「…なあ、青也」
神妙な面持ちで、先輩が俺の名前を呼んだ。
「…美香の方も電話繋がらねぇんだけど」
先輩からそう聞いて、俺は固まった。しばらくの間、沈黙が流れる。沈黙を破るように、俺は思いついたことを言った。
「いっ、一旦玖字と三人で話しましょう。今呼びますから…」
そう言って、俺はスマホを取り、玖字に電話をかけた。しばらく、プルルルル、という電話音がずっと鳴って、玖字が俺のかけた電話に出ることはなかった。
「…玖字も繋がりません」
「俺たちだけ?あの二人サボりか?」
先輩が若干イラついたような声で、険しい表情をしていたため、俺は真剣に答えた。
「いや、玖字に限ってそんなことはないと思います。あいつはああ見えて、結構警察の仕事や命が関わることとか、そういう真面目なことに関してはあいつ自身も真面目にやりますし…」
玖字は昔からそうだった。
誰とも分け隔てなく接しており、みんなに優しかった。そして何より、夢である警察になろうと勉強を必死にして、大変で命の危機にさらされるかもしれないと分かっていても、誰かの平和を、安全を、幸せを守ろうと必死だったのだ。
高校の頃からとはいえ、親友の俺が一番分かる。親友の俺が、あいつの努力を一番分かっている。誰よりも、人一倍努力して夢を掴もうと、誰かの役に立とうとしていた。それが玖字なんだ。
そんな玖字が、一気に四人も死んで、先輩の親友から連絡がつかないなんて状況でサボるわけがないんだ。
そこで俺は、新たな考えを浮かべた。
「…先輩。これ、犯人美輝ちゃんと年齢近い子とかないですか……?」
俺がそう言うと、先輩は目を開け、俺の方を見た。
「だって、年齢が近い子供だったら怪しまれないし、通報されたりしても被害者ヅラできますよ。考えすぎかもだし、ドラマとかフィクションみたいですけど……俺はその方が信憑性高いと思います」
俺が真剣な面持ちでそう言うと、先輩はため息をついて言った。
「んなこと言ったって園児くらいの年齢の子供が大人四人殺すか?まあ、一人は自殺とかだとしても…んなことする園児が居たらおっかねぇだろ」
呆れながらも真剣にそう言う先輩に対して、俺は、確かに…、としか言いようがなかった。
俺の考えすぎかもしれない。園児が大人三人を殺すなんて、実際にあるはずがない。園児ならもっと可愛らしいだろう。
俺は考えすぎだと改めて考え直し、先輩と一緒に事件について考えた。
春香さんを守らなければならないこともある。だが、悠真とその妹である美香、そして俺の親友の玖字が電話に出ず、そのまま消えたことに関しても調べなければならない。
そして、先輩と一緒に考えた結果、美輝ちゃんを最後に見た人たちに誰かと一緒に居たかなどを聞くことにした。
私は久々に向葵と電話越しに話をして、自分と向き合えて清々しい気持ちになりながら帰っていた。
「ただいまーっ!」
明るい声で言ったものの、奇縁ちゃんは今パパ活中だ。誰もいるわけないと思っていても、今の私は最高潮だ。自然と明るくなってしまう。
でも帰ってくると、玄関には奇縁ちゃんの靴があった。パパ活で丁度帰って、殺したところだったのだろうか。
「奇縁ちゃん?いるのー?ねー聞いて!私さ、自分とか妹とか、お父さんに向き合えたんだよ!これも奇縁ちゃんのおかげ…」
私がそう言いながらリビングへと行き電気をつけた瞬間、急にお腹辺りに激痛が走った。私は何かと激痛が走った場所を見ると、奇縁ちゃんが包丁で私のお腹を刺していた。しかも、服装は私の買った服ではなく、色んな人を殺した時に着ていて、元々持っていたボロボロの服だった。
私は状況を理解してから尻もちをつき、声にならない叫び声をあげた。叫びというよりは過呼吸に近いような、そういったものだ。喉元から声を出すも、掠れた叫び声が出る。尻もちをついた時、刺された包丁が抜けた。段々と生暖かさが、包丁で刺された腹の場所から広がっていく。
「おかえり、お姉さん。急でごめんなんだけど、向き合えたんだって?おめでとう」
そう言って尻もちをついた私の口を左手で塞ぎ、その左手の力で後ろへ押し倒す。私は両手でできる限りその左手をどかそうとした。けれど体重をかけられていて、中々どかすことができない。
すると、私の左手を奇縁ちゃんの右手で邪魔そうに床へ払い除けて、人差し指の丁度真ん中らへんを包丁で刺した。人差し指の次は親指、そしてその次は中指、薬指、小指と、同じような部分を包丁で刺してきた。私は痛みに悲鳴をあげたかったが、口を塞がれて喉から声を出すしかなかった。
すると、悲鳴がうるさかったのか、急に首元を刺してきた。刺された傷口から生暖かい液体が首のラインに沿って流れる。
「なっ……で、え゛っっ…」
掠れてジグザグな声しか出ないが、振り絞ってそう言った。するとぼやける視界の中で、奇縁ちゃんは真顔で言った。
「なんでって…言ったよね?私がお姉さんを特別にしてあげる、って。だから今までの奴らと違う殺し方してるんだよ?」
奇縁ちゃんはそう言った後、首元から包丁を抜いた。包丁を抜いたことで私は段々と眠くなってきた。ぼやける視界の中で、奇縁ちゃんの瞳を見た。
気の所為かもしれないけれど、そこには薄らと死体となる私の姿が映っていたような気がした。ああ、折角奇縁ちゃんが瞳に私を映してくれたと思ったのに、私、死んじゃうんだな。
こんなことになるんだったら、認められたいと思わなければ良かった。
瞳に映してもらったのに、認められたのに、そのまま死んで、何もかもがないことになってしまう。
私は結局、強欲なだけの不幸者なのかな。
せめて漫画家としての残りの人生、送りたかったなあ。
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