僚、紅葉だった。紅葉はひなを見ると、咄嗟に真由香に尋ねた。
「真由、これはどういうこと?」
「わかんない…。急にひなちゃんのお母さんが…」
「とりあえず、ひなちゃんをプレイルームに連れてって遊ばせてあげて。気晴らしになるかもしれない」
「わかった」
真由香と大翔は、ひなをプレイルームに連れていく。その間に、紅葉はひなちゃんの母親に話を聞くつもりのようだ。
「お母様は、こちらへ」
紅葉はひなの母親を、個人談話室に連れていった。
狭い個人談話室は静かだった。
「それで、ひなちゃんを何故叩いたのですか?」
紅葉は唐突に尋ねる。看護師になる前、ギャルだった紅葉は、自然に強めの口調で話す。
「早く言えよ」
紅葉は無意識に暴言を吐いたことに、自分でも驚いていた。
「言えって!」
紅葉が母親の頬をきつくつまむと、母親は一瞬ひるんだ。しかし、また言い返した。
「医者がそんなことをしていいとでも?」
「医者じゃなく、看護師です」
その後も母親は文句を言い続けていたが、紅葉はナースコールの音をきっかけに無理やり話を終わらせた。
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