支配人)あ、〇〇ちゃん。このお客様の担当お願いね
〇〇)了解しました。ではお客様、此方へ
お客様)あ、は、はい
画用紙の顔か…
それもビリビリに破いた物をセロハンテープで直したような画用紙
けど肝心の絵はぼやけてて見えないな
そう思いながら口には出すわけにもいかずに、お客様をお部屋へと案内した
〇〇)このお部屋はお部屋の記憶にまつわる物が沢山あります。なので一緒にお客様の記憶を思い出していきましょう
お客様)は、はい…
随分絵の具とかが散らばっているな
精神安定剤も床に散らばっている
精神が安定していない方だったのかな?
お客様)俺は…病んでたんでしょうか?
〇〇)現状を見る限り安定はしてないかと思います。私もこんな感じだったんですよ。睡眠薬の空箱、血のついたカッター、太い縄とかありましたから
お客様)貴方も随分苦しんでおられたのですね
〇〇)まぁ…そうですね
お客様)あ、これ…
〇〇)如何なさいましたか?
そうして私はお客様の方を見た
お客様は1枚の画用紙を持っていた
お客様)何故かこの人の事、知ってる気がして…
〇〇)この絵…
それは紛れもない私の絵だった
高校生の時の絵だった
今では髪型、髪色は違ったけど私だ
お客様)とても…大切な人な気がします…
〇〇)もう少し探してみましょうか。そうしたらこの人の事が解るかもしれませんし
お客様)そう…ですね
探してるうちにある物を見つけた
〇〇)お客様、如何してこれを持っているんですか!?
つい声を荒げてしまった
お客様)その絵…その絵は…
私が見つけた絵は私が陸くんにあげて、ビリビリに破かれた絵だった
お客様)〇〇ちゃん…
お客様はそう呟くと、ぼやけた絵はハッキリした物になった
紛れもない、私が描いた絵
その後、その顔はだんだんと溶けて陸くんの顔になった
お客様)俺の名前は、三浦 陸だ
〇〇)三浦様ですね。良かったです、思い出されて
陸くんは私の事には気づかないだろう
名前も名乗っていなければ、高校の時とはかなりかけ離れた姿をしている
陸)違ってたらすみません
〇〇)如何なされましたか、三浦様?
陸)貴方、〇〇ちゃん…ですか?
〇〇)り、くくん?如何して、分かった、の?
言葉を詰まらせてしまった
陸)〇〇ちゃん、変わったね
〇〇)変わりたかった。両親の娘だって分かりにくくする為に変わったの
陸)そう、だったんだね。俺も変わったなぁ、あの時から。あの時は生きてたけど、もう死んでる。病院の帰り、車で撥ねられた
〇〇)わた、しずっと、ずっと陸くんに謝り、たくって…ごめんなさい
〇〇が泣き崩れる
陸)如何して謝るの…?〇〇ちゃんには謝る要素、何にもないよ!
〇〇)私が陸くんにトドメ刺しちゃって…陸くんの心を壊しちゃって…
陸)〇〇ちゃんの絵は人を動かす力がある。それに比べて俺はって思って壊れたんだ。認めたくなくって破いた。謝るのは俺の方だよ
〇〇)陸くんのせいじゃないよ。あの時だって謝ってくれたじゃんか
コンコンと扉が音を鳴らし、扉が開く
音子)△△先輩、フロント交代のじか…え?お客様、うちの従業員に何してるんですか?
〇〇)違う。お客様のせいじゃない。心配しないで
音子)けど…
〇〇)ごめんね、フロントの交代できないや。音子ちゃん、やってくれる?
音子)高く付きますよ
〇〇)仕事、変わりにやるぐらいならできるからね
音子)へいへい分かりましたよ。じゃぁ変わりにロビーしときますね
そうして音子ちゃんは出て行った
陸)〇〇ちゃん、ごめんね
〇〇)私の方こそごめんなさい、私、私…
陸が〇〇を抱きしてる
陸)俺、〇〇ちゃんの彼氏で良かった。〇〇ちゃんの笑顔が大好き。だから内緒で描いてたんだ
〇〇)陸くん…私も描けば良かった。だから、今描いてもいい?
陸)うん。じゃぁ俺もまた描くよ
〇〇)描きあいっこしちゃお
そうして私は陸くんを、陸くんは私を描く事になった
陸)〇〇ちゃん、その傷…
私はマスクとチョーカーを取って来た
今の私を、私の素顔を見てもらいたかった
変わってしまった私を…
変わってしまった私でも描いてほしかった
変わってしまった私を知ってもらいたかった
〇〇)全部自分でやったんだ。辛くて、苦しくて…こんな私は嫌い?
陸)ううん。嫌いじゃない
〇〇)ありがとう…
私は油絵の具、陸くんはアクリル絵の具
お互いの得意な分野で、得意な描き方で、お互いを描いた
遥斗)〇〇ちゃん、そろそろ夜…
遥斗心の中)邪魔しちゃ駄目だな
何時間も描いた
前は上手に描けなくてストレスで引っ掻いてたけど、今はそんな事は無い
上手に描けている
優しくて、かっこいい陸くんを綺麗に描けている
このまま、この調子で描けたらいいな
私が体を引っ掻いてる姿を見られたくなかった
だから都合がよかった
陸)〇〇ちゃん、仕事何してるの?
