コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
守護獣とは、覚醒者の潜在能力が具現化したもの――らしい。
その人の特性に合わせた力を持ち、迷宮内ならば魔力も尽きることがない。私の火の鳥だと、あの強力な火炎も放ち放題ということだ。
「じゃあもう、この子に戦ってもらえばいいね」
誰だって、安直にそう思うだろう。
するとなおひこは、フードで顔が見えなくても分かるくらい、しょうがない子だな、という雰囲気で肩をすくめてみせた。
「優香。それじゃダメなんだ。基本的に、これは本能や無意識に近いものだからね。暴走する可能性もある。ある意味、魔物より厄介かもしれないよ?」
その言い方は近所の優しいお兄さん、という体に感じる。
「えぇ~……」
「だから、仲良くしないとなんだ」
「ペットみたい」
「うーん、そういう見方も出来るか。理性が上じゃなきゃいけない、ということなんだ。君がこいつに頼り過ぎれば、君自身が本能に取り込まれることになる」
「え、なにそれ……なんか怖い」
「まぁ、君はそうなっても大人しそうだけどね。ハハハ」
――悪気はないのだろうけど、なおひこってデリカシーがなさそう。
「それでこの子、地上に連れて帰ってもいいの? エサは何食べるの?」
「エサは君を通した魔力だ。常にこの鳥に注ぎ続けるイメージだね。本当は、一本、糸が繋がっているような状態が良いんだけど」
君にはまだ無理だろう。という言葉が、そこまで出掛かったような言い方だ。
実際に難しそうではあるけど。
「分かった。じゃあ頑張って飼うわ。名前は後で考えるとして……それより、そろそろユカの体を返してよ」
側でずっと私を見ている、ユカの体に居る誰か。というか、迷宮の主だろうか。
値踏みするようにしげしげと私を眺めては、少し不満そうに首を傾《かし》げている。
「こんな小娘を気に入ったのか……」
「小娘で悪かったわね。とにかく戻して。ユカに言いたいことがあるのよ。その、お、おっぱいを勝手に吸ったらダメって、ちゃんと言っておかないとだから」
「ふっ。この妹分は、寂しい子だからな。許してやれ」
「勝手に服を脱がせちゃ駄目ってこともよ。……まぁ、なんとなく、大変な思いをしてきた子なのかな、とは思ってるけど」
ユカが迷宮に居る理由は、この偉そうな人が居るからなのは分かる。でも、なぜ迷宮に来たのかは見当もつかない。
「ふむ……。このユカは、貴様と地上に行って、暮らしてみたいそうだ。どうする?」
「えっ? 急に何? どうするって、言われても。でも……まぁ、両親もいるし、大人しくしててくれるなら、出来なくはないかも?」
一瞬、即答で無理だと言いそうになった。
だけど、ユカもこの人の中で聞いているかもしれない。そう思ったら、答えを肯定気味に濁すしかなかった。
「ならば、育ての親として、妹分について話しておく必要があるな」
「は、はい」
なに、この展開――。
「僕も気になっていた。聞いていてもいいかな?」
「……よかろう。ユカの許しが出たようだからな」
**
そうして語られたのは、割と重い内容だった。
まず、ご家庭はとても貧しかったらしい。
お父様は迷宮で大怪我を負って再起不能。その後は国から降りるわずかな補償を酒代に潰し、家庭崩壊。お母様は元々が子嫌いらしく、常に当たり散らされていたとか。とにかく、幼少期から、というか生まれてからずっと、辛い暮らしだったという。
そして訪れた転機は、小学校高学年の時。
私のように学校での定期検査で、魔力の素養があると分かってしまった。
ただ、中学生までは、強制で連れて行かれたりはしない。
でもこのご両親は、ユカを国に売ったのだという。実際に、お金で。
それだけでも相当なショックを受けていたのに、訓練が終了して迷宮に潜っていたある日のこと。
私と同じように、男どもに襲われたらしい。
かろうじて未遂で済んだとはいえ、その理由は魔物の群れに襲われたから。その上、そこでユカは捨て駒の囮《おとり》として、魔物の群れに放り投げられた。
無事だったのは、偶然か必然かは分からない。
その絶望の中で、覚醒したからだった。
ユカの発現した特異な能力が、その身を守った。
「魅了だ。この妹分の力は」
それは、魔物さえ平伏《ひれふ》させる強力な力だという。
絶大な強さを誇る龍を従えているのも、魅了ならでは。つまり、ユカの白い龍は第二覚醒の守護獣ではない、ということ。
そしてその魅了は、人間にも当然効く。
何年も迷宮で暮らしているうちに、無意識にコントロールはしている。ということらしいけれど。
この人がユカを初めて見た時は――。
魔物を引き連れ侍《はべ》らせている姿だったらしい。そして、魔物もせっせとユカの世話をしていた。その光景を見たこの人が、珍しいからと保護したのが、二人の関係の始まりらしい。
**
「この話を聞いて、預かるのか?」
この人は……私にユカ預かって欲しいのか、それとも断って欲しいのか。
でも普通に考えて、断って欲しいなら有無を言わさず連れ去っているはず。この場に留まる意味はない。ならば、これは私の返答いかんで決まってしまう――?
