これは、いけ好かない恋敵が再びドイツへ旅立ったあとの俺と藤澤さんのお話。
「大森くんっ!」
俺の名前を呼ぶ大きな声に、ぱっと顔を上げると、向こうから手を振りながら駆け寄ってくる彼の姿が見えた。顔を真っ赤にしながら息を切らして俺のすぐそばにたどり着くと、膝に手を当ててはぁはぁと息を整え始める。
「ご、ごめんねっ、電車乗り間違えちゃって……うっ、げほっ、げほっ」
「俺は全然大丈夫ですから、落ち着いてください!ほらゆっくり息吸って」
咳き込む彼の背中を撫でてやりながら、俺は思わず笑ってしまう。
「うぅ〜ごめんね、ありがとう〜」
藤澤さんは面目なさそうに肩を落として、手を合わせる。
「もう〜、いいって言ってるじゃあないですか!俺としては今日藤澤さんが一緒に過ごしてくれるだけで充分嬉しすぎるんですから」
そう、何を隠そう今日は俺の誕生日!告白して一応はフラれている身なので、前に交わした「大森くんの誕生日もお祝いさせて」なんて会話は反故にされてしまっても仕方ないと思っていた。しかし、なんと藤澤さんの方から誕生日を祝わせてほしいと提案があったのだ。もちろん断る理由などない。そういうわけで、俺たちは今ディズニーに来ている。元々俺はディズニーが好きだし、藤澤さんは上京してからも一度もディズニーに来たことがないというものだから、それならば一緒にということになったのである。
「うわぁ、どきどきしてきた……」
パークの入口をきらきらとした瞳で見つめる藤澤さんがたまらなく可愛い。もうこの顔を見れただけでも最高の誕生日だ……と俺は内心ガッツポーズを作った。
「ディズニーに来たなら必須でしょう」
そういってミッキーのカチューシャを手にしてみせると、藤澤さんはわぁっと歓声を上げた。
「すごいすごい!いろんな種類があるんだぁ」
うわ、どれもかわいくて迷っちゃうなぁ、と彼は視線を彷徨わせる。
「大森くんはどれにする?」
「えっ、どうしようかなぁ〜。帽子系でもいいけど、スタンダードにミッキーのカチューシャもいいし……魔法使いのミニ帽子がついてるのかわいいんですよね」
「わっ、確かに〜」
俺が手にとったのと同じのを手にした彼を見て、少し迷ってから
「せっかくだし、お、お揃いとかにしてみます……?」
うわ、言葉詰まっちゃった。かっこわる。何気ない風を装いたかったのに、これじゃ意識してんのばればれじゃん。
しかし、そんな心配を他所に、藤澤さんはディズニーという場所でテンションが上がりまくっているのか
「え!いいね〜!そういうの憧れある!」
なんて同意してくれる。気を遣ってくれたのか、それとも単なる天然タラシか……まぁ彼のことなので後者だな。でもラッキー。藤澤さんとおそろいとか、なんて願ったり叶ったりの展開だろうか。
俺たちは青色の魔法使い帽子のついたミッキーカチューシャをそれぞれ身につける。
まぁせっかくの誕生日だから、ちょっとは調子乗っても許してもらえるかな、なんて思って「さぁ行きましょ!」と俺は彼の手をとって歩き始めた。
控えめに言って、藤澤さんとのディズニーデート(あえてここは「デート」と強調したい。)は最高だった。遊園地に行ったカップルは別れる、なんて言説があるが、あれはつまり待ち時間が問題なのだ。特に9月……夏真っ盛りのこの時期などなかなか列の進まないことに加えて暑さも大問題。募る苛立ちをうっかり相手にぶつけてしまったりして、険悪な空気が漂い始め……というのが想定される流れなのだろうが、藤澤さんに関してはまったく問題ではなかった。もともと列待ちで苛立つようなイメージはなかったけれど、「つまらない」と感じられてしまったら俺の沽券に関わる。俺との「デート」、なんとしても楽しい、もっと一緒に過ごしたい、と感じてもらわねばならない。そう思ってあれこれ対策は講じてきてあったのだが
「わっ、みて、あれなんだろ〜」
「そういえば大森くんってー」
「それでいくと僕、昨日ー」
周囲の景色、俺に関すること、それに関連して自分の話……。飽きないように話題をどんどん振ってくれる。しかもずっと楽しそう。にこにこと話す彼を見ていると、こちらまで思わず笑みが浮かんできてしまう。
「あっ、この辺、陽が当たるね。大森くんここにいなよ、ここ日陰だよ」
列が動いて陽の当たるゾーンにくると、藤澤さんは自分が列にいながら、少し列からズレた日陰に俺を誘導しようとする。
「えっ、大丈夫ですよ、藤澤さんこそ日陰にいてくださいってば」
「僕は大丈夫、夏大好きだし。大森くん、暑いの苦手って前に言ってたでしょ」
うわ、覚えててくれて気をつかってくれたんだ……。やば、めちゃくちゃキュンとする。っていやいや、俺が藤澤さんをキュンとさせる機会なのに逆にさらに惚れさせられててどうする!
