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月明かりだけが入り込む、薄暗い室内。冷蔵庫の低い唸りが、静かに闇を震わせる。
キャビネットに背を預け、足を伸ばして座る。
短く切りそろえられた黒髪は、その長身と相まって、中性的な印象を与える。
床に落ちた月明かりが、ゆらゆら揺れる。
彼女はぼんやりとその銀色の波紋を眺めていた。
耳の奥から、人の話し声が聞こえてくる。
それは少しずつ近づき、楽しそうな笑い声の渦へと変わっていく。
風がカーテンを揺らす。
あの日の光景が広がった。
同じ部屋は、陽の光に照らされ、散らかった空間には、大勢の談笑が満ちている。
私は、グラスの乗ったトレーを持ち、笑顔で人々に話しかける。
心からその場を楽しみながら、ふと顔を向けた先に――太陽に煌めくブロンドの波が揺れていた。
白いワンピースがふわりと揺れる。薄紅の唇がふわりと三日月の弧を描いた。
喧騒が遠ざかっていく。
ブロンドが波打ち、目が合った。
ブロンドの天使はにっこり微笑むと、逆の方向へとスローモーションで去っていく。
靴音だけが、いつまでも耳にこだました。
足音が軽く弾む。
夕方、海の見えるカフェの窓辺に、私たちは向かい合わせに座っていた。
「あたし、結婚するの」腰まで伸びたブロンドは、夕日を反射してルビーのように煌めいた。
「……そうなんだ。おめでとう」微笑みが歪んだ。
ブロンドの天使は、私の苦しげな表情に気づきながら、明るく笑った。
天使が席を立つ。
「あなたも、幸せになってね」
呆然と取り残されたまま。
ブロンドをなびかせ、天使は立ち去った。
私はただ、風に揺れる天使の後ろ姿を見つめていた。
グラスの中の氷がカランと小さく鳴った。
風が止む。
月明かりの室内。
気づけば、私は泣いていた。
視線を上げると、床一面に広がった白いドレスが私の視界を埋め尽くした。
月明かりが、横たわる天使の横顔を照らし出す。
キィ……
開いた扉の向こうで、白いワンピースがふわりと揺れた。
fin.