おかしい。 今は昼の十二時過ぎ、普段であれば、朝の八時にはババアに叩き起こされ、未だアルバイト先の決まっていない俺は、「仕事を探しに行け」と、叩き起こされる。
だが……こんなに気持ち良く、昼過ぎまで眠れたのはいつ振りだろうか。
しかし、そんな安堵な心とは裏腹に、ババアからいつもの荒々しい声が聞こえないことに、一抹の不安を感じていた。
「おはようございます……」
俺は、恐る恐る一階にある、一番広い部屋のリビングへと向かうと、同じく寝ぼけ眼を浮かべ、あれから怠惰な生活を自適に過ごしているリル・R・スコートと、隣に家を作ったくせに、何故かずっと居座り、家事炊事洗濯を進んでやることで、ババアに気に入られてしまった、佐藤学の二人は、真剣に一枚の紙を眺めていた。
「あ! おはようございます! 優さん!」
「優、これを見ろ。私たちへの依頼書だ」
「私…… “たち” ……?」
すると、奥の方より、いつもより少し気怠げな表情を浮かべたババアの姿が現れた。
「起こさないとこんな時間まで寝腐りやがって、いいご身分だなァ、居候の分際で」
「サーセン……。で……何、この紙……。依頼? しかも俺たち三人に対して……?」
「ま、アンタは書き連なった文章見てても、頭が痛くなるだけだろ? 奥に行きな。アンタに “客” だよ」
「ハァ……? 俺に……客……?」
ババアがクイクイと親指で示す奥の部屋は、普段、来客用に、ソファと机だけが並んである客間だった。
今でも、ババアはUT技術に関わりを持っており、稀にこのように、訪ねてくる奴がいるが……。
俺に……用事……?
起きた時に感じた不安感が現実味を帯び始め、扉に手を掛けると、不安を助長させる言葉をババアは呟く。
「おい、優。その依頼、こなせたなら半年は家賃を払わなくていいぞ」
「は、はぁ……」
そう、俺が常日頃、ババアに「働け!」と口うるさく言われているのは、「大人なんだから家賃を払え!」というところに付随する。
もちろん、失敗作の俺を引き取り、雨風凌げる家を用意してくれたババアに感謝こそしているが、俺が『緑さん』から『ババア』呼びに変わるまで、そう時間は掛からなかった。
だって……勝手に俺のこと引き取っておいて、口うるさいにも程がある……。あと言い方……。
そんなことを考えながら、また厄介事を代わりに受けて来いなんて内容だろうと、溜息混じりに扉を開けると、そこには金のネックレスに銀の腕時計、見るからに金持ちそうな男と、そのボディガードらしき黒服の男たち、三人が俺を出迎えた。
「君がL型世代で、緑さんに引き取られた鯨井くんだね。話は少しだけ聞いたよ。なんでも、怪力なんだとか」
俺が部屋に入るや否や、男はニコッと話し始める。
「まあ、腰でも据えて話そう。依頼に来たんだ」
「は、はぁ……。どうも……」
あれ……居候だけど、俺の家なんだけどな……。
「俺は、D型世代の頃からUT技術に関わっていてね、緑さんとも少しだけ付き合いが長いんだ。ああ、自己紹介を忘れていた」
そう言うと、一枚の名刺を差し出す。
「山田幸二。天界人交易商会の会長をしている」
「天界人交易商会……!?」
ババア……なんてとこと繋がりがあるんだ……。
天界人とは、端的に言えば宇宙人のこと。
しかし、宇宙人と言っても数多く地球とは交易がある。
天界人と値する種族は、そんな宇宙人たちの中で特出した技術を持ち、発展した科学力を有した、まさに、様々な宇宙を束ねている特別な種族を指す。
この男は、その天界人との交易をまとめる数ある商会のまとめ役であり、今の地球の重鎮に値する。
「そ、そんな人が……なんで俺に依頼を……? UT特殊部隊だって、手足のように動かせるんじゃ……?」
