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アビス・レパードの影が、床を這うように広がった。
黒い波が押し寄せ、空気が一瞬で冷たくなる。
「来るよ!」
凛ちゃんの声が鋭く響く。
「分かってる!」
僕は式神を前に出し、影の爪を受け止めた。輪郭が揺れ、ひび割れる。
「式神、耐えて……!」
声が震える。
影の圧力が、骨の奥まで響くようだった。
灼は膝を押さえながら立ち上がる。
炎が揺れ、彼女の呼吸が荒い。
「……まだ、終わってない」
「灼、無理だよ! 足が――」
「無理じゃない!」
灼の声が、迷宮の壁を震わせた。
炎が一瞬、白く光った。
影が後退する。
「今の……何?」
凛ちゃんが息を呑む。
「分からない。でも……出せる。出さなきゃいけない気がする」
灼の目が赤く光り、炎が彼女の周囲で脈動する。
アビス・レパードが低く笑った。
「それだ。お前の炎……やはり“あの方”の――」
「黙れ!」
灼の炎が爆ぜ、影を裂いた。
「凛さん、今!」
僕は叫び、式神を突進させる。
「光、通す!」
凛ちゃんの光が灼の炎と重なり、式神の輪郭を強化する。
三つの魔力が重なった瞬間、
空気が震え、影が悲鳴を上げた。
「いけぇぇぇぇっ!!」
灼の叫びとともに、炎が獣の胸を貫いた。
アビス・レパードの影が崩れ、黒い霧が散る。
霧は天井へ吸い込まれ、深淵の間に静寂が戻った。
「……終わった?」
凛ちゃんが小さく呟く。
「終わった……よね?」
灼が膝をつき、肩で息をする。
僕はゆっくりと頷いた。
「うん。終わった。僕らが……倒したんだ」
三人の呼吸だけが、静かな空間に残った。
迷宮の中心に、光が集まる。
三つの紋章が浮かび上がり、ゆっくりと回転する。
「これが……制覇の証?」
凛ちゃんが手を伸ばす。
「触っていいのかな……?」
灼が不安そうに言う。
「三人で触ろう」
僕は二人の手を取った。
三人の指先が紋章に触れた瞬間、
光が弾け、迷宮全体が震えた。
「うわっ……!」
「きゃっ……!」
「眩しい……!」
光が収束し、静寂が戻る。
「……成功、だよね?」
灼が小さく笑う。
「うん。間違いなく」
凛ちゃんが涙を拭う。
僕は深く息を吐いた。
胸の奥が熱く、痛いほどに満たされていた。
迷宮の出口に近づくと、
外の光が差し込み、騒がしい音が聞こえてきた。
「……外、騒がしいね」
灼が呟く。
「そりゃそうだよ。秋葉原のど真ん中だもん」
凛ちゃんが苦笑する。
出口を抜けた瞬間、
眩しいライトと歓声が押し寄せた。
「出てきたぞ!」
「制覇パーティーだ!」
「三人だけで……本当に!?」
「ニュース回して! カメラもっと寄せて!」
テレビ局のクルー、ギルド職員、政府の担当者、
そして避難していた市民たちが一斉に押し寄せる。
「ちょ、ちょっと……!」
灼が戸惑って僕の袖を掴む。
「すご……こんなに人が……」
凛ちゃんが目を丸くする。
ギルドの職員が駆け寄り、深く頭を下げた。
「本当に……本当にありがとうございました! あなた方のおかげで――」
「三人で……やりました」
僕は短く答えた。
灼は照れくさそうに笑い、
凛ちゃんは静かに頷いた。
ギルド本部での報告を終え、
1000万円の制覇報酬が正式に渡された。
「……本当に、1000万だ」
灼が震える声で言う。
「すごいね……」
凛ちゃんが笑う。
「でも、疲れた……」
僕は椅子に沈み込んだ。
三人はそのまま、
小さな部屋で静かに座り込んだ。
「ねぇ……」
灼がぽつりと言う。
「私、今日……怖かった。でも……二人がいたから、立てた」
「私も」
凛ちゃんが微笑む。
「二人がいたから、光を出せた」
僕は二人の手を取った。
「三人で勝ったんだ。これからも、三人で行こう」
灼は涙をこぼし、
凛ちゃんは静かに頷いた。
窓の外、裂け目の残滓が薄く揺れている。
世界はまだざわついている。
だが三人の影は、夕日に溶けるように重なっていた。