佳ちゃんの手紙をそっと開いて……
文字を拾わず、真っ白い便箋だな……と、文字の周りだけを視界に入れる。
自分でも読むことへの迷いを感じ先生を見ると、先生はほんの僅かに微笑むだけで急かしはしない。
そして
「私は部屋を出ようか?」
「いえ、このままで……」
私は……ゆっくりと……視線を佳ちゃんの丁寧な文字に落とした。
佳ちゃんの手紙には
ちゃんと食べてるか寝てるか、不自由はないかと、これでもかというくらいの心配の文言が並んだあと、自転車は預かったこと。
勝手に借りて悪いが、乗らないと傷むから適度に乗っておくこと。
そして、どこまででも届けるからいつでも連絡してくれと書かれていた。
「先生……佳ちゃんにはありがとう、大丈夫と伝えて下さい」
「わかった」
そして次に同じ封筒を開けると、先ほどの佳ちゃん同じものと思われる便箋を手にしてそっと開く。
そこには
‘会いたい’
真ん中にポツリと一言だけ、颯ちゃんの文字が……
……置き去りにされたように見える文字があった。
数週間ぶりに涙が溢れた。
だけど、先日までの涙とは種類が違うものだと自分でもはっきりとわかる……熱い温度を感じる涙が溢れる。
先生が息を止めたような気がして、ぼやける先生に颯ちゃんの手紙を向けた。
先生は立ち上がり私の肩をポンポンと叩くと、そっと部屋を出た。
荷物はそのままなので一人にしてくれたのだろう。
私は……静かに大量の涙を流し続けた。
どれくらい経ったのだろう。
部屋を覗いた三岡先生はすぐには入って来なかった。
一度覗いたあと引き返し、それからしばらくして現れた先生は両手に珈琲を持っており、そのひとつをそっと私の前に置く。
「……ありがとうございます」
ひどい鼻声で言う私に
「孝市くんが入れてくれた」
そう言いながら、再び椅子に腰掛けた先生は
「いい友人、幼なじみを持っているね。時には佐藤さんの兄弟のようかもしれないし、もしかしたらそういう既製の言葉では言い表せない存在かもしれないね」
と穏やかに言うと美味しそうに珈琲を啜る。
そして
「あと何通か預かっているけど、どうする?」
真っ直ぐに、泣き腫らした私の顔を見た。
「先生のお時間が良ければ…」
「私のことはいいんだよ。ここで佐藤さんに会った日は必ず北川と飲み会になる」
「…そうなんですか?」
「そうなんだよ。2週間に一度の楽しみになってるよ。学生時代に戻ったようでもあるからね。だから佐藤さん自身が読みたいか、受け取りたいか…それだけ考えて」
佳ちゃんと颯ちゃんの手紙……
「先生、受け取ってもいいですか?今日は読めないかもしれないけど」
「もちろん。佐藤さん宛のものだ。読むのも読まないのも佐藤さんの自由」
そう言った先生はカバンを開けて、数通の手紙を私の前へ置いた。
「封筒に鉛筆で薄く日付を書いたのは私です。預かった日付です」
「ありがとうございます」
「佳佑くんへの伝言は聞きましたが、颯佑くんへの伝言はありますか?」
そうだよね…泣いただけだった……
「颯ちゃんへは…」
何と伝えようか…
「……泣かないで」