「……藤澤さんって絶対モテますよね」
なんだか悔しくなって、痛む胸の辺りを押さえながらそう言うと、藤澤さんは不思議そうに首を傾げて笑った。
「なんで?全然モテないよ〜」
あぁ、これ好意に気づいてもらえずに泣いた奴らがたくさんいるんだろうな。まぁ俺は諦め悪いから、フラれても「口説き続ける」宣言しちゃってんだけど。でもそれが本当に嫌だったらこんな風に出かけてくれたりなんか、いくら優しい藤澤さんでもしないだろうから多少は脈アリなんだろうと思っている。はやいとこドイツ野郎を心の中から追い出してやろう。俺はきらきらと降り注ぐ陽射しに目を細めながら改めて決意した。
パレードを見終えて、俺はスマホの写真フォルダに藤澤さんの写真がたくさん増えたことにほくほくしながら、さて帰路につこうかというとき
「はい、大森くん、これ」
藤澤さんに小さな紙袋を手渡される。きょとん、としながらそれを受け取ると
「大したものじゃないんだけどさ、誕プレ」
「えっ!本当に?!うわっ、嬉しすぎますありがとうございます」
一緒に過ごしてもらえるだけでも充分すぎるくらいのプレゼントなのに、まさか別にプレゼントを用意してくれているなんて。
「い、今開けてみても?」
「もちろん!大森くんの真似っこみたいでちょっと恥ずかしいんだけどさ……」
俺の真似?どういうことだろう……と袋を開けてさらにその中の包装をといてみると中にはシルバーのバングルブレスレット。2本の線が交差しあうようなデザインのそれは交点に海のような青色の石があしらわれていて、裏側には「Motoki」と筆記体で名前まで掘られている。
「その石はタンザナイトっていうんだ。月ごとだけじゃなくて、その日ごとに誕生石があるって前に教えてくれたでしょ」
そういって彼は左耳につけた青みのかかった紫の石がついたピアスを指さして、照れくさそうに笑う。なるほど、俺の真似ってそういう意味だったのか。
「どうしよう……嬉しすぎます」
なにか気の利いたお礼の言葉を言わなきゃと思うのに、思いばかりつのって適切な言葉なんてまったく見当たらない。俺は思わず彼に抱きついた。
「も〜藤澤さん!ズルすぎます!大好き!!ありがとうございます!」
「ちょっ!大森くん、ここ外!外だから!周りの人めちゃくちゃみてるよこっち〜!」
藤澤さんは慌てたように、抱きつく俺の背中をぺしぺしと叩く。パーク内はもう暗いけれど、間近にみるその耳元は赤く染まっていて、俺は嬉しさからさらに彼を強く抱き締めた。
それぞれ別の電車に乗り換えねばならない駅まであっという間に着いてしまう。正直なにかトラブルで電車が止まればいいなんて心の底から思っていたことは内緒だ。俺は手元に光るブレスレットを見つめながら、名残惜しさに胸が苦しくなった。あぁ、終わって欲しくないのにな。
「藤澤さん、今日は本当にありがとうございました」
「ううん、こちらこそ〜。めちゃくちゃ楽しかったよ、なんか僕の方が結構楽しんじゃってたんじゃないかって心配なくらい」
彼は照れくさそうにして首元に手をやった。
「そんなこと!俺めちゃくちゃ楽しかったです、人生で一番楽しいパークでした!」
それは言い過ぎでしょ、と笑う藤澤さんの顔を見て、あぁどうしたって俺はこの人のことが好きだなぁなんて思ってまじまじみてしまう。
「どうかした?」
そんな俺の様子を不思議そうにみつめる藤澤さん。
「あの、1個だけわがまま言ってもいいですか?」
俺は思いきって声をあげる。
「もちろん、誕生日だから特別ね」
ちょっとおどけてみせる彼。
「あの……名前で呼んでもいいですか……?」
おそるおそる彼の方を見上げながらそう口に出すと、藤澤さんはなんだぁと吹き出した。
「なんかすごい改まって言うから、めちゃくちゃ言いにくいことなのかと思ったじゃない」
もちろんいいよ、と彼は笑う。
「ついでに敬語も外してよ、同じバンドの仲間、でしょ。綾華のことはずっと名前呼びだし敬語も使ってないから、なんでかなぁとは思ってたんだ」
