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「環。ここに残りたいと言うのか。まさか家に未練があるとでも?」
「い、いえ。違います。きっと私がこのまま、雪華の家に残っても良いことはないと思います……」
畳の上で俯く母。
それを労る父。
そして、私を睨む姉。
そこには私が入る隙間なんかなかった。
だからもう仕方ないこと。
このまま、ここに残り。
家族にまた疎まれるより。
一年早く、この家を出ていけると思ったらいい。
頭では分かっているけど、気持ちが混乱していた。
あとは迷いもあった。
杜若様に着いて行って本当に大丈夫なのかと。
そんな迷いの一つに──前世で杜若様に殺されたことも感じた。
でも今を生きているのは九尾の私じゃない。
私は環だ! と、深呼吸して杜若様をしっかりと見つめる。
「私は……杜若様のことを今日初めて知りました。そしてこのまま嫁ぐと言うことに、戸惑いはないとは言いません。ですから、一つ。一つだけ私と約束してください」
「分かった。その約束とはなんだ」
杜若様の真摯な表情に、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「私を殺さないで下さい」
「………俺はそこまで極悪非道な人間に見えるのか?」
杜若様は長いまつ毛を伏せた。
さらに杜若様は「確かに帝都の魔神だとか、冷徹だとか言われるけどそこまでとは……」と力なく呟くので慌てた。
「い、いえ。違うのです。なんて言ったらいいのかな。えっーとそう、私を守って下さい! 帝都同様に、私の命の守護もよろしくお願いします!」
そうだ、これだ!
この約束さえしていれば私が最悪、九尾だとバレても殺されることなく。毛皮を剥ぐだけで許してくれるかもしれない。
これなら、なんとかなるかも知れないと思った。
我ながら良い提案だと思うと、杜若様はくすっと笑われた。
「本当にお前は変なヤツだな。いいだろう。その命、俺が守ろう」
「はい。絶対によろしくお願いします!」
これできっと大丈夫。
杜若様だって阿倍野晴命じゃない。今は杜若鷹夜様として生を受けているのだ。この杜若様を信じてみようと思った。
私は意を決して、ぱっと両親と姉に向きなおって頭を下げた。
「今まで育てて頂きありがとうございました。私はこれから杜若様のもと、自分の足でしっかりと人生を歩んで行きます」
酷いことをされた、悲しいことを言われた記憶は消えない。
それでもこの人達は、私が炎を使う前では大事に育ててくれたのだ。その記憶も決して消えてはいない。だから挨拶をした。
ぎゅっと拳を握り、最後にもう一度「ありがとうございました」と言ってから顔を上げた。
そして三人の顔色を見ることなく、杜若様を見つめた。
「お待たせしました。行きましょう」
「──あぁ。行こう。俺の家では何も苦労はさせない」
「はい」
今度こそ手を握られ、前へと歩く杜若様に付いて行った。
まさか今日が私の結婚式、杜若様の元へと嫁入りになるなんて思わなかった。しかも杜若様は前世の私を殺した人。
本当に私の人生何が起こるかわからない。
それもまたいいのかもしれないと、家の玄関から出て行こうとしたときに、ばあやに出会った。
心配気なばあやに私は思わず飛び付いてしまった。
私はばあやに抱きしめられながら、今までの感謝と、これからも元気でちゃんと過ごしていくと誓った。
杜若様もばあやに、いつでも杜若家に遊びに来て下さいと、微笑んでいた。
するとばあやは本当のお母様みたいに、杜若様に向かって「環お嬢様を、どうかお願いします」と深く頭を下げた。
杜若様は「はい。環は私が守ります」と、ちゃんとばあやに言ってくれた。
そんな二人の姿に涙を流してしまいそうだったけれども、家を出るなら笑顔で出て行きたい。
そう思って、強く杜若様の手を握り締め。ばあやにお礼を言って。
私はそうして十七年間、過ごした雪華の家を後にしたのだった。