テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
翌朝。
魔界城に、久しぶりに澄んだ空気が流れていた。
セラフィナは、自分の部屋の窓を開け、深く息を吸う。
「……よし」
まだ少し、胸の奥がざわつく。
でも、昨日よりは――立っていられる。
(逃げたままは、嫌だ)
* * *
執務室。
魔王は書類に目を落としていたが、
扉が開いた気配に、すぐ顔を上げた。
「セラフィナ?」
「うん」
セラフィナは、まっすぐ父を見た。
「お願いがある」
魔王の表情が、一瞬で引き締まる。
「……何だ」
「剣と、魔法」
はっきりと言う。
「ちゃんと、習いたい」
沈黙。
魔王の魔力が、微かに揺れた。
「……却下だ」
即答だった。
「危険すぎる」
「お前は、もう十分――」
「十分“守られた”」
セラフィナは、言葉を遮る。
「でも、私は」
一歩、前に出る。
「守られるだけじゃ、いられない」
「クロウが怪我して」
声が、少しだけ震える。
「みんなが、私を庇って」
「……それで、何もできないのは、嫌」
魔王は、娘を見つめた。
怒りではない。
恐怖だ。
「……お前が、傷つく可能性がある」
「あるよ」
即答。
「でも、何もしなくても、誰かは傷つく」
「それなら」
「私は、選びたい」
魔王は、目を伏せた。
その時。
「失礼いたします」
控えめな声。
クロウ・フェルゼンが、扉の脇に立っていた。
「姫君」
「本気ですか」
「うん」
迷いはなかった。
クロウは、一拍置いてから、魔王を見る。
「……魔王様」
「姫君の意思は、明確です」
「私は」
「その選択を、尊重すべきだと考えます」
魔王は、深く息を吐いた。
「……条件がある」
セラフィナが、顔を上げる。
「剣は、基礎のみ」
「魔術は、制御のみ」
「危険を感じたら、即中止だ」
「……いい」
セラフィナは、うなずいた。
「ありがとう、パパ」
* * *
訓練場。
朝の光が、白い石床に反射する。
「では、姫君」
クロウは木剣を差し出した。
「まずは、構えからです」
「……重い」
正直な感想。
「はい」
「ですが、剣とは」
「重さを、預けるものです」
セラフィナは、真似して構える。
腕が、少し震える。
(……怖い)
一瞬、魔獣の影が脳裏をよぎる。
「……っ」
「姫君」
クロウの声は、静かだった。
「力を、入れすぎておられます」
「……わかってる」
「だけど、体が言うこときかない」
「それで、結構です」
クロウは、距離を保ったまま言う。
「剣を振る前に」
「立っているだけで、十分です」
セラフィナは、ゆっくり息を吐いた。
「……こう?」
「はい」
初めて、クロウが小さく微笑んだ。
「今のは、とても綺麗です」
少し、頬が熱くなる。
「……褒めすぎ」
「事実です」
* * *
次は、魔術訓練。
広い魔導陣の中央に立つ。
「今日は、出す練習ではない」
魔王が、はっきり告げる。
「“止める”練習だ」
「……止める?」
「魔力を、灯して」
「自分の意思で、消せ」
セラフィナは、目を閉じる。
胸の奥。
あの、巨大な力。
(……怖い)
指先に、光が集まる。
空気が、歪む。
「……っ」
一瞬、制御が揺らぐ。
床が、軋んだ。
「セラフィナ!」
「……だいじょうぶ」
歯を食いしばる。
(私が、止める)
光が、強くなり――
次の瞬間。
すっと、消えた。
静寂。
「……できた」
小さな声。
魔王は、目を見開いた。
クロウは、息を止めていたのを、ようやく吐く。
「……よく、抑えました」
「……こわかった」
正直な言葉。
「でも」
セラフィナは、ゆっくり顔を上げる。
「逃げなかった」
クロウは、片膝をついた。
「姫君」
「本日は、ここまでにしましょう」
「……うん」
疲れた。
でも。
胸の奥に、確かなものがある。
(……一歩)
(ちゃんと、進めた)
* * *
訓練場を出るとき。
セラフィナは、ふと立ち止まる。
「ねえ、クロウ」
「はい」
「私さ」
「強くなりたい」
「でも」
少しだけ、笑う。
「一人で立つ勇気は、ないから」
クロウの表情が、揺れた。
「……承知しました」
低く、真剣に。
「では私は」
「姫君が倒れぬよう」
「隣に、立ち続けます」
セラフィナは、うなずいた。
「それでいい」
こうして。
恐怖から逃げていた姫は、
剣を取り、力と向き合い始めた。
まだ、小さな一歩。
だがそれは――
確かに、“自分で選んだ道”だった。