「あっそれは……最初ん時に向こうから言われて」
そうだったんだ、と頷いてから
「でも高野は?」
バンドを正式に組むことが決まってから、藤澤さんは彼に対してもくだけた口調を使うようになった。そして俺や若井も彼のキャラクターにつられて最近ではよく「高野」とふざけて呼んだり口調もくだけたものになりがちになっていた。
「あれは……高野さん特殊っていうか、なんかつい」
ふぅんそうなんだ、と藤澤さんはなぜか目線を外しながら頷く。あれ、もしかして。
「なんか、僕だけ距離置かれちゃったのかと思ってた」
もしかして、彼は寂しさを覚えてくれていたりしたんだろうか。しかし、俺がなにか口を開く前に、彼は自分の発言が照れくさくなったのか
「じゃ、そういうことで!」
と踵を返してしまう。しかし、少し進んだところですぐに立ち止まり、こちらを振り向いて
「今日は本当におめでとう!と、ありがとう元貴!またあした、スタジオでね!」
俺の大好きな笑顔で貴方は手を振ってみせる。そうだ、俺も、またあしたって言わなきゃ、それでついでに念願の名前呼びも……。いろいろと思うより先に身体が動いた。電車が到着したばかりなのか、俺と藤澤さんの間をさえぎるように流れ始めた人の列を横切るようにしてかき分けて、彼の腕を掴む。
「ごめん、もういっこだけ、わがまま許して」
今度は彼の返事を待たずに、そっと彼の頬に口づける。彼の目が驚いたように見開かれる。
「また明日ね、りょ……」
りょうか、そう口に出せばいいだけのはずなのに、なぜか言葉に詰まってしまう。身体中の熱をそこに集めたかのように顔が熱くて熱くてたまらない。
「りょ、涼ちゃんっ!!」
やっとのことでそう口に出すと、思ったよりも馬鹿でかい声が出た。俺は彼の腕を放して、逃げ出すようにその場を後にする。彼がどんな反応を示したかなんて、そんなの確認する余裕はなかった。
キスまでしといて名前が呼べないなんて、どんなタイプのヘタレだよ!と俺は自分の乗る電車に駆け込みながら自分にツッコミを入れる。
閉まったドアにもたれかかりながらそっと、りょうか、と口の中で呟いてみる。あぁ、面と向かってじゃなきゃ言えるのになぁ。でもいいや、まだいいや。貴方の顔を見て、こうして呼びかけるのは、絶対に訪れるはずの未来、その特別な時にとっておくことにしよう。
火照ったままの頬に電車の空調の涼しい風があたっては流れていく。俺はその心地良さに目を閉じた。
※※※
本作の連載を始めたのはもう3ヶ月近く前。
フォロワーさんも今の半分以下の頃からでした。
初の投稿作品「君に似合う色」や「愛矛」、本作など初期から読んでくださっている読者様、中編や短編、オムニバスなどからみつけてくださって過去作品も読んでくださってる読者様、色んな人に読んでもらえていて、時には反応ももらえることが何よりも嬉しくて楽しいです。
ありがとうございます。
人生で初めてこんなに長い物語を描いた、ということもあってなのか、個人的にもこの作品の「藤澤さんと大森くん」はかなり好きです。
本当は他にもいろいろと描きたかった彼らの物語を、こうした節目などを理由に描いていけたら嬉しいです。
コメント
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本当にこのお話のもりょきの関係性が大好きすぎて、、ずっと見ていたい…🥹
ありがとうございました!!「特等席を君に。」をきっかけにいろはさんと出会ったので、最後まで見届けることができて大変嬉しいです!個人的に「愛情と矛先」が大好きでよく読み返しています。これからも応援しています!!!✨
連載当時、一番好きな小説で、まさか番外編を出してくれるなんて!!しかも3ヶ月前!?今でも家に帰ってすぐ通知を更新してたのを覚えてます!めちゃくちゃ感動です…本当にありがとうございます!!これからも応援します!!!