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『もしもし?森下チーフですか?』
「はい、日下さん?どうしたの?」
もう夜の10時になろうとしていた。こんな時間に電話してくるなんて、何かトラブルでもあったのだろうか?
『あのですね、チーフから届けるように言われていた書類なんですが、今日中に新田さんに渡せとおっしゃいましたよね?』
_____は?書類?なんの?新田?
「えっと、ごめん、日下さん…ちょっと」
『チーフがそう言ったから、新田さんに届けに来たんです。チーフの責任ですからね!ちょっと代わりますので、説明してくださいね!チーフ、ね!』
まったく何のことだかわからない。新田とは、健介のことだろう。
_____代わる?健介と?何を話せって言うんだろ?
『もしもし?森下…さんですか?』
女性だった。
「はい、そうですが…」
『私、新田健介の妻です。こちらにいらっしゃる日下さんの上司なんですよね?』
「え?あ、はい、え?」
『こんな時間に、書類を届けさせるなんて非常識じゃないですか?書類くらい、明日でもいいですよね?それとも、今日でなければならない理由でも?』
_____健介の奥さん?日下さん?ん?
ピン!ときた。そういうことか。
「誠に申し訳ありません、出来るだけ早くとは言いましたが、それは今日中というわけではありません。日下が勘違いをしてしまったようです」
『たしかに、あなたが指示したのね?』
「はい、中途半端な指示で、奥様に何か不快な思いをさせてしまったようですね。申し訳ありませんでした。日下には、しっかりと伝わってはいなかったようです」
『そう。ならばそういうことにしておきましょう。今回のことはなかったことにしておきます。あなたもご自分の部下には、きちんと指導してくださいね。じゃ』
「はい、失礼します」
おおかたの検討はついた。
日下千尋は、会社からの届け物を届けにきたと言って健介の家に行ったのだろう。そこで奥さんと鉢合わせて、おかしな感じになった…。で、上司の言い付けできましたとかなんとか誤魔化して、その証拠として私に電話をかけてきた。
_____ま、そんなとこだろう
でも、ただ書類を届けただけにしては奥さんのあの話し方、怒っているというか苛ついているというか…。奥さんということは、あの時の可愛い女の子?麻美という名前だったかな。結婚すると、あんなふうに変わってしまうのか、なんてしみじみと思った。
「チーフ、何かあったんですか?」
追いついた結城が、顔を覗き込んできた。
「日下さん、やっちゃったかも?あーっ、もうめんどくさいことにならなきゃいいけど!」
「何やっちゃったんですか?あの子」
「もういいわ、とりあえず明日ね。おやすみ!」
「送っていきますよ、チーフ!女の独り歩きは危ないですから」
人なつこい大型犬が、前に後ろにからんでくるみたいな動きの結城。背の高い男がオロオロしてる感じがおかしかった。
_____待て!とか、おすわり!とか言ったら言うこと聞きそう
「待て!」
思わず口をついて出たセリフに、ぴた、と動きを止めた。
「えっ、なんですか?チーフ」
「ホントに言うこと聞いた」
「何がですか?」
結城は意味がわからないようで、目をくりくりしている。やっぱり犬っぽい、犬は飼ったことないけど。
「よしよし、さ、ハウス!」
私は背伸びをして、結城の頭を撫でて、それから軽く背中をぽんと押した。
「また、明日ね!お疲れ様」
日下のことはまた明日考えることにした。