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クリスを見ればまだニコニコと笑っている。ふうっと息を吐いて、クリスと横並びになってまた、廊下をコツコツと歩き出す。
「わかっているかと思うが、真那が人魚の稀人だととは俺の極々限られた身内にしか言ってない」
「フフッ『稀人とは、その祖先に人ならざる者を持ち、血脈を現世に引き継ぐ者達』実に|fantasy《ファンタジー》だ。天狗、鬼、九尾。そういった血を引く者が今も存在していて、密かにこの国の陛下に仕えている、なんて話もあるんだろ?」
「皇帝ではない。陛下だ。その陛下の御名において、稀人は国で秘密裏に保護されているのが正しい。稀人は、なんらかの人ならざる力を持っている為に、迫害や営利利用される。それを陛下がその御心で彼らを守っている」
それは一般的には御伽話だと思われている。
それ程までに稀人は少ない。
ふぅんと、興味深そうにしているクリスに説明を付け加える。
「俺だって稀人を見るのは初めてだが、有名な稀人として、超回復能力や不老不死の力を持つと言われる人魚の稀人、金色の炎を操る美貌の九尾の稀人などは市井でも有名な話しだ」
「へぇーじゃあ、それでチヒロはマナが人魚姫だと分かったんだね」
それは少々違うが「そうだ」と言っておいた。
俺の命を助けてくれた者が東堂宇美と名乗った。救出に来た者達も同じことを言っていた。
それを知ったクリスが気を利かせ、早急に調べてくれたのだ。
すると分かったのは東堂宇美は、女学院を出たばかりの普通の子女。
そして学生アルバムで見た宇美の姿は、俺が夢現のなか、口付けを交わした乙女の像とは違うと思ったのだ。
俺を助けた乙女は居る。幻ではない。
俺に残された髪紐がそれを証明していた。
そしてその者は普通じゃない「何か」を持ってして、口付けで俺を助けてくれた。
ならば東堂家にまつわる人魚の稀人の噂もあり、俺がこの目で確かめてやろうと思ったのだった。求婚というそれらしい題目を掲げて、東堂家に直接乗り込んでみたわけである。
正直、真那に出会えたのは運だった。
でも一目みて唇から血を流す真那を見つけ、力なく横たわる姿に、陸に打ち上げられた人魚姫の姿が重なってしまった。
何故かそのように思った。
俺にも理由はわからない。
でも、この乙女が俺の命の恩人。
そして──稀人。
だと直感したのだった。
カンで動くなど、上司に怒られそうだとふと苦笑したとき、クリスのやや抑えた声がした。
「軍人刑法、第十一章 違令ノ罪『稀人を発見したら、即時に元帥に報告せよ』は服務規定違反じゃないのか?」
コイツ、分かっていて言ってるなと口元を釣り上げる。
「軍人勅諭。忠節・礼儀・武勇・信義・質素。それが軍人が守るべき、五つの徳目。俺はそれに従って、命の恩人である真那を一人の女性として妻として迎えた。第十一章には稀人を妻にした場合、報告については有無の記載がないから、何も問題ない」
クリスの紅玉の瞳がガラス窓からの光を受けて、きらっと昼でも妖しく光る。
「ほんとだ。じゃ|No worries《何も問題ない》ね。でも、例えばだよ。そんな稀人を秘密裏に捕まえ、その力を個人的に搾取していて、それで手柄にしている家があったら……」
「懲罰は免れない。それどころか陛下の御心に対する叛逆だと、重罪になるだろう」
そう、だから俺が真那を強引にこの家に連れて来たところで東堂家は何も出来ない。警察に言えるはずもない。
真那の戸籍は俺が市役所に速やかに手を回して、俺の戸籍に入れている。
しかも真那本人が居場所と俺を選んだ。
あの場には東堂家の使用人がその現場を目撃していたから、俺が無理やりに連れて行ったと騒ぎ立てたところで嘘が露見するだけ。
そう思ったとき廊下抜けて、広い玄関を掃除している使用人達と出会った。
いつも丁寧に玄関の白タイルや飾り天井、ステンドガラスが嵌め込まれた扉を掃除してくれるので助かると声を掛けつつ、真那の状態を告げて面倒を頼むと伝える。
ついでに喉によいとされる、蜂蜜や桔梗湯。食べやすそうな水菓子の差し入れも言付けると、クリスが、ニマニマと楽しげにこちらを見ていたが無視をする。
使用人が恭しく頭を下げて、その場から立ち去るとクリスも恭しく、玄関の扉を執事のごとく、優雅に開けた。
「チヒロ。さぁ、この屋敷から出ると君は、軍で恐れられる氷の大佐様だ。ここ数日は君は体調不良で寝込んで居たということにしているから、仕事が山のようにあるから気を引き締めてくれ」
その言葉に頷き、懐から白い手袋を取り出してキュッと手に嵌める。
「分かっているさ。それに俺を切ったヤツのことも、秘密裏に調査していかないとな」
口に出すとあの森での出来事に、斬られていない胸がずきりと痛んだ。
記憶の欠片が胸を刺す。
欠片の一片、死んだ弟からの手紙。
二片、それは森への招待状。
三片目は死んだ弟が森に現れ、俺を森の奥深くへと誘い──。
その記憶の欠片達が集まり掛けた瞬間に、クリスが深く意味あり気に呼吸した。
その吐息に釣られてクリスを見れば、今まで張り付いていた笑顔が消えて、俺の補佐官として相応しい切れ者の顔を覗かせていた。
「それとね。チヒロが救助されたとき、チヒロは死んだ弟に斬られた、なんて言うから僕は咄嗟に意識が混濁していての妄言だと周囲に言いふらしておいた。そのことについても詳しく頼むよ」
「あぁ。ちゃんと今から説明する。俺が不在の間、三日間よく周囲を押さえてくれた」
「じゃないと、帰って来るチヒロに怒られるからね」
その言葉に俺への揺るぎない信頼が見えた。
そして、こう言う時クリスが求めている言葉は「ありがとう」ではないと、俺は理解していた。
クリスは感謝より、|洒落《ユーモア》を好む。きっとイギリス生まれのお国柄なのだろう。
「まるで円卓の騎士の忠節、さながらガヴェイン卿だな」
「そこはランスロット卿と言ってくれよ。チヒロの妻に本当に相応しいか、マナに僕は興味津々だからね」
「それはなんだか笑えないな」と、苦笑するとクリスも満足気に笑った。
手袋も嵌めた。
気持ちも整えた。
やることは山のようにある。
よしと、俺は家を後にするのだった。
コメント
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わあ第13話…!チヒロとクリスの掛け合い、かっこよすぎて胸熱だったよ🔥✨「第十一章には稀人を妻にした場合の記載がない」って抜け道見つけるチヒロ、ズルくて好きだし、クリスの「ランスロット卿と言ってくれよ」って返しに思わずニヤけた😭💕 あとチヒロの記憶の欠片…死んだ弟からの手紙とか森の招待状とか、めっちゃ気になるんだけど!?次の展開が待ちきれないよ〜!真那ちゃんとの甘いシーンももっと見たいし、チヒロとクリスのバディ感も尊い…推す!!🌸🌟