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急ぎ馬を走らせながら、先ほど起きたことをもう一度自分の頭の中で整理をしてみる。
アグネスは未来から死に戻ってきたとはっきり言った。聞けば1年巻き戻ったらしい。アグネスはとても嘘をついているようには見えなかったし、指輪でレオンからアグネスに、アグネスからレオンの姿に変わるところもこの目で確かめた。
このあと半年後ぐらいにはレオンは悲願だった聖女アグネスの聖騎士として任命されらしい。彼の実力なら聖騎士になるのは間違いないだろう。
しかし、それがレオンとアグネスが殺される計画の始まりだったとしたら…
舞踏会の後、レオンの顔を見れば、無性に腹が立ってレオンを避け続けていた。
いくら、舞踏会でお互いがタイミングを逃して、私はレオンと一緒に踊れなかったからと言って、あんなに拗ねるのではなかった。
レオンが1年後に亡くなるなんて、その時は思いもしなかったのだ。
現在、本物のレオンは忽然と消えてしまっている。
こんなにも突然に愛する人との別れがやってくるだなんて、想像の欠片もなかった。舞踏会のことで拗ねてしまったことをレオンに謝りたくても謝ることもできない。
だから、一縷の望みに懸け、私の想像と予感が当たることを祈りながら、山奥にある大聖堂に向かって馬を走らせる
私は大聖堂までは行ったことはないが、レオンとノアからアグネスの様子の話をよく聞いていたし、麓の街まではレオンとノアと行ったことがある。
王都から見える山々のまだ奥で最悪の事態が起きていないことだけを祈り、ひたすら急ぎ向かう。
突然、目の前に現れたレオンの妹のアグネス。
初めて会ったがさすが兄妹だ。レオンによく似ていて金髪に青い瞳が印象的な儚げに見える美少女だ。実際は純粋で芯の強い女性だと剣を交わしてわかった。
そして、レオンの言うとおりだった。やはりアグネスは栄養状態が良くなかったのだろう。細すぎるし、年齢の割に小柄だ。アグネスの髪を結ったが、とても手入れをされている髪とは思えなかった。侯爵令嬢なのに、大聖堂での扱いが手に取るようにわかる。
アグネスは人質なのだ。
王家とその血縁者等で成る王族一派と我々の家が属する貴族派は、目に見える激しい対立はないものの政敵である。
王族一派は保守的な考えで王族至上主義だ。その王族一派の息のかかった大聖堂に、5大魔法のうち、光以外の地・水・火・風の4つの魔法を幼い頃から使えたアグネスは聖女候補という名のもとに、大聖堂に軟禁された。そして我々の家、ラチェット侯爵家とハンレッド侯爵家が属する民主主義を掲げる貴族派はアグネスが聖女候補として大聖堂にいるために、手出しができなかった。
国の法律を盾に、12歳から聖女候補として俗世からは隔離されてしまったアグネス。山奥の大聖堂で6年も修行をしていたがその内容はとてもひどいもので、貴族令嬢としての扱いは皆無だ。
レオンから聞いた話では、祈りと妃教育という名目で厳しい躾や、勉強の日々。
アグネスはレオンにずっと家に帰りたいと、普通の女の子のように家族のもとで暮らし、学校に通い、恋をしたいと話していたらしい。そんな侯爵令嬢としての当たり前の生活をアグネスは6年間も奪われ続けてきた。許し難い。
レオンはずっとアグネスの願いを叶えてやりたいと話していた。
もし、いまアグネスとともに凶刃に倒れたレオンがアグネスのように女神と契約を交わして生き返っていたなら…
レオンの考えが手に取るようにわかる。
アグネスの願いを叶えようと孤軍奮闘するだろう。そんなレオンには必ず助けが必要だ。
それが私が馬を走らせる理由だ。
ノアにはすぐに私の考えがわかったらしい。
「ノア」もまた人質だった。
彼の本当の名前は「ランドルフ・ノア・ネーデルラント」
この国、ネーデルラントの第1殿下「だった」男だ。
隣国の公爵令嬢でこのネーデルラントに嫁いできた正妃と陛下の間に生まれた唯一の子だ。しかし、正妃はノアを生むとすぐにお亡くなりになられた。
王族一派に名を連ねる侯爵家出身のいまの正妃と陛下の間には、もう一人王子がいる。それが未来のアグネスの結婚相手だ。
だから、後ろ盾を失ったノアは王族一派の捨て駒となったのだ。
アグネスが大聖堂に入る代わりに、ノアが貴族派に人質として差し出され、ラチェット侯爵家で預かることとなった。
だがすぐに王族一派からノアに暗殺者が送り込まれたのだ。暗殺は辛うじて阻止できたものの、何度か同様のことが続いた。このまま暗殺者が何人も送り込まれてはいつかノアは暗殺される。そうなれば貴族派の不利だ。
そして、ノアを守るためにも。
だから、「ランドルフ・ノア・ネーデルラント」は病死をすることとなり、表向きはこの世から消えた。
そして、「ノア」という新しい名前でレオンの従者として匿われる日々。
しなければならないことは山のようにある。だがまずはレオンの援護と救出だ。
必ずレオンは死に戻っている。
レオンを愛する婚約者の直感がそう言っているのだから間違いない。
私が想像する最悪の事態になっていないことだけを祈りながら、とにかく最速で駆ける。