テラーノベル
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私が入った病院らしきこの場所には
彼を中心とする者が医者として働いている
…らしい。
他には誰がいるのかと尋ねたが
答えてはくれなかった。
彼は私の担当で…専属の医者であった。
それを決めたのは…ソビエトだと言う。
そんな彼の声は、戦前と比べて…
…形容し難いが、掠れてしわがれていた。
囁くような声量の声には違和感があった。
あんなにも威厳に溢れた声が聞こえない。
それが…どれほど私を不安にさせたか。
彼は米帝の名前も、ソビエトの名前も
話題にあげなかった。
妙に心が落ち着いていられると思ったのは
彼なりの賢い優しさがあったから。
…同時に、イタリアの話もしなかった。
一抹の不安。
それは、彼がここを離れる夕方に訪れる。
早く眠ってしまえば良いものの
僅かな足音が扉の外から聞こえるのだ。
毎晩、毎晩…
妖怪とでも決めつけてしまえばよかった。
幽霊か、化け物か…
しかしその足音には聞き覚えがあった。
軽快で重く、少し豪快な足音。
そのゴム製の靴底の音。
ミチミチと音を立てるそれは…
恐らく…いや、絶対に米帝のものだ。
それを聞く度、何かに縋りたくなる。
助けてくれと体が喚く。
…人は、極度の飢餓に陥ってしまうと
失明する可能性があるらしい。
私は恐らくそれが原因で失明した。
つまりは米帝のせいだ。
片足の自由を奪われた上に、
私の光までもを失くした。
……口の中が乾く。
また、あの足音。
口笛…足音、足音……段々と近づく。
心臓が痛いほどに打つ。
次は?次は…殺されるんじゃないか?
足音、…口笛…口笛。
「星条旗よ永遠なれ」だ。
それも、不意に止む。
空気が凍ったのかと錯覚するほどの静寂。
寝返りをうち、ドアの反対側を向く。
ギチチ…
ベットのスプリンクルが音を立てる。
窓の外で一際強い風が吹く…
電線をひゅうひゅうと揺らして、去る。
カララ、と落ち葉が地を転がる音。
地面を爪で引っ掻くような音。
シーツを引き寄せる。
布が擦れる音…足の先までシーツで覆う。
背中に冷たいものが這って
冷や汗が淡く滲む。
この部屋の扉の目の前で
貴様は…一体、何をしている?
カタ。
扉の方から鳴ったのか。
窓が風に揺れたのか。
後者であることをひたすらに願ったまま
シーツの端を掴む。
「…日帝チャン~」
「HAHA!…狸寝入りは良くないぞ?」
「…いい夜だなあ、星も見えなくて」
「……貴様…」
「会いに来た」
「…会うくらい、別に普通だろ?」
「…」
「アイツがいて、嬉しかったか?」
「それとも安心した?」
「…今度は俺ともナカヨシしようぜ」
「私がお前と仲良し?」
「…笑わせるな、永久の…」
「それ以上はナチの首が飛ぶぞ〜?」
「……お前は、俺のペットちゃんだから」
「ペット…?」
「ああ、可愛い飼い猫くんだ」
「…ご主人には歯向かっちゃダメ〜」
頬に指が押し付けられる。
弄ぶように何度か突ついた後、
飽きたのか、突つかれなくなった。
それでも調子の良さそうな声は止まない。
「お前のヒーローになりたかったな〜」
「…そうしたら、好きになってくれた?」
「……もう寝かせてくれ」
「助けたのはソビエトだし」
「お前を安心させるのは…アイツだし」
「…ああ」
「俺は…ただの敵じゃないか」
「…そうだな」
「なにがどうであれ、それは変わらんぞ」
「こんな綺麗な俺の目を知らないから?」
「みんな、好きって言うんだ」
「俺の目…チャームポイントなのに」
「…会話が…噛み合わんな」
「……そりゃあ、お前」
「…夢の中の話だからな」
「…夢…夢の中?」
意識が覚醒する。
瞼の裏側に、ちらちらとした光…
昼?
私は…昼寝して、この夢を?
いつからが夢で、…米帝は…
「…寝言を言っていたぞ」
「夢だか、敵だか…それに、寝汗も」
「……酷い夢を見た」
「…思い出して、支障は無さそうか?」
「記録する義務があってだな…」
「ああ、良い」
「……米帝が、夜に部屋に尋ねてくる」
「そんな夢だった…」
「…ふむ。協力に感謝するよ」
「…安心しろ」
「現実では起こりようがないからな」
「…と言うと?」
「アメリカはここを出禁にされてる」
「…というのも、接近禁止命令に近い」
「…私は秘密裏に生かされてるのでは?」
「人権すらないと聞いたが」
「…あー…その、少々複雑でな」
「お前は…生まれ変わらされるんだ」
「…生まれ変わる…?」
「……私が?」
「アメリカの統治は永遠には続かない」
「いつかは…独立をするんだ」
「だが国には国人が必要…分かるか?」
「…私が生きる限り、後継はいないと」
「しかし、米帝は私を始末しないとみた」
「……そういうことか?」
「流石の理解力だ。10割合っている…」
「…実は俺もそうなんだ」
「つまり、目を付けられる…監視下だ」
静かに頭を撫でられる。
いつものことだ…暖かく、優しい感覚。
それでも、そのいつもはありがたい。
すぐ側にある今が当たり前になるなんて
…贅沢なのだ。
それでも。
明くる日も、貴方は私の頭を撫でては
静かに語りかけ…話をする。
貴方は…安心そのものだ。
光のない私の世界で、唯一感じる安心。
優しくて、暖かくて…
とろとろと溶けるような安堵と眠気。
醒めたばかりの眠りに、また落ちてゆく。
「…また寝るのか?」
「おやすみ。いい夢を」
夢では、やけに鮮明な声が聞こえる。
それに…体は軽く、目も見える。
見たくないものも…見える。
「おかえり、日帝チャン」
「……」
「…俺があげた、あの部屋に逆戻りだな」
「懐かしいか?居心地は?」
「もう、出てこないでくれ…」
「……」
「無~理」
「…だって、お前が俺を呼び出してる」
「私が?」
「今は分かっているだろう?」
「ここはお前の夢の中、お前の場所」
「…ああ」
「だが、私は…お前と話さえしたくない」
「やり直したいんだろ?」
「勝って…俺を隷属させたい?」
「それとも、嬲り殺しにしたい?」
「願いがあるんだろう?」
今から俺がお前にするみたいに
支配して
嬲って、苦しませて
屈辱に塗れた生と
苦悶の末の死を
「それに、自分だけのものにしたい?」
「勝利の証を手元に残したい?」
「随分、俺に似てる」
意識が覚醒する。
…また、まただ、あの夢。
硬いコンクリートの床に手をつき、
ゆっくりと壁際へ向かう。
ああ、冷たい…今は夏ではなかったのか。
夏?
…そうだ、夏…それに…
ここは、…私は今病院にいるはずであり、
こんな部屋にはもう居ないのだ。
冷たくて硬い、コンクリートの部屋。
小さな窓。
僅かな風の流れ…空き缶。
「…鈍ったな〜、俺に気づかないなんて」
「……日帝」
「貴様…」
「夢から醒めても、また夢の中…」
「…何重ものお前の眠りの中に俺もいる」
「思い出せ、俺はどんな目の色だった?」
「…お前の目など見たことがない」
「いつもサングラスを掛けていただろう」
「いいや、見たことがある」
「…ない」
「……ない、はずだ」
「お前は俺の目が好きで」
「同時に憎らしくて」
「恨めしく、恐ろしい」
見せてやっただろう?
眩しかったなあ、あの夏の…
お前を靴の踵で踏みつけて、
真っ黒で、絹みたいに濃密なお前の目。
それをずっと、見つめてやった。
お前の左胸に銃を突きつけながら。
…でも、お前は俺ばかり見て
惚れた腫れたでもなく
確かな執着…固執だ。
憧れか?嫉妬…それとも克己?
「…思い出したか?」
「俺の目の色…綺麗な空色だ」
「ああ、言っちまった」
「まあ、俺が言えるってことは」
「お前が思い出したってコトだ」
夢の中、米帝はサングラスを額へ押し退け
空色…澄み切った青い空色の瞳。
それを見せびらかすように。
同時に…少し隠すように。
私だけにその目を見せた。
確かに、見覚えのある目だった。
やけに秀でた形をしていて
縁取られ、くっきりとした虹彩。
力強いその印象は、虹彩の空色で和らぐ。
どこまでも柔らかく…落ち着いた色。
灰色なのかもしれない。
だが、青い。
美しい青、…憎らしく、恨めしく。
取って潰してしまいたいほどに嫌悪する。
なのに…ひどく惹かれる。
誰もを惹きつける目なのだ。
…底なしの神秘、それは…美しい湖。
「良かったなあ」
「お前のご主人様は」
「こんなに綺麗な目をしている」
「これからはこの目を独り占めできる」
「随分と幸せなペットだな」
チャリ、…鎖の輪のひとつひとつ。
僅かに揺れ動き、擦れあって鳴る。
それが結ぶ先は…貴様の手と私の首。
夢の中で私は確かに…米帝を見た。
小型の拳銃を左胸、首…頭に突きつけては
愉しそうに笑う姿を。
悪魔のようだ。
「冗談はよせよ」
「俺はお前の、クールな天使サマだ」
それこそ…酷い冗談だな。
「………」
「…酷い、冗談だな…」
ベッドの縁の金属が冷たい…夜だ。
頭の中に残る言葉を、そのまま反芻する。
いやに現実味のある夢だった。
しかし、醒めたらここはベッドの上で、
アイツの声も…影もない。
それでもあの憎らしい声はまだ頭に響き
あの鎖の音も忘れさせてはくれない。
「Hi~」
「……まだ、夢の中か」
「…夢の中?」
「Umm…そりゃ、どうだかな」
「…接近禁止命令をされてるんだろう」
「本当、誰に命令してんだって話だよな」
「世界のアメリカ様に歯向かうなんて」
「…はは!…ふはっ!ほんとーに…」
「愚かだよなあ?」
#Country Humans
アマ
1,719
#Country Humans
響音帝国
351
きっと明日は、いい天気
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コメント
3件
あの、あの、この作品雰囲気が本当に大好きでして、続きを待ち望んでいたんですッッッ!!! 夢が何重にもなってるの、読んでるこっちもすごい入り込んでしまって、とても良きでした!夢の中の人物が自我持ってる(みたいな)やつめっちゃ好きなので読んでてドキドキしっぱなしというか!!! 読み手を引き込む言葉選びがすごいです!!!次も楽しみにしてます!!!
「日帝チャン〜」の不気味な軽さ、怖かった……。明晰夢なのか現実なのか、境目が溶けてく感じがじわじわ来るね。ソ連の優しさと、米国の執着的な憎たらしさのコントラストが切ない……空色の瞳、美しいのに呪いみたいでゾクゾクした。らずさんの言葉選び、好きだなあ。この重さ、ちゃんと受け取ったよ🌙