「たぶん、優香に魅了は効かないよ。というか使わないだろう」
「どういうこと? どうして?」
「君は随分と気に入られているようだからね。効果が弱まる。だから本気で魅了を使われない限り、大丈夫だと思うよ」
そんなことが、なおひこに分かるのだろうか。効かないという保証もないのに。
それにこの際だからこの、ユカのお姉様の本心を聞いてしまおう。私は……急に言われても困るし、ユカをどう扱えばいいのか分からない。
「ていうか、あなたはお姉さんなんでしょう? 離れても平気なの?」
「いつでも連れ戻せるからな」
「あ、そう……」
――あぁ、これ、任されるやつだ。
「僕は……こんな、まだ中学生くらいの子がずっと迷宮に居るのは、良くないように思うよ」
あなたは他人事ですものねぇ……。
「手伝おうか? 僕も様子を見に行こう」
「勝手に話を進めないで」
お母さんとお父さんに、何て言えば良いのか。それに、魅了をお父さんに使ってしまったらどうするの? 修羅場どころでは済まないし、何ならお父さんが殺されるんじゃ……。
「余は貴様を見ていて害はないと判断した。しばらく預けるとしよう」
「え、ちょっと待って――」
勝手に置いていくな!
「お姉ちゃん。わタしのこと、連れてってくれる?」
「あっ……。えっと。うん……」
くそう。ほんとに置いてった。
「やったぁ! お姉ちゃんとね、一緒にお食事したい」
「えっ。ちょっと、勝手に人を殺してきたりしないでよ?」
「うん。お食事は、ゴハンとは違うから。大丈夫」
「それって……お食事は、魂のことじゃないのね?」
「うん。わタし、ハンバーグ? 食べたい」
さっきまでのお姉様状態と違って、本当に屈託なく笑う。ユカに戻っている。
それに、どんな風に育ったかを聞いたせいで……そのハンバーグに、どんな想いがあってそう言っているのか。もしかすると、唯一楽しく食べた食事がそれだったのかなとか、勝手に想像してしまう。
「わかった。わかったよ。それじゃ、帰ったらハンバーグ食べよう。お母さんとお父さんにも、ユカのこと紹介するね。一緒に住もう」
まぁ……どうなるかは分からないけど、しばらくなら大丈夫だろう。
「あっ。待って。迷宮出た時の帰還報告、どうしよう」
私はソロで届を出しているし、迷宮内で行方不明の中学生なんて……もしかしたら結構有名な捜索不明者かもしれない。
「優香の危惧したことは理解した。だけど、実は迷宮って、他府県のものと繋がっているんだ。遠い所では他国の、しかもヨーロッパと繋がっている所もある」
「はい? そんなの知らなかった」
教わったこともない。
「滅多に無い事だけど、あるにはあるからね。しかも、ルートが不明なんだ。見つかったのは国内でも数えるほどだし。照会を取るにも時間が掛かるから、見つけたとだけ言えば、素通り出来るはずだよ」
「それでも、写真と書類くらい取られるでしょ?」
いきなり手詰まり感がある。報告書を出すと、絶対に上層部から呼び出しもくらうだろうし……そうなると、ウソはいつかバレてしまう。私じゃ、絶対に誤魔化せない。
「……出られないの? わタし、お姉ちゃんのおうちなら知ってるよ?」
「――あっ。そうか。ユカは別に、正規の出入り口を通る必要ないんだ」
不思議そうな顔をするなおひこに、この子だけが知っている出入口があるのだと教えた。するとなおひこは肩をすくめて、それなら何も問題ないな、と笑った。
いや、問題はあるんですけどね。全部私にしわ寄せが来ていることを、この人は何も分かっていないらしい。デリカシーというか、色々と考えが足りなさ過ぎる。
「絶対モテないでしょ」
「うん? 何か言ったかい?」
「いいえ?」
「ねぇねぇ、お姉ちゃん。もうおうちに行っててもいい?」
「えっと、私が家に戻ったら、ユカは分かる? 分かるなら、私が家に帰ってから出てきてくれる?」
「わかったー!」
ご機嫌だと、こんなに素直に返事をするのか。
殺すだの食べるだのと言っているのが、同じ子だとは思えないほど可愛らしい。
「ちゃんと私の言うこと、聞くのよ?」
「うん!」
結局、こうなってしまった。
どうするんだ、私……。