〇〇)イラストレーターだよ。陸くんが絵の面白さを教えてくれたから、大好きになって仕事にしたの。今はちょっと嫌いになってきてるけどね
陸)嫌いに…か
〇〇)仕事全く来なかったから、追い詰められて嫌いになっていっちゃった
陸)それでも描くの?
〇〇)私は陸くんに教えてもらった絵を捨てたくない。嫌いになりたくなかった。私、陸くんに絵を教えてもらってなかったら今頃廃人になってたよ
陸)俺は今でも絵は嫌いだ。けど、趣味でならいいかなっとは思うよ
〇〇)私は陸くんの絵が大好きなの。優しくて、暖かくて…本当に大好きなんだよ
陸)ありがとう…ちょっと絵が好きになれた
〇〇)私、陸くんに会えてよかった。強いて言えば生きて会いたかったなぁ…
陸)〇〇ちゃんは生きてるの、死んでるの?
〇〇)それがね、まだ分からないんだよね
陸)如何して?
〇〇)死ぬ間際の記憶が曖昧でね、なんなら両親、友達の顔覚え出せないんだよね
陸)そりゃまた…如何してそこだけ覚え出せないんだろう?
〇〇)んー…分かんない!
陸)分からないよね〜
幸せな時間だった
夜ご飯は食べず、寝ず、朝ご飯も食べないで描こうとしたけど…
遥斗)いい加減にしなさい!どんだけ過集中してるの、二人とも!
と、怒鳴られ無理矢理食べさせられた
〇〇)もう食べれない…
ルリ)昨日一切食べてないのにこれだけしか食べないとはどういうこと!怒るわよ!
音子)もう怒ってるんじゃ…
ルリ)塚原うるさい!
陸)〇〇ちゃんは拒食症じゃないの?
〇〇)胃が小さくなっただけだと思う…現世でも食べる物に困って全然食べれてなかったから
遥斗)ちょっとずつでいいから胃を大きくしよ?
〇〇)……………………はぃ
瑪瑙)それで、絵は描けたの?
〇〇)まだだから仕事を早く終わらせて描こうかなと思います
音子)△△先輩、今日もサボるんですか?
〇〇)お願い、これ描き終わったらいくらでも仕事変わるから〜!
陸)そんな無理しなくてもいいんだよ?
〇〇)私が描きたいだけだから大丈夫だよ!死んでも描き終わらせるから
音子)もう死んでるかもしれないですけど
遥斗)不謹慎な事言わないの、音子ちゃん
ルリ)そうよ塚原!
〇〇)死んでたら死んでたらいいんですけどね
陸)よくないよ!〇〇ちゃんは生きて幸せになるべき人なんだから!
〇〇)陸くんもだよ。まぁ死んでるから天国で幸せになってね
陸)天国ってあるの?
瑪瑙)あるわよ。地獄もあるんだから
陸)じゃぁ俺は地獄かなぁ
〇〇)そんな事ないんじゃない?陸くんが優しいのは神様も知ってるよ、多分
ルリ)あんた多分とかきっとが多いわよね
〇〇)だって分からないですから
じりりりり、と電話が鳴り私が電話に出た
〇〇)はいこちら厨房です。如何しましたか?ん、はぁ!?嫌です、絶対に嫌です!そんな気分じゃないです!私は今の担当してる人で精一杯です!それに私は上手くないです!下手です!
そう言い捨て、私は無理矢理電話を終わらせた
音子)誰からですか?
〇〇)支配人から。ロビーもっと華やかにしたいからなんか絵を描いてって
遥斗)簡単なノリだなぁ。てかなんかって…
ルリ)題材ぐらい決めてから仕事を依頼しなさいよ…
瑪瑙)あの人はいつも適当だから
〇〇)仕事で絵を描くのはしばらくお休みです。〇〇ちゃんのイラストレーター業は休業です。趣味でしか描きません
ルリ)じゃぁ仕事戻りましょうか
〇〇)陸くん、ちょっと待っててね
陸)いくらでも待てるよ、だって死んでるし
〇〇)はーい
そして急いで仕事をしたが、結局終わったのは夜だった
ちなみに夜も無理矢理食べさせようとする気配を感じたから急いで陸くんの部屋へと逃げ込んだ
陸)いらっしゃい
〇〇)ごめんね、陸くん。遅くなっちゃった
陸)全然いいよ
〇〇)早速描いちゃおっか
陸)そうだね
何時間も描いた
ツンと鼻に入る油絵の具、アクリル絵の具の匂いが心地よい
これが私達の匂いだ
私達の象徴だ
私達を繋げてくれた絵
私は大好きだ
やっと思い出せた
この楽しさ、暖かさに
陸くんと描くのが大好き
この匂いが大好きだから絵も好きになった
〇〇)ありがとう、陸くん
陸)如何したの?
〇〇)私に絵を教えてくれて
陸)こちらこそありがとう、〇〇ちゃん
〇〇)私、なんかしたっけ?
陸)あの絵をくれて、別れを一方的に伝えても手紙をくれて、支えようとしてくれた
〇〇)どういたしまして
陸)俺、〇〇ちゃんの彼氏になれてよかった
〇〇)私も陸くんの彼女になれてよかった
陸くんと過ごした日々が幸せだった
陸くんが私と過ごした日々が幸せだと思ってたらいいなぁ
幸せ、本当に幸せだ
そうして描き終えてしまった
陸)描き終えたよ
〇〇)私もだよ
そしてお互いの絵を見せあった
〇〇)やっぱり私は陸くんの絵が大好き。優しくて、暖かい
陸)ありがとう。俺も〇〇ちゃんの絵が大好き。だから、持って行っていい?
〇〇)いいよ、代わりに陸くんの絵が欲しい
陸)交換だね
〇〇)そうだね
陸)じゃぁ、そろそろ俺は行こうかな
〇〇)チェックアウトだね。じゃぁ、フロント行こうか
陸)うん
二人でフロントまでの道のりを歩いた
その時は何にも喋らなかった
真夜中で皆寝ていたから静かにしないといけなかったから
フロントでチェックアウトを済ませ、もう行かないと行けない時、陸くんは
陸)俺、〇〇ちゃんの事大好き“だった”よ
〇〇)私もだよ、陸くん。私も大好き“だった”
もう過去の話
陸くんは別の場所で、私とは別々の場所で幸せになるのだ
陸)〇〇ちゃん、幸せにね
そう言って陸くんは私を抱き締めた
〇〇)陸くんこそ、幸せに
私は陸くんを抱き返した
その言葉とハグを最後に陸くんは私の描いた絵を持って逝ってしまった
不意に涙が頬を撫でる
陸くんとの思い出が頭を駆け巡る
初めてあった日の事
初めて喋った日の事
初めて絵を褒めてくれた日の事
友達になった日の事
告白された日の事
初めての手を繋ぐのも、ハグもキスも陸くんだった
私達は変わってしまった
もう交わる事はできない
こんなにも大好きだったんだな…
ありがとう、陸くん
現世で言いたかった
〇〇)如何して、陸くんが…
「如何して」これは陸くんが使っていた感じ
皆は平仮名で「どうして」だけど陸くんは漢字を使っていた
だから私も真似をした
けどもう使わない
使う必要は無いから
そうして鼻を啜りながら部屋へと帰る
そしたら急に扉が開いた
阿鳥先輩の部屋だ
遥斗)どうしたの、こんな夜更けに
〇〇)陸くん、チェックアウトしたんですよ
遥斗)絵、描き終わったの?
〇〇)はい、描き終えました。私の描いた絵を持って逝きました
遥斗)そっか…ココアでも飲む?
〇〇)今日も寝れなさそうなので飲みます
遥斗)じゃぁ一緒に飲もうか
そして夜中、阿鳥先輩と一緒にココアを飲んだ
ココアは甘い筈なのにしょっぱく感じた
遥斗)三浦様の事、本当に大好きなんだね
〇〇)大好きでした。私達は変わってしまったしまったからもう交わる事は無いんです
遥斗)そっか…後悔はしてないの?
〇〇)きちんとお別れできて良かったんです。後悔はしてません。きっと、陸くんも一緒です。これで心置きなく死ねます。ずっと陸くんの事が心残りだったんで
遥斗)それだったらよかった。何かあったら言ってね。独りで溜め込まずに
〇〇)分かりました、阿鳥先輩。阿鳥先輩は優しいですね
遥斗)そんなこと無いよ。後輩を心配するのは先輩の勤めだから
〇〇)なるほど…じゃぁ私は音子ちゃんの心配をすればいいんですね
遥斗)そうだね
〇〇)バイトとかした事無いんで勉強になります
遥斗)したこと無いんだ
〇〇)ずっと絵ばっか描いてたんで。お小遣いだけで十分やっていけたし
遥斗)そうだったんだ
〇〇)大外様の絵、続き描こうかな
遥斗)ん、大丈夫?
〇〇)なんか今ならイケる気がします
遥斗)分かった
〇〇)後は大外様が前と同じポーズで居てくれたらいいんですけど
遥斗)そればっかりは明日にならないと分からないね。あ、けど〇〇ちゃん仕事変わらせられるんじゃない?
〇〇)あ、2日間仕事変わってもらってたからなぁ
遥斗)明日に仕事が来ない事を祈るだけだね
〇〇)そうですね
阿鳥先輩はその日、仕事の始業時間になるまでずっと話してくれた
阿鳥先輩は本当に優しい人だ
自分は眠い筈なのに頑張って起きて私と話してくれた
仕事中も眠そうにあくびをしていた
だいぶ申し訳無い気持ちになったのは言うまでもない
次回、此処に来た理由
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