テラーノベル
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「……小笹、お前、男を舐めてると酷い目に……」
遭わせないために懸命に頑張っている晴永としては、ここまで無防備だと小言のひとつも言ってやりたくなるというもの。
なのに――。
「もぉ、かちょ、眉間にシワ寄ってましゅよぅ? かっこいいお顔が台無しれす」
ふふっと笑いながら瑠璃香の小さな手が、晴永の眉間をチョンチョンとつつく。
(コイツ、今……俺のことかっこいいって……)
酔ってタガが外れた状態で漏らした言葉は、存外瑠璃香の本音なんじゃないだろうか?
そう思うと、胸の奥がぶわりと熱くなる。
「あと、夫婦になりゅんれしゅから、ふたりきりの時きゅらいは、下の名前で呼んれくらさい」
ニコッと笑って、「かちょ、私の名前知ってましゅか? 〝りゅりか〟れすよ?」とか。
「……いや、お前だってずっと俺のこと課長って呼んでんだろ。それお互い様だ」
(言いたいのはそんなことじゃない)
だけど今にも思考停止に陥りそうな晴永としては、上手い返しなんて出来やしないのだ。
ここでもし瑠璃香に名前なんて呼ばれたら、自分を余計に追い詰めることになるだなんて思いつけないままそんなことを言ってしまって……。
酒を飲んでいるからなのか、いつもより高い体温が、ぎゅうっと晴永の身体に摺り寄せられるなり、
「じゃ、〝はりゅなが〟しゃん?」
言って突然フニャッと笑った瑠璃香に、「やーん、何か照れくしゃーい」と胸元へぐりぐりと額を押し付けられる。晴永は、たまらず瑠璃香をぎゅっと腕の中へ抱きしめた。
足元へトレーナーが落ちたけれどそんなの、知ったことじゃない。
名前呼びと、瑠璃香から香る甘い色香に、とうとう晴永の鋼の忍耐が焼き切れてしまったのを、誰が責められよう?
理性だとか、上司としての立場だとか、フェアじゃないとか――そういう言い訳なんてくそくらえだ、と思ってしまった。
「……瑠璃香」
「はい……」
今まで呼んだことのなかった下の名前で彼女を呼べば、腕の中の瑠璃香が恥ずかしいみたいに身体をキュッと縮こまらせる。
「煽ったのはお前だ。どうなっても文句は言わせねぇぞ? いいな?」
自分がこれから瑠璃香にすることを正当化したいみたいに宣言した声が、思ったより低くなる。
しがみついてくる瑠璃香の細い腕に、ほんの少しだけ力が入ったのを、痛いほど感じた。
「の、臨むところにゃのれす……」
ややして宣言するみたいにキリリと(?)返された言葉は、晴永には「抱いてください」と言っているようにしか聞こえなかった。
下着越しに伝わる体温が、やけに生々しくて……。
さすがの晴永も、視界の端に入る瑠璃香の白い肌から、もう目を逸らせそうになかった――。
「……明日酔いがさめて覚えてないって言っても、もう離してやらねぇからな?」
誰に向けた言葉でもない独り言を落として、
晴永はゆっくりと瑠璃香の身体をベッドへと横たえる。
二人分の重みを受けて、きしりと沈んだスプリングの音が、やけに大きく響いた――。
コメント
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覚えてるかな?