「ハハッ、実は公には出来ない案件でね。UT特殊部隊にも漏らすわけにはいかない。ただ、”普通の人間” に対応できる内容でもない。そんな時、緑さんが一人だけ、今も尚、匿っているUT変異体のことを思い出してね……」
「事情は分かったけど……その依頼内容は……?」
すると、山田幸二はニタリと笑みを浮かべ、タバコをジュッと灰皿に突き付けた。
――
俺たちは今、三人揃って山田さんの車に乗っている。
「まさか依頼内容が、天界人さんの脱走したペット探しとは思いませんでしたね!」
内容が内容なだけに、無駄に緊張していたのが馬鹿らしくなるくらい、俺とリルのやる気は地に落ちていた。
元気なのは、ペット探しとは言え、三人で依頼を受けられると嬉しそうにしている学くらいだ。
「報酬が報酬なだけに来たけど……皇子様のペット探しが重要機密のご依頼とはね。重鎮さんも大変っスね」
「そ、そう言わないでくれよ〜。天界人の第三皇子はまだ子供であらせられる。生命体に強い関心があり、数多の惑星の動物をペットにしている。中には、装置やシェルターに入れておかないと危険な生命体もいる。それらを野に離したなんて知られれば、俺の首が飛ぶんだ」
「それで報酬が……三十万円ね。ババアが半年も家賃要らねえって言った意味が分かった。危険な生物っつっても、ガキのペットだろ……」
こんな楽に稼げるのなら、モチベーションも上がり、暫くババアからのうるさい恐喝もなくなると、普段ならばやる気に満ちているところだ。
しかし、その生命体というのが……。
「スライム。私のいた異世界では、最弱モンスターとして認定されている。端的に言えば、私たち三人が懸命にならずとも、ヒノキの棒で倒せるモンスターだ」
この通り、リルの妄想世界でも最弱モンスターであり、俺たち二人のUT変異体が出動するまでもないのだ。
そんな、空を見上げ車に揺られること数時間、辿り着いたのは、半径数メートルにも及ぶ湖だった。
「お、おい……こりゃあマジか……」
湖に着いた途端、そこには、最弱モンスター……。
「え、これ……!! 最弱モンスター!? なんだこのどデカい化け物ォ!!」
俺たちの目の前に現れたのは、スライムには違いない色味に、ぬるぬるとした身体をした、四階建てのマンションにも及ぶ巨大な化け物だった。
「こ、こんなもん……UT変異体でもどうにかなるもんじゃねぇだろ!! それに、ペット探しっつって、場所分かってんじゃねぇか!!」
「いやぁ、俺の部下たちで捜索は既に済んでいたんだが、このスライムは水を吸収して巨大化する生命体なんだ。俺たちが見つけた頃には、既にこの有り様……。なんとか湖の防壁で引っ掛かり、これ以上の巨大化、他の場所への移動は防げてはいるが……捕獲ができないんだ……」
「コイツを捕獲……!? 無理無理無理!! リル、お前の魔法ってやつでなんとかならないか!?」
「私の世界の最弱モンスターのスライムとは随分容態は違うけど、たぶん殺すことならできる。炎魔法なら燃やし続ければ溶けると思うけど、捕獲は無理。氷も同じ。エネルギーの中身が凍れば、生命体の命も止まる」
「炎や氷でも無理……。UT特殊部隊を動かせない理由も分かった……。山田さん、これ、隊長クラスを何人も呼ばねぇと捕獲なんて無理だもんな……。それで俺たちに……」
そんな会話の束の間、山田さんのネックレスがキラリと光った瞬間、俺の身体はスライムに捕えられた。
「うわあああああっ!! これ、マジか!! ちょっ……助けてくれ……!!」
「ヤバいですよ……!! この大きさ、数分で優さん溶かされちゃいますよ……!! リルさん……!!」
「うん……殺すしかないだろう……!!」
チャキ……
二人が俺を助けようと構えた瞬間、山田さんは、どこに仕舞っていたのか、拳銃を二丁、二人の頭に突き付